そして帰宅はお土産とともに

 そこから更に一泊したのち、僕らは里をした。


 慰霊いれいの儀式を行った後もまたうたげになりそうな気配だったが、里の備蓄とか普段の生活とかいろいろ都合があるはずだし、無理をさせてはいけないと思い遠慮させてもらった。その代わり、その日はまる一日、ラミアたちが日常に戻る様子を見守り、手伝いつつ——子竜たちと遊んだり、気ままにゆっくり過ごさせてもらった。


 もし僕らが頑張ったとするなら、彼女たちの幸せそうな顔がなによりのご褒美だ。


 残念だったのは、復活した漁の成果がかんばしくなかったことだ。

 爆発を起こさずに変異種を退治できたはいいが、それでも、あいつが海の魚たちを思うがままに食い荒らしていたのには違いない。漁獲量、特に大物の魚は再び獲れるようになるまでに時間がかかるかもしれないとのこと。


 もちろん、ラミアたちの健康に支障のない範囲での成果はあがるようになった。


 大量に棲息している小魚はもちろん、海底で息を潜めていてへびかめシャークの餌になり得なかったのもいる。要するにアジとかカレイとかなんだけど——こっちの世界でのアジとかカレイは本当にアジとかカレイなんだろうか。そもそも魚のことにあまり詳しくないのでわからん。見た目は似てた。


 なお宴は遠慮したけど、魚はちゃんとご馳走になりました。久しぶりの海の魚はとにかく美味しかった。漁獲量があがってきたらまた来よう。特にカレイっぽいあの魚——焼きだったけど、しょうゆとみりんで煮付けにしたい。


「刺身も食べたかったけど、人間側にそういう習慣なさそうだしなあ」


 ラミアさんたちの真似をして生でいくのははばかられた。というか彼女たちの場合は刺身というより丸齧りだったし……。


「……またスイが、奇矯ききょうなものを食べたがってる時の顔をしてる」

「奇矯じゃないよ、伝統食だよ」


 そして、帰路。

 盛大に見送られて、大量のお土産をもらって、僕らはのんびりとポチの蜥車せきしゃに揺られている。


 隣に腰掛けたカレンにジト目で見られても、刺身を欲する心は揺るがない。寄生虫とかどうなんだろうなあ。大陸を見渡したら絶対に刺身っぽいやつ食べてる地域あると思うんだけど。今度、シデラの街でもいてみよう。


「むー……海藻で満足できなかったの?」

「いやあれはあれで満足はしてる」


 僕は背後、ワゴンの中に積まれたお土産を一瞥いちべつする。その一画にある縄で結われたは、まさしく待ち望んでいたもの。


 昆布である。


 これも例によって正確な、植物学的なところはわからないが、色、におい、それに見た目、どれも昆布だったのでもう昆布でいい。わざわざ自分で海に潜って探し、ラミアさんたちに手伝って獲ってもらったのだ。


 なお「こんなものをどうするんですか?」と怪訝な顔をされた。食べます、とは言いにくかった。


 で、それをカレンの魔術で乾燥してもらった。砂浜で緑色の海藻を手に駆け寄ってきて「これの水分を抜いて!」と詰め寄る僕を見て、カレンはなんとも形容しがたい顔をしていた。ごめんて。


 昆布だけではなく貝類も分けてもらったので、そっちも乾燥させてある。貝はさすがに食べているそうだ。よかった。


「でも、海藻にもDHAは含まれてるんだよね。むしろ魚のDHAは海藻由来のものなんだ……ラミアたちの健康にもいいと思う」


 海藻をなまで食べても大丈夫なのは日本人だけ、みたいな話を聞いたことがある。海藻を分解できる微生物が腸内にいるからだとか。ただ、火を通せば関係ないし、DHAの摂取が生命維持に不可欠な身体をしているなら、食べる習慣を根付かせてもいいんじゃないだろうか。スープに入れたりすればそんな抵抗ないのでは。


「まあ、その辺はおいおい、か」


 無理強いするつもりもない。あくまで提案してみて、試食してもらって、その上でラミアたちが選べばいい。


「なんにせよ、楽しかったね」

「ん。行ってよかった」


 里で過ごした三日間に思いを馳せる。

 ジ・リズの家族——ミネ・アさん、ミネ・オルクちゃん、ジ・ネスくん。それにラミアさんたち。これからもご近所さんとして仲良くやっていきたい。


 こっちに招待することができそうにないというのが残念だ。ジ・リズも、森の深奥部まで子供を連れていくのは危険だと言っていた。普段はあんまり意識してないけど、やっぱ我が家って本当にやばい場所にあるんだな……。


「あまり長くいられなかったのが残念」

「そうだね。畑があったからなあ。でも、また行こう。というか、ちょくちょく遊びに行こう」

「ん。私もお魚は食べたい」

「ポチを退屈させてもいけないしな」

「きゅ? きゅるるるっ!」


 手を伸ばしてポチの背中を撫でる。ワゴンを力強く引きながら嬉しそうに、顔をわずかにこっちへ向けて鳴く。


「ん、ポチには丁度いい距離の運動みたい」


 カレンがくすくすと楽しそうに笑う。

 母さんが蜥車せきしゃの外から声をかけてきた。


「スイくん。後方、こっちを狙ってる視線が複数あるわ。襲われる前にやっちゃうわね」

「うん、ありがとう。食べられそうなやつなら回収しよう」


 殺伐としたやりとりもまた、僕らの生きている証。

 自然とそう思えるようになったのも、収穫だったなと思う。



※※※



 道を切り拓く必要がなかったので、行きよりも一日少ない、三日で帰り着いた。


 木々の配置や道の脇にある茂みの形なんかがなんとなく見慣れたものになってきて、人里離れた森の中であっても住めば景色を覚えるもんなんだなあと感心する。もうそろそろすると家の正門、ブロック塀とその横に作られた解体場が見えてくるはずだ。



 ——ショコラが異変を察知したのは、そんな時だった。



「!? ぐるる……ううー……」


 ポチの隣でてくてく歩いていたショコラが急に立ち止まり、身構えて唸り始める。


「どうした? ショコラ」


 敵意とも警戒とも威嚇ともつかない——逆に言えば、そのすべてが混じったような仕草。こんな雰囲気は僕にも馴染みがない。


 遠くにいる敵を嗅ぎつけた時や、敵ではない見知らぬ相手を察知した時とも違う。しかも見ている先は森の中ではなく、僕らの進路。


 つまり、家の方角。


「わうっ!!」

「あ、おい……!」


 ショコラはひと吠えすると駆け出した。僕らを置いて、ひと足先に。


「どうしたんだ……? 母さん、カレン、僕が追う!」


 蜥車せきしゃから飛び降りて走る。背後の「気を付けて!」という母さんの声に軽く手を振りながら、ショコラを探す。


 居場所はすぐにわかった。

 何故なら、


「わん! わんわん! わんわんっ!!」


 連続して吠える声が、道の先から聞こえていたからだ。

 それは懐かしの我が家、門の前。


 木々の向こうから見えてきたその景色は、出発する前と変わりない。

 ブロック塀が壊れた様子もないし、門も、その奥に建つ家もいつも通り。斜め横にある獲物の解体場も、塀の外とはいえ結界に守られているはずだ。


 だから荒らされているなんてことは——、


「え……?」

「わん、わんわんっ!!」


 ——なかった、けれど。


 僕は呆然とする。


 解体場。

 獲物を解体する台の横、ちょうど、血や内臓を捨てていた穴があった辺り。

 そこに、


「なんだ、これ……」

「わうっ! ぐるるる……」


 大きな——僕の胸ほどはあろうかという高さの。

 太い——僕の胴回りを三倍くらいはしたおおきさの。




 青緑色をした、でっかい植物が生えていた。

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