蒼天の園
余暇を使って見て回ろう
夕ご飯として頼んだルームサービスはかなり美味しかった。
どうしてこんな文化になったのかはわからない。日本人を祖とする民族だからなのか、単に天空城の限られた土地の中、凶作が起きた時に備えて単一栽培を避けた結果なのか。
食べたことのあった
どれもかつての日本では重要な主食だった五穀だけど、今はさすがにね。あっちでも、気まぐれで雑穀米を買って食べてみました、程度だったもんな……。
ただここまで多種多様な穀物を扱っているのに米だけがなかったのは、さすがにがっくりしてしまった。やっぱりこの大陸にはないか、あっても食用にしにくい原種なんだろうな。
ともあれ。
夕食に舌鼓を打ちながらあれこれと、今後のことを話し合った。
城の中、第
母さんやカレンはともかく、僕はこの国に対して無知だ。
血統主義の人たちとはちょっと相容れないかなと思うけど、それだけですべてを判断するのは間違っている。
歴史を知り、街を知り、土地を知り、文化を知り、人を知り、考え方を知り、そうして国を知ることで——なにか見えてくるものが必ずあるはずなんだ。
まあ、要するにやることは観光ではある。
いいじゃないか。宿の中に
※※※
さて、明けて次の日。
僕らはみんなで一緒に、街へ出た。
カレンも案内できるほど詳しくはないということで、親子三人(と犬)で
まず最初に向かったのは、第四区——農場だった。
「やっぱいろんな畑があるね」
「ん。それに、風が心地いい」
「景色もいいわねえ。遠くになにもないのは新鮮だわ」
「わうっ! わんわん!」
開けた空間——見晴らしのいい田園を前にショコラがはしゃいでいる。走り回りたいようで、リードがめちゃくちゃ引っ張られていた。
いやハーネスとリード、持ってきててよかったな……。
「さすがによその土地だからダメなんだ、ごめんな。我慢してくれ」
「きゅーん……」
「でも、ほんとに景色すごいな……」
田畑はそこまで大規模でなく、限られた土地を上手く使って農業をしているって感じなんだけど、だからこそ浮島の岸辺ですぱんと風景が切り取られ、遠くにはただただ青空が広がっているのは圧巻だ。
遥かを
「外壁、けっこう低いんだね」
「人の胸くらいまでしかなかったはず。家畜が飛び越えちゃわなければそれでいいから。それに、島の端っこは農地になってない。立ち入り禁止」
「さすがにそれくらいは考えてるか」
景色を眺めつつ
「あんたら、見ない顔だな……その耳、もしかして
「そうです。ちょっと用事があって入国しまして。……すいません、田んぼを見学させてもらうのは
外見は青年だけど、実年齢はわからない。エルフは他の人種と比べ、総じて魔力操作が上手く、外見が若い傾向にあるのだ。
「いや、田に入らないでくれればいい」
「もちろんです。……これ、
「よく知ってるな。下の人間はあんまり食わんと聞いてるが」
「そうですね。確かに珍しいですけど……僕の故郷にも、
父さんが勤めていた会社の同僚が岡山の出身で、正月明けなんかによくお土産としてもらって帰ってきていた。老舗の本格的な、
「……下にもそんな土地があるんだな」
「だいぶ
「初めてなのになんで
「あ、ああ。絵に描かれたやつを何度か」
写真で知ってるって言っても通じない。危なかった。
農家の人——おにいさんかおじさんかは全然わからなかった——と、更に二、三の会話を交わす。当たり障りのないやり取りの後、お邪魔してすいませんでしたと頭を下げてその場を去った。
「いい人だったね」
畦道を更に進みながら、僕は隣のカレンに言う。
「ん……スイにそう見えたんなら、それでいい、のかな」
「いや、カレンの言いたいことはわかるよ」
彼女の歯切れはあまりよくない。
その理由は、
「警戒されてたもんね。歯をまったく見せてくれなかったし、言葉もそっけなかった」
「エルフは引きこもり体質で、特にこの国は排他的。スイが気を悪くしないか、ちょっと冷や冷やしてた」
「それでもちゃんと会話に応じてくれたし、
彼の態度がつっけんどんだったことを踏まえても、僕の感想は嘘じゃない。
そもそも僕らは、田んぼ——彼の生活基盤をじろじろ見にきた余所者だ。おまけに人種も違う。警戒どころか、「どっか行け」と言われても仕方ない。
もちろん、隣に
僕は彼から、嫌なものを感じなかった。
こっちを傷付けようとか排除したいとか、そういう意思は感じなかったんだ。
なにより——、
「まあ実は、あわよくば
「そんなこと考えてたの……?」
「うん。でもあの人、すごく大切そうに世話をしてた。まるで自分の子供の面倒を見るみたいに、
「……そっか」
排他的であっても、警戒されていても。
あんな顔で農作物の世話ができる。本気で仕事をして、真剣に生きている。
そんな相手に、ネガティブな感情はとても抱けない。
※※※
「……この国の人のこと、スイがそういうふうに見てくれて、ちょっと嬉しい」
カレンが小さな声で言い、指を絡めてきた。
だから僕らは手を繋ぎながら、畦道を歩く。
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