思いもよらない発見だ

 改めて街に出て、気付いたことがある。


「けっこう、あったかいな……」


 それは、環境が整備されているということだ。


「この浮島、かなりの高度にあるよね?」

「ん。その辺の山よりも高い」


 ジ・リズに連れてきてもらう時、だいぶ上昇するんだなと驚いた。たぶん、城を地上から見上げても豆粒くらいにしか見えないだろう。


「それなのに、下手したら地上よりも温暖だし、空気の薄さも感じない」

「ああ、魔術が稼働しているのさ」


 答えたのはハジメさんだった。先頭を歩いて僕らを引き連れながら、軽く振り返って微笑する。


「自分はそこまで詳しくはないんだけど……リックかノエミか、説明できるかな?」

「ああ。古代に敷設ふせつされた複合魔術らしい。気温とか、空気の濃度とか、そういう人の生活に関わる環境を調整し、一定に保つやつだよ。城に魔導装置があって、国民から魔力を徴収することで稼働させているんだ」

「水の湧出ゆうしゅつも担っているわ。もうすぐ広場に出るけど、噴水もあるわよ」


 ノエミさんの言葉通り、大通りの先がすぐに見えてきた。


 十字路の交点、円形に作られた広場——ベンチが設置され、その中央に噴水と人工池。人々が待ち合わせしたりのんびりしたりと、憩いの場として機能しているようだ。


「こういう光景はシデラとあんまり変わらないんだな」

「ん……エルフ国アルフヘイムの建築様式は、ソルクス王国のものとちょっと近い」

「なるほど。それでもやっぱり、ところどころに異国感はあるね」


 石畳の形とか、建物の意匠とか。道行く人々の服装もだ。そして当然のことながら、誰も彼も耳が尖っている。


「ここじゃ、僕は少数派だ」


 苦笑しながら自分の耳を指差すと、リックさんが肩をすくめた。


「エルフたちはあまり気にしないよ。長いのが当たり前な中で、短い耳には気付きにくいんだ。人混みと同じさ。背の高い人の方が目立つだろ?」

「ああ……確かにそういうの、あるかもしれない」

「さすがに獣人なら気付くけどね」


「さあ、着いたよ。買い食いならこの広場がいい。いろんな店が出ているから、好きなものを食べてくれ」


 僕らへ向き直り、ハジメさんが楽しげに言った。


 見れば確かに広場の内周部分には、テイクアウトできる飲食店がずらりと並んでいる。シデラで一般的な天幕付きの屋台とは違い、テナント——建物をそのまま店舗にした形式だ。広場側にレジカウンターが面していて、その向こうが厨房になっているやつ。日本の商店街によくある、クレープ屋とかたこ焼き屋とかみたいな。


 わくわくしながら赴こうとすると、なんと僕らのお金はハジメさんが出してくれるという。こうなることを見越してエミシさんからお小遣いを預かっていたとか。……あの人の先読み能力、ほんとすごいな。


 せっかくなのでお言葉に甘えることにした。というかそもそも僕、この国の通貨を持ってないんだよね。


「カレンは持ってるの?」

「私は何年かに一回、里帰りしてるから」

「だったらきみの分くらいは自腹で……」

「スイ。おごってくれるという提案を断るのはエルフの文化ではたいへん失礼。素直に好意に甘えるべき」

「……それ、本当?」


 無言で目を逸らされた。嘘だこれ。


「気にしなくていいよ。どうせお父さ……父のお金だからね」

「というかこの前から思ってたんですけど、ハジメさんってけっこうなお父さんっ子ですよね? 使者やってた時も『お父さん』って言い間違いかけてたし」


 無言で目を逸らされた。図星だこれ。


 ——まあ、ともあれ。

 出店を順番に眺めていく。


 肉の串焼き。

 フルーツ飴。

 ミートパイ。

 なにかの穀物を煮込んだお粥。

 いろんな具材をパンで挟んだもの。

 甘味だか惣菜だかよくわからない、揚げ団子——。

 

 シデラで見かけるものもあれば、珍しいものもある。これは軽食として済ませるのはもったいない。明日にでももう一度、食べ歩きしてみたいな。


 ぐるっと一周して吟味した結果、カレンはミートパイを購入した。

 僕は、タコスっぽいもの。細かくほぐした肉と葉野菜、それからソースを薄手の生地で包んだやつだ。


「ありがとう、ご馳走になります」

「ああ、遠慮なくどうぞ」


 広場のベンチに腰掛け、さっそく食べることにする。ハジメさんはフルーツ飴、エジェティアの双子は串焼きを買ったようで——どっちもシデラでも売っているようなやつで、せっかくなのにもったいないな、なんて思ったけど、住んでるとそういうものか——彼らを横目に、タコスをかじった。


 具材は豚だろうか。味付けはやや甘めの感じで、ソースは酸味が強く、わさびにも似たつんとする辛味もあった。そこにシャキシャキした厚手の葉野菜がアクセントになっていて、なんとも不思議な味わいだ。


 地球のタコスとはまた違っていて、美味しい。

 そんなことを考えながら舌に集中していて、不意に気付く。


「この生地……トルティーヤだ」


 具材を包む、いちばん外側。

 異世界感のある他の味付けにばかり気を取られていたけど——生地に関しては僕の知っている、地球あっちでも食べたことのあるやつで。


「とうもろこし、あるの?」


 飲み込んでハジメさんに問う。


「とうもろこし……コーンのことかい? その生地の原料の。あるよ。第四区で栽培している。我が国にとっては重要な穀物だ」

「ああ、コーンか。スイさんが食べたことないのも無理はない。国外では家畜の餌としてしか扱われていないんだ」

「え、そうなの? なんで」


 とうもろこしがあるのも驚いたけど、まさか地上でも普及してたなんて。エルフ国アルフヘイムでだけにある特産品とかじゃないんだ。


 首を傾げる僕に、みんなが口々に説明してくれる。


「ん。地上のコーンはあまり美味しくない。エルフ国アルフヘイムのやつは、品種改良している。だから、味が全然違う」

「輸出を試みたこともあったみたいだけど、受けが悪かったらしいわ。飼料であって人の食べるものではないと思われているのよ」

「そうなんだ……イメージが悪いのか。もったいない」


 そもそもとうもろこしは、地球じゃ世界三大穀物のひとつとされている。確かにあっちでも飼料としての消費は大きかったはずだし、こっちの世界で家畜の餌にされるのも納得ではあるけど……まさか、そうとしか使われていないなんて。


「スイさんは平気なのかい? 観光客はだいたい、供された食事にコーンが使われていると聞くと嫌がるものなんだ」

「僕の住んでたところじゃ、人も普通に食べてましたから。むしろ主食にしている国もありましたよ」

「主食に? 驚きだね。エルフ国アルフヘイムでもさすがにそこまで消費されてはいない」


 俄然、興味が湧いてきた。


 そもそもトルティーヤ、というかタコスは以前、作ろうと思って断念したことがあるんだ。

 年越しの時。とうもろこしが手に入らなさそうだったのでタコスを諦めて具だけを作り、苦肉の策として、パンなんかと合わせて食べてもらった。あれ、ちょっと悔しかったんだよね……。


 タコスに格別の思い入れがあるってわけじゃない。ただ、とうもろこし粉——コーングリッツがあれば料理のレパートリーにも幅が出る。家畜の飼料というけど、だったらポチにも食べさせてやれるってことだ。ポチと僕らが同じものを食べて食卓を囲めるなんて、最高じゃないか。


 ——決めた。


 ここにいる間を利用して、とうもろこしのことを調べてみよう。そして許可が出るなら、種を持ち帰って、家で栽培しよう。


「……、どうしたんだい? 急に黙ってしまって」

「気にしないで。スイは新しい食べ物を前にするとああなる。なにか奇矯ききょうなことを考えているだけ。そっとしておいてあげて」

「そうか……カレンも苦労しているんだね……」


 なにやら隣で盛大な誤解が生まれているのにも気付かず、僕は思索にふけり続けるのであった。



※※※



 さすがにおやつの時間に近いこともあり、広場での買い食いは軽食だけで終わった。エジェティアの双子はその場で解散し、僕らはハジメさんに宿まで送ってもらう。


 明日以降のことはまた改めて相談に来てくれるということで、ロビーでハジメさんとも別れ、部屋へと戻った。


 そうして、カレンとふたりでのんびりすること二時間ほど。


「ただいま。遅くなっちゃったかしら?」

「わうっ!」


 帰ってきた母さんとショコラを出迎えながら、長かった初日はようやく落ち着きを見せる。


「おかえり、ふたりとも。ショコラ、そろそろお腹減ってるんじゃないか?」

「きゅーん……」

「ぺこぺこかあ」


 空腹のためいまいち覇気のない毛並みもふもふをわしゃわしゃしながら、僕は苦笑する。


「じゃあ、夕ご飯でも食べながら、明日以降のことを話し合おう」


 確か、ルームサービスが使えたはずだ。

 遠く離れた異国だし、ミントやポチもいないし、僕が作った食事じゃないけれど——ご飯とともに一家団欒しながら、いろんな情報を整理しようか。

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