知りたいことはたくさんあるよね

 ジ・リズに教えてもらった、アルラウネの生態について。



 ひとつ——食事はさほど必要ではないそうだ。植物の魔物とはいえ人と同じく活発に動き、思考能力も知能も備えているのでこれは意外だった。原種のマンドレイクが人や獣を捕食するってのもあったし。


 ではどのように栄養を摂取するのかといえば、生まれる前と同じでいいらしい。獲物の骨や血、内臓などを地中で分解し直接吸い上げる、それがアルラウネの食事とのこと。とはいえ経口摂取できないわけではないので、たまには一緒に食卓を囲みたいな。


 ふたつ——知能について。ジ・リズの知る限り、言葉まで操るアルラウネを見るのは初めてだからなんもわからん、とのこと。ただ、もともと賢い生物ではあるのだろうと推察していた。


 なんでまたうちのミントだけ喋れるのかといえば、これはもう与えた魔力、つまり我が家と僕らのせいだ。地球産の超高濃度な魔力を含んだ土壌に、住人たちはものすごい魔力持ちばかり。変異種にならなくてよかったな、とはジ・リズの談。もしかしたら、彼が血を注いでくれていなければあり得た未来なのかもしれない。本当によかった。


 最後にみっつめ——くのに勇気が必要だったけれど、尋かなければならなかったことだ。

 僕らは家族として、知る必要があった。


「心配いらんよ」


 僕の問いに、ジ・リズは答えた。


「アルラウネの寿命は長い。何事もなければぬしらの倍は生きるだろう。だが、今はそのようなことを考える必要はない。ぬしらが老いて死ぬ時は子らに託せばいいのだ。……わしも飛びかかった空だ、ずっと見守っておいてやる」


 それはどこか微笑ましげな——どこか寂しげな声音で。

 だから僕らもそれ以上、考えるのはやめた。


 堅実に、楽しく、かけがえのない一日を積み重ねていく。いつか終わりの来る日まで。その日が来た時に、笑って見送ってもらえるように。


 僕らにできるのは、それだけだ。



※※※



 とはいえ永い時を生きる竜族ドラゴンであっても、アルラウネに対して知り得ることは少ない。それだけ珍しい魔物なのだ。

 だからあとは僕ら家族が手探りで、ミントのことを理解していくほかない。


 まあ、そもそも言葉を喋っている時点でアルラウネの分類にすら収まりそうにないほど例外的っぽいんだけど。


「ミント、あれは?」

「そら!」

「正解。じゃあ、空に浮かんでるあの白いのは?」

「くも!」

「よくできました! そしたら、そこに生えているのはなんていう木?」

「うー……わかんない」

「ん、あれは黒橅くろぶな。すごく堅い」

「かれん、くわしい! くろぶな、くろぶな!」


 ——と、いう訳で。

 ジ・リズが山へ帰ったのち、僕らはミントのことをより深く知ろうとしていた。


「ここに林檎がふたつあります。オレンジがひとつあります。合わせていくつでしょう?」

「? りんごもおれんじも、ここにないよ?」

「そっか……ミント、この指は何本?」

「いち、にい、さん、よん……よっつ!」

「すごい、よくできました。じゃあ、こっちの指と合わせていくつ?」

「ひとつ、ふたつ……ふたつ! あわせて、むっつ!」

「すごい……足し算はちゃんとできる……!」

「むふー」


 カレンが一緒に遊びながらミントへ質問を繰り返す。どれくらいの知能があるのかを把握するにはなかなかいい質問だと思うけど、顔が完全にでれでれしているので真剣にやっているかはちょっぴり疑わしい。


「簡単な計算はできるけど、文章題はよく理解できてないのね」


 うん、母さんも真面目な分析しつつ顔が緩んでるね……。


「あとやっぱり、私たちの記憶を読み取って、それを土台に知識を組み立てたのは間違いなさそうね。『そら』って概念を理解してるし、雲を『空に浮かぶ空とは別のもの』と認識できてる」


 生まれてすぐに言葉を話し、僕らの名前を呼んだことからも明らかだ。

 なにより、父さんのお墓を前にして『おとうさん』と言った——あそこに父さんの遺髪が埋められていることを、ミントは生まれた時から知っていたことになる。


「ミントが吸収したのって僕らの魔力だよね? その魔力から記憶を読み取ったってこと? 魔力にも記憶は宿るの?」


 ふと問うと、母さんは苦笑した。


「魔力そのものに記憶や記録が刻まれるという証明は一応、されているわ。ただ、普通は活用されないの。読み取れる人がごく限られているから」

「どういうこと?」

「希少な魔術だからよ。スイくんと、それからお父さんみたいな……闇属性のね」

「あ」


 言われてはっとした。


 時空間へ干渉できるのが闇属性の魔導の特徴だ。

 これは、から現在を経て近未来へと繋がる因果律の観測——対象に宿った魔力のことが発動の起点となる。


 だから、たとえば魔術を使い始めた頃、魔剣リディルの来歴が頭に流れ込んだ時みたいに——いわゆる『鑑定』めいた行為が、闇属性の魔導には可能なのだ。


 普段は情報の観測から処理に至るまでのプロセスを無意識でやっていて、いちいち情報として認識、記憶することもない。『鑑定』を発動させた……というかたまたま発動したのがあの時の一度きりだったから、すっかり忘れていた。


「僕と父さんから受け継いだ能力になるのか。ミントはつまりこの特質を応用して、僕らの魔力から記憶と知識を得た」


「土と闇は属性として相性がいいの。どちらも使い手が希少だから充分な検証は為されてないのが実情だけど……奇しくも、ミントが実証してくれたわね」


 母さんいわく。

 ミントは強力な土属性に加えて、他のすべての属性——光、火、水、風、それに闇——を、ほんの少しずつ持っている。メインというよりサブ、あくまで補助的なものになるが、おかげで土属性魔術は相当に応用が利くだろう、と。


「そういえば母さんの使う氷って、魔導の『属性』には入らないの?」

「氷の魔導は、水からの派生ね。水属性に他の属性を混ぜると氷になるんだけど……氷って、お水を冷やしたものでしょう? どの属性で冷やすかで性質が変わるのよ」

「母さんの場合は『火』か。火属性で水から熱エネルギーを奪ってるのかな」


 僕の推測に母さんは嬉しそうな顔をした。


「それ、向こうの知識なのよね。お父さんもすぐに見抜いていたわ」

「こっちじゃそこまで研究されてないの?」

「そうね、火属性は熱すること、燃やすことしかできないと思っている人ばかりだったわ……昔は、それが常識だった」


 と、母さんは不意に口をつぐむ。

 なんだろう——話題を無理矢理に終わらせた、みたいな。

 続きを話したくない? 続きに、話したくないなにかがある?


 無理に追及することもないなと思い、僕は話題を変える。


「変異種がよく使う雷は?」

「あれは光と火ね。光属性を備えた魔物だからこそ使える魔導よ。カレンの得意な霧魔術は水と風の複合。つまり複数属性を混ぜ合わせるといろんな現象を創造できる……扱える属性が多ければ多いほどやれることが増える、って訳」


「じゃあミントはとんでもない成長をするかもしれないね」

「そうね。もちろん、複数の属性を扱えるからといって、それが即ち万能性に通じるということでもないけれど……ミントの基礎属性である『土』は、あらゆる属性との親和性が高いの。期待できるかもしれないわ」


 カレンと遊ぶ、小さなアルラウネを見遣る。

 緑色の髪、それに身体を覆う植物の蔓や葉——人間ではないことは明らかだけど、それでもやっぱり五歳かそこらの、幼い女の子にしか見えない。


「ミント、ショコラのここは?」

「くち?」

「わふっ」

「ん、じゃあここは?」

「あし!」

「ん、正解。私のこれは?」

「あし……ちがう、て!」

「そう。そしたら、ミントのこれは?」

「これも、て? しょこらは、てがない?」

「わう……」

「ん、ショコラは手がない。でも、足が四本あって、すごく速く走れる」

「わうっ!」

「うん、しょこら、はやい! あと、くちがきよう!」

「わおん!」


「なにあれ微笑ましい」

「そうね。手と足の違い、種による部位の差を明確に理解してるのに感心するけど……それ以上に愛らしいわ、本当に」

「僕もちょっと遊んでこよう」


 庭の隅へと歩き、焚きつけ用に集めて積んでいた木の枝を一本拾う。

 それをミントに手渡して、斜め上空を指差した。


「ミント、これをあっちに投げることができる? えい、って」

「うん、できる」

「ショコラ、いけるか?」

「わうっ!」

「じゃあ、思いっきり投げてみて?」

「わかった……えい!」


 枝は回転しながら放物線を描いて、僕の予想よりも遥かに高く、速く投げられた。

 庭のブロック塀を飛び越えて、更にその先、森の中へ消えそうなほど。


 だけどそれを、ショコラの疾走と跳躍は軽々と追い越す。

 庭から外に出る前に——たっぷり十メートル以上もの高さにあった枝を、その口は見事に咥え取った。


「……っ、すごい! しょこら、すごい!!」


 ミントが驚いて大はしゃぎし、戻ってきたショコラに全身でハグをする。

 僕はその愛らしい様子ににまにまと頬を緩ませながら、思った。



 ——やっぱり力も人間の五歳児とは比べ物にならないや。

 加減、覚えさせなきゃな……。

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