初めての雨季
土属性ってすごくない?
大陸に、そろそろ雨季がやってくる。
雨が降る日が多くなり、それがひと月ほど続き、終わったら夏が来る。そう聞くと、四季の様子も日本に似ているようだ。僕としては懐かしさがあるし、なにより感覚が大きく狂わなくて済むので助かるなあという印象。
とはいえここは日本ではなく、世界有数の危険地帯、『
では具体的になにを、というと——五日前に新しく生まれた家族に、僕らは大いに助けられていた。
「ミント、次はここからここにさっきと同じ溝、いける?」
「うー!」
そう、土属性である。
ミントがにこにこと笑いながら地面に手をかざす。すると、僕が引いたラインに沿って、土がぐりんと深く抉れる。
幅は三十センチくらい。深さは一メートルほど。農具を使うよりも早く、確実で、おまけに狂いがない一瞬の神業。
これは、ブロック塀を増設するための溝だ。
「ありがとうミント。しばらくは大丈夫だよ、ショコラたちと遊んでおいで」
「えへへ……うー! しょこら、ぽち、あそぶ!」
「わうっ」
「きゅるぅ」
頭を撫でるとくすぐったそうに身をくねらせ、それからショコラとポチのところへてくてく駆けていく。かわいい。
「……ねえ、スイ」
「カレンはだめだからね? 僕と一緒に作業だからね?」
「むう……」
不満げに唇を尖らせるカレン。
「みんなが暮らしやすくするためなのよ。しっかり集中しなさい」
「ヴィオレさま、ちらちらあっちを見ながら言っても説得力がない」
「でも、怪我をしないか誰かがちゃんと見てないといけないじゃない?」
「スイの魔術があるから怪我は絶対ない。わかってるくせに……」
「ほら、いいからブロックを積もうね? 早く作業を終わらせたらミントたちと遊べるからね?」
塀による囲いを広げるのは、以前からずっとやりたかったことだ。
家の周囲を切り拓き、解体場と、それから牧場を作った。だが、それらは後付けが故に、ブロック塀の囲いから独立している。たとえ『結界』で守られているとはいえ、なんとなく気持ちが落ち着かなかった。
なにせ牧場にはポチの厩舎があるのだ。家族を
そこに強力な土属性の魔導を持つ、ミントがやってきた。
戯れに
それから四日——我が家の囲いは、大きく変わりつつある。
まずは門の横。解体場を塀の中に入れた。
どういうことかというと、ブロック塀自体を動かしてもらったのだ。
これにより解体場そのものが庭の一部となり、利便性が増すとともにミントも庭で寝起きできるようになった。ミントは自分の生まれたあの場所が気に入っており、夜は必ずあそこで寝るのだ——ちなみに、睡眠時は再び根っこを生やして下半身を地面に埋め、身体全体を葉っぱで覆って、生まれる直前みたいな形態となる。こうすることで睡眠と食事を兼ねているみたいだ。
僕らはミントの寝床に、狩ってきた獲物の血や内臓を捨ててる形になるんだけど……いいのかな。でもミント自身がそうしたがってるんだよなあ。
もちろん面積的な問題でブロック塀が足りなくなったので、そこは石を切り出して加工し、製作した。ちょっと歩いた場所に岩場があったのでそこから拝借する形だ。
それから次いで、裏手——牧場も。家の裏側の塀は完全に取っ払われた。
これにより、薪置き場とポチの小屋は隣接し、ポチがのんびりしているのを眺めながら薪を割る、みたいなことが可能となった。いずれ冬までには、ボイラーを利用するか街から買ってくるかして、小屋にストーブも導入できたらいいな。
で——今は牧場をぐるりと大きく囲う塀を作っている最中、という感じ。
これを元からある塀と繋げたら、解体場も牧場もすべてを敷地内に納める囲いとなる。
「まあ、元の塀と新しく積んでるやつじゃ、材質は違うんだけど、っと」
作業を進めながらひとりごちる。
元々の塀を構成するブロックはコンクリート製で、中に鉄筋が通っていた。対してこっちの世界にはコンクリートも鉄筋もない——いや街にはあるのかもしれないけど、僕らには作れない。岩を加工して同じ形状にしたものを代用している。
溝に細めの木材を等間隔に立てる。
ブロックには縦穴をふたつ開けてあり、その木材を通す形で積み、塀として組み上げていく。穴には遊びの多い雑な素人仕事だが、そこはまあ、僕の魔術で『不滅』の特性を付与さえすればどうとでもなる。
「セメントとかないのかなあ。あるなら流し込みたいところだけど」
穴に流し込んで固定し、ブロックの隙間にも目止め剤として塗りたい。
「あるはずよ。スイくんの魔術で充分だと思うけど、今度、街に行った時に持って帰りましょうか?」
「まあ、気分の問題ではあるんだよね。……大荷物にならないかな?」
「ごめんなさいね、お母さん、あんまり建築には詳しくないからなんとも」
「材料がわかればこっちで作れない?」
「確かに」
カレンの言う通り、こっちで材料が調達できるんならそれに越したことはない。
「あっちの先に川があるでしょ? 雨季で
「近くの植生を見る限り、その形跡はなさそう」
「そんなことわかるの? カレン」
「む、心外。私はスイと再会した時、地質調査で森に来ていた」
「そういえばそんなこと言ってた気がする」
仕事、途中で放り出したけど。
本当にあれ大丈夫だったの? 迷惑かかってない?
「途中までだけど、報告書は出したからへいき」
「ならよかった」
などと雑談を交わしながら、塀は着々と積み上がり、伸びていく。
「よし、ここまではOK。……ミント! 悪いんだけど、また手伝ってもらえるかな」
「うー! しょこら、あっち!」
「わう!」
ミントがショコラにまたがって僕らを指さす。
ショコラはひと吠えし、ミントを乗せてたったか走ってくる。
「腰を悪くするなよ」
「わん!」
このくらい大丈夫、と元気のいいショコラ。
僕らは手を止めて微笑ましくその様子を眺める。
空気には湿気が強く、雨季がもうすぐそこまで来ていることを予感させる。
それでも僕らの表情はからっとしていて、きっと雨だって晴れやかに楽しめるだろう。
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