初めての雨季

土属性ってすごくない?

 大陸に、そろそろ雨季がやってくる。


 異世界こちら地球あちらと季節感がおよそ同期しているようなのだが、あちらでいうだいたい六月頃——日本が梅雨になる頃に、こちらの大陸にも雨季が訪れるのだ。


 雨が降る日が多くなり、それがひと月ほど続き、終わったら夏が来る。そう聞くと、四季の様子も日本に似ているようだ。僕としては懐かしさがあるし、なにより感覚が大きく狂わなくて済むので助かるなあという印象。


 とはいえここは日本ではなく、世界有数の危険地帯、『うろの森』のど真ん中。雨が続くことでなにが起きるかわからないからきっちり備えをしておきたい。


 では具体的になにを、というと——五日前に新しく生まれた家族に、僕らは大いに助けられていた。


「ミント、次はここからここにさっきと同じ溝、いける?」

「うー!」


 そう、土属性である。


 ミントがにこにこと笑いながら地面に手をかざす。すると、僕が引いたラインに沿って、土がぐりんと深く抉れる。

 幅は三十センチくらい。深さは一メートルほど。農具を使うよりも早く、確実で、おまけに狂いがない一瞬の神業。


 これは、ブロック塀を増設するための溝だ。


「ありがとうミント。しばらくは大丈夫だよ、ショコラたちと遊んでおいで」


「えへへ……うー! しょこら、ぽち、あそぶ!」

「わうっ」

「きゅるぅ」


 頭を撫でるとくすぐったそうに身をくねらせ、それからショコラとポチのところへてくてく駆けていく。かわいい。


「……ねえ、スイ」

「カレンはだめだからね? 僕と一緒に作業だからね?」

「むう……」


 不満げに唇を尖らせるカレン。


「みんなが暮らしやすくするためなのよ。しっかり集中しなさい」

「ヴィオレさま、ちらちらあっちを見ながら言っても説得力がない」

「でも、怪我をしないか誰かがちゃんと見てないといけないじゃない?」

「スイの魔術があるから怪我は絶対ない。わかってるくせに……」


「ほら、いいからブロックを積もうね? 早く作業を終わらせたらミントたちと遊べるからね?」


 塀による囲いを広げるのは、以前からずっとやりたかったことだ。


 家の周囲を切り拓き、解体場と、それから牧場を作った。だが、それらは後付けが故に、ブロック塀の囲いから独立している。たとえ『結界』で守られているとはいえ、なんとなく気持ちが落ち着かなかった。


 なにせ牧場にはポチの厩舎があるのだ。家族を一匹ひとりだけ——ショコラがついていてくれるとはいえ——囲いの外で暮らさせてしまうのは、やはり抵抗が大きい。


 そこに強力な土属性の魔導を持つ、ミントがやってきた。


 戯れにいてみたところ、石を削り出してブロックにすることも、土に溝を掘ることも、更には我が家のブロック塀を改造することさえ可能だという。生まれてすぐに働かせるのもどうかと思ったが、本人がやりたいやりたいとはしゃぐので、せっかくだから手伝ってもらうこととなった。


 それから四日——我が家の囲いは、大きく変わりつつある。


 まずは門の横。解体場を塀の中に入れた。

 どういうことかというと、ブロック塀自体を動かしてもらったのだ。


 これにより解体場そのものが庭の一部となり、利便性が増すとともにミントも庭で寝起きできるようになった。ミントは自分の生まれたあの場所が気に入っており、夜は必ずあそこで寝るのだ——ちなみに、睡眠時は再び根っこを生やして下半身を地面に埋め、身体全体を葉っぱで覆って、生まれる直前みたいな形態となる。こうすることで睡眠と食事を兼ねているみたいだ。


 僕らはミントの寝床に、狩ってきた獲物の血や内臓を捨ててる形になるんだけど……いいのかな。でもミント自身がそうしたがってるんだよなあ。


 もちろん面積的な問題でブロック塀が足りなくなったので、そこは石を切り出して加工し、製作した。ちょっと歩いた場所に岩場があったのでそこから拝借する形だ。


 それから次いで、裏手——牧場も。家の裏側の塀は完全に取っ払われた。


 これにより、薪置き場とポチの小屋は隣接し、ポチがのんびりしているのを眺めながら薪を割る、みたいなことが可能となった。いずれ冬までには、ボイラーを利用するか街から買ってくるかして、小屋にストーブも導入できたらいいな。

 

 で——今は牧場をぐるりと大きく囲う塀を作っている最中、という感じ。


 これを元からある塀と繋げたら、解体場も牧場もすべてを敷地内に納める囲いとなる。


「まあ、元の塀と新しく積んでるやつじゃ、材質は違うんだけど、っと」


 作業を進めながらひとりごちる。

 元々の塀を構成するブロックはコンクリート製で、中に鉄筋が通っていた。対してこっちの世界にはコンクリートも鉄筋もない——いや街にはあるのかもしれないけど、僕らには作れない。岩を加工して同じ形状にしたものを代用している。


 溝に細めの木材を等間隔に立てる。

 ブロックには縦穴をふたつ開けてあり、その木材を通す形で積み、塀として組み上げていく。穴には遊びの多い雑な素人仕事だが、そこはまあ、僕の魔術で『不滅』の特性を付与さえすればどうとでもなる。


「セメントとかないのかなあ。あるなら流し込みたいところだけど」


 穴に流し込んで固定し、ブロックの隙間にも目止め剤として塗りたい。


「あるはずよ。スイくんの魔術で充分だと思うけど、今度、街に行った時に持って帰りましょうか?」

「まあ、気分の問題ではあるんだよね。……大荷物にならないかな?」

「ごめんなさいね、お母さん、あんまり建築には詳しくないからなんとも」


「材料がわかればこっちで作れない?」

「確かに」


 カレンの言う通り、こっちで材料が調達できるんならそれに越したことはない。


「あっちの先に川があるでしょ? 雨季で氾濫はんらんとかしたら困るかもなって。『不滅』の特性があっても、塀から水漏れしたらダメだしさ」

「近くの植生を見る限り、その形跡はなさそう」

「そんなことわかるの? カレン」

「む、心外。私はスイと再会した時、地質調査で森に来ていた」

「そういえばそんなこと言ってた気がする」


 仕事、途中で放り出したけど。

 本当にあれ大丈夫だったの? 迷惑かかってない?


「途中までだけど、報告書は出したからへいき」

「ならよかった」


 などと雑談を交わしながら、塀は着々と積み上がり、伸びていく。


「よし、ここまではOK。……ミント! 悪いんだけど、また手伝ってもらえるかな」

「うー! しょこら、あっち!」

「わう!」


 ミントがショコラにまたがって僕らを指さす。

 ショコラはひと吠えし、ミントを乗せてたったか走ってくる。


「腰を悪くするなよ」

「わん!」


 このくらい大丈夫、と元気のいいショコラ。

 僕らは手を止めて微笑ましくその様子を眺める。



 

 空気には湿気が強く、雨季がもうすぐそこまで来ていることを予感させる。

 それでも僕らの表情はからっとしていて、きっと雨だって晴れやかに楽しめるだろう。

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