応報は帰結し、それでも
「……私は、そんな両親のもとに生まれ、ふたりの復讐のためだけに育てられてきた。長老会に入り込み、血統主義派の連中を失墜させるための道具としてな」
メイシャル=ファズアジクの
想い合っている男女を無理矢理に引き離し、血統を維持するための道具として、望まない婚姻をさせた——それは僕とカレンにとってとても他人事ではないし、実例があると知らされると改めて、理不尽さと物悲しさに心が痛くなる。
だけど、その後だ。
引き離された女性がその後に取った選択は、
「じゃあ、メイシャルさん。あなたは」
「ああ、そうだ。私は血統主義者どもへの恨みによって生まれ、
自分たちの人生のみならず子供の人生をも巻き込んで復讐を目論むなんて。
事情は他人事でなくとも、やり方にぞっとしてしまう。
カレンがぎゅっと僕の手を握ってきた。
恐怖に震えるようなその指先を握り返し、思う。
ああ、でも。
もしメイシャルさんの両親みたいに、力がなくて、手立てがなくて、抗えなかったとして。
僕らは、狂わずにいられるだろうか。
カレンと引き離された僕や、僕と引き離されたカレンは——ならば人生そのものを
「……ただ、正直な。血統主義という思想についてはどうでもいい。私に大層な主義主張はない。怨嗟のみで育てられた子に、中身などあるはずもないだろう?」
メイシャルさんの言葉は投げやりで、自暴自棄にさえ見える。
けれどその瞳に宿る憎悪は、身がすくんでしまうほどに濃い。
「だからせめて、殺したいと思ったんだ。始祖を……ミヤコ、貴様の拠り所を壊してしまえば、すべての前提を崩してしまえば、私も中身を満たせるかもしれない。始祖を殺した大罪人、エルフの敵。私の中身をそんな汚名で満たしてしまえば、生まれてきた意味ができるかもしれない」
「そんなこと……」
「本当はな。始祖の殺害を成し遂げたのち、この国を堕とすはずだったのだ」
思わず声を洩らした僕に、メイシャルさんが向き直る。
続けた言葉は、更に衝撃的だった。
「始祖を殺し、血統主義派どもを失墜させ、国を混乱に陥れる。それに乗じ、
「な……っ」
「単純で、最も犠牲が少なく、確実なやり方だ。世界を救うという大義もある。大義を遂行するため少数を切り捨てる……ミヤコ、お前なら、このやり方が正しいということを理解してくれるよな?」
痛烈な皮肉に、ミヤコさんは言葉がない。
愕然としたまま唇を震わせ——やがて、その場に膝をつく。
「わらわは……わらわは」
違う、とか。そうではない、とか。
つぶやきが小さく聞こえるけれど、もはや意味をなしていなかった。
たぶん、心を折られたのだ。
始祖のためにと
ただそれは——心を折られたのは、メイシャルさんも同じだった。
投げ捨てたナイフをぼんやりと見下ろしながら、力なく笑う。
「まあ、どれもこれも今となっては机上の空論だ。スイ=ハタノ、お前によって阻まれてしまった。私が始祖を殺したエルフの大罪人になることも、世界を救った英雄になることも、もはやない」
「もし実際にアリスさんを殺し、この国を海に落とすことに成功していたとしても……あなたが満たされてたとは、僕には思えません」
「そうか……そうかもな」
僕の反論に彼は、溜息を吐きながら天井を仰いだ。
仰ぎ、言う。
「だったら、私の……俺の人生は、いったいなんだったんだろうなあ」
僕らには、答えを返せない。
彼の歩んできた道を想像できない。彼の心の中を
語ってくれた以上のことを、知らないのだから。
だからメイシャルさんも、返答を求めてはいなかったのだろう。
ただ、ぼんやりとした動作で上着のポケットを探り、小瓶を取り出す。
ひどく緩慢で、気付いた時にはもう栓は抜かれていた。
まずい。あれはきっと、自決用の——、
「……っ、メイシャルさん、待っ」
僕は慌てて叫ぶ。
ダメだ、いけない。
反射的に止めようとするが、止まらない。メイシャルさんは小瓶を口元に運び、中身を飲もうと唇を付けて、傾けて中身を飲み干そうとして、寸前。
「やめなさい」
静かな声が、あった。
穏やかで、けれどどこか有無を言わせないような。
メイシャルさんが毒を
そして——、
「おい、なにが起きている! ……っ!?」
遅れてこの屋敷に駆けつけてきたエミシさんと、彼に連れられてきたのだろう、ユズリハさんとモアタさん。
彼らもまた、部屋の入り口で唖然とし、動きを止めていた。
みな、部屋の奥へ。
ベッドへと視線を注いでいる。
「やめなさい。メイシャルといったわね? 自殺はダメよ。少なくとも、私の見ている前でそんなことはさせない。してほしくないわ」
彼女は。
布団の中、上半身を起こしていた。
守るように覆い被さっていた
彼女は。
ほつれた横髪を軽く手で払いながら、一同を見回す。
「あなたは……
「わふっ?」
ショコラに声をかけ、
「私を助けてくれたあなたは日本人よね? 時代も近そうだし、後で詳しく話を聞かせてくれる?」
「あ……はい」
僕へ笑いかけ、
「実はね、遅延領域を抜けたすぐ後から意識はあったのよ。でもひっどい時差ボケみたいに身体がなかなか動かなくてさ。……話は一応、聞こえてたわ」
そうして、最後に。
布団から抜け出し、ベッドに腰掛ける形でこちらへ向き直り、
「エルフたち。私たちの遠い子供たち。……私の名前は、アリス。あなたたちが『始祖』と呼んでいる、原初のエルフです」
アリスさん——
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