たのしい炊事場
せっかくなので、夕ご飯を一緒に食べることにした。
更にせっかくなので、宿に来ていたユニさんとティナムさんだけじゃなく、おばあさまと他の皆さんも呼ぶことにした。
先日のカレー会に加えて、従者さんたちをも含めた大人数である。
あれ? なにも考えずに声をかけたけど、こいつはえらいことでは……?
「ほんと、気軽に言ってくれちゃったね……」
「すいません、つい……」
さすがにこれだけの量となると、僕ひとりでは負担が多すぎるということで、ノアとパルケルさんも手伝ってくれることになった。
というわけで、苦笑混じりなパルケルさんと、
「まあ、いいではないか。賑やかな食事もまた楽しいものだ」
「ん、私も手伝う」
鷹揚に笑うノアに、ふんすと意気込むカレン。
「みんともおてつだいするよっ!」
「わんっ!」
そしてはりきるミントと、たぶん状況がよくわかっていないショコラだった。
「お前には……やれることがないなあ」
「わふう?」
「調理場に入れるわけにもいかないし、外でポチと遊んできなさい」
「わう!」
よくわかんないけどわかった、みたいな調子で踵を返し去っていくショコラを、ミントが残念そうな目で眺めている。身体がうずうずしているのを僕は見逃さない。
ちょっと縁起かかった口調で、ミントの頭を撫でる。
「ミントのお手伝いも、ご飯ができてからお願いしようかなあ」
「ん、出番はもう少しあと。今は庭で遊んでおくといい」
「いいの……?」
「配膳になったらミントも大活躍してもらうから、今はショコラとポチの面倒を見てあげてくれる?」
「わかったっ! しょこらとぽちのことは、みんとにおまかせだよっ」
大喜びでショコラの後を追っていくミントを見送るのだった。
「……さて、ではこちらはこちらで張り切っていくか。なにせ
ノアが腕組みをしながらキッチン台の前に立つ。
「食材は足りそう?」
「うん、テトラが市場に走ってくれてる」
「テトラさんって、侍女の方だよね」
確か伯爵令嬢だとか。
日本で育った僕としてはあまり馴染みがない感覚だが、高位貴族の侍従は家格の低い貴族家の子息息女が務めるのが通例らしい。使用人にもそれなりの血筋が求められるというわけだ。
ただ、これが王家ともなると『それなり』の水準も高くなる。
伯爵といえば
「僕が子爵を継いでも、侍女さんの方がまだ偉いのか……」
「いや、家格としてはそうだが、子息息女は通例、ふたつ下の爵位と同等の身分とされている。テトラ嬢ご本人の身分は、男爵位相当になるぞ」
「そうなんだ」
「ん。あと、魔導士の称号も爵位と同等に見なされる。これは前に教えたはず」
「あ、それは覚えてるよ。……でも普段の生活が、そういうのと無縁だからなあ」
僕のなんとはなしのひとりごとを、ノアに続いてカレンも補足してくれた。
魔導士の称号は上から『魔女』『賢者』『
「こういうのってやっぱり、この世界じゃ当たり前の知識なんだよね」
「ああ、まあ……いや、知らぬでも仕方ない、気にするな」
「気を遣ってくれた感じの返答!」
ノアが
いや……覚えようとはしているし大まかなところでは頭に入ってはいるんだよね……どうにも直感的にピンとこなくて、こういう時にぱっと理解ができないだけで……。
「ま、テトラもさ。あの子は義姉さん付きの侍女でも特に有望株だし、今回の視察はいい勉強になったんじゃないかなあ。辺境を実際に見たってのは強みになる」
そういうものなのか。
侍女のお仕事はわかる(ユニさんの身の回りの世話だろう)けど、では王族の侍女を務める人がこの先、どのような人生を送っていくのかは僕にはいまいち想像できない。パルケルさんの口ぶりからして、けっこうなエリートなんだとは思うけど。いわゆる、しごでき? みたいな感じなのかな。
ただ、とはいえ。
シデラにどんな印象を持っているのかは定かでないし、少なくとも美味しいものを食べて帰ってほしいなという思いはある。この土地がいいところだってのを、王都の貴族にも知ってもらいたいな。
「メニューどうする? 侍女さん……テトラさんがどんなものを注文してくれたかにもよると思うけど」
「あたしはコショウのスープを作るよ。義姉さんとも約束したし」
「トムヤクムンか! いいね……僕もあれ好きなんだよね」
「
「向こうからの転移者が伝えた可能性もあるけど……名前が違うし、偶然かもね。実際、トムヤムクンっぽいってだけで、ハルヴァみたいに来歴が伝わってるわけでもないし」
「おお、ハルヴァといえば俺は胡麻料理を中心に作ろう。もちろん『ノアの
「そっちはノアに任せたよ。王都風の料理もあるとみんなも安心できるだろうし」
ノアとパルケルさんはあらかた決めているようだ。
と、カレンがこっちを向いたので問う。
「スイはどうする? 私は言われた通りに動く」
「うーん……カレンになにか希望はある?」
「だいじょぶ。私はスイの作ったものならなんでも美味しく食べるし、スイに言われたことならなんでもやる」
「いやそれは……まあいいか」
なんだかもう、完全に全幅の信頼を寄せてくれている感じだった。
仕方ない。カレンもそれなりに手伝いができるようになってるし、僕がイニシアチブを取って進めた方がよさそうだ。
考えていると、厨房の裏、勝手口から声がある。
「スイさん、いるか? お届けに来たぜ!」
「あ、ありがとうございます! いま開けます」
ドアを開くと、大通りで何度か顔を見たことのあるおじさんが立っていて、でかい木箱をがすん、と置く。テトラさんが注文してくれた食材だ。
木箱は合計で五つ。肉、野菜、果物、調味料、香辛料——ひととおりが揃っている。中でも僕が目を引いたのは、
「ギーギー鳥が丸のまま、五羽……」
「例の貴族さまの晩餐かと思って、いい状態のやつを選んどいたぞ。中は抜いてこっちにまとめてある。砂肝と肝臓と心臓な」
「ありがとうございます。これはいろいろと料理のしがいがありそうだ」
それを見て、メニューは決まった。
今日の夕食は、鳥尽くしといこう。
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