そしてにぎやかな晩餐
僕らが滞在している宿は屋敷と言って差し支えない大きさで、リビングに客間の家具を移動させれば二十人くらいは入れる。そんなふうに模様替えをして作った席はなんというか、長机をソファーと椅子が囲む、ちょっとした居酒屋っぽい感じの風情になっていた。
かくしてそのテーブルに、僕らの料理が所狭しと並べられる。
「まあ、なんて豪華で楽しい食卓なんでしょう!」
ユニさんが大喜びでにこにこし、
「こういう無礼講も、たまにはいいものですねえ」
エイデルさんはその隣で穏やかに微笑んでいる。
「この量……私は遠慮しなくてもいいということか!?」
皿に大盛りの料理を前にし、期待に満ちた顔のカーシュさんと、
「これはさすがに圧倒されますねえ」
眼鏡の奥で目を丸くするティナムさん。
「……私はもう、驚かないことにしました」
「そうですな……いやはや、当代のソルクス王家らしい」
「俺たち、護衛の仕事してないよなあ……もう考えるのはやめるか」
侍女さんと執事さん、それに騎士さんたちも諦め顔で席に就いている。
もちろんユニさん御一行だけではなく、ハタノ家の面々も一緒だ。
「賑やかな席ですね。なんとも愉快な気持ちになってきます」
セーラリンデおばあさまは姿勢良く座って、それでも目を輝かせている。
「ポチも一緒に食べられたらよかったのだけど、さすがにここじゃ難しいわねえ」
「みんとが、あとで、さらだ、もってくよっ!」
庭にいるポチを気にしてくれる母さんとミント、それに、
「わふう……はっはっはっはっ」
犬用のお皿を前にしてお座りしつつそわそわの抑えきれないショコラ。
ちなみにメニューは、届けてもらったギーギー鳥をフルに用いた。
まずはノアとパルケルさんの手による、トムヤムクン。
地球だと確か、鶏肉を使ったものはトムヤムガイというはずだけど、そもそもこれは『地球のトムヤムクンによく似た獣人領の郷土料理』であり、具にさしたる決まりはなくなにを用いてもいいらしい。
加えて胡麻をふんだんに入れたモツ煮込みとか、胡麻のペーストで包んで蒸した鳥胸肉とか、王都風の料理も並んでいる。あとは『ノアの
僕とカレンが作ったのは、大きく三品。
シュクメルリと唐揚げ、そして焼き鳥だ。
ギーギー鳥が丸のまま手に入ったのならシュクメルリは外せないだろう。手羽先、手羽元、胸肉、腿肉、いろんな部位を一緒くたに、ニンニクと乳製品で包み込んで煮込んだ料理。
でもって鳥肉があるのならばもちろん、唐揚げも作らねばならない。鳥といえば唐揚げ、これは責務である。
こっちは腿肉を中心に、砂肝や
そして最後に、各種料理で使わなかった部位——ぼんじりやトリミングした端っこ、皮なども無駄にしないようにと考え付いたのが、焼き鳥である。
閃いた瞬間、わざわざ大通りまで走って、串焼きの屋台から串を売ってもらってきた。快く譲ってくれたおじさんには感謝しかない。あとは裏庭で炭を起こし、七輪でじっくり焼き上げる。さすがに日本のタレは作れなかったが、岩塩や香辛料、それに胡麻のソースなどを駆使して、いい感じのものができたと思う。
かくして。
仕入れたギーギー鳥はほぼ余す所なく料理へと化け、あとはサラダや漬物などの野菜類、お酒にジュース、お茶といった飲み物、鳥の肝を使ったあっさりめのお吸い物など、副菜もバッチリだ。
正直、四人いたとはいえこれだけのものを作るのはだいぶ大変だった。だけどめちゃくちゃ楽しかった。
厨房は戦場とはよく言ったもので、てんやわんやになりながら、どれだけ効率よくできるかを追求しつつ、指示を出したり指示を受けたり切って捌いて焼いて煮て蒸して——いま、充実感がすごい。
そして、なにより。
始まった晩餐に、全員が舌鼓を打ってくれるのが嬉しかった。
※※※
「シュクメルリ、というのですか? なんとも味わい深い料理です。ミルクのコクとまろやかさに加えて、ふんだんに使われているニンニクが実に力強いですね。お
「王太子妃の生家であるルクトガルカ侯爵家は、香味野菜の栽培が主産業なのです。もしかしたらシデラで売られているニンニクも、そこから仕入れてきたものかもしれません」
「香味野菜が特産というと、冬はかなり冷え込むんじゃないですか? 確かこのシュクメルリも、寒い土地で生まれた料理なんですよ」
ユニさんとエイデルさんの会話に相槌を打ちつつ、
「いやあ、このフライはたまらないな! 唐揚げ、というのか。口当たりが軽く爽やかなのにどっしりと肉の食べ応えがあって、実に罪深い。これでは無限に食べられるじゃないか!」
「『
「砂肝には鉄分や亜鉛が豊富なんです。そういった栄養素の話も、僕のわかる範囲でお伝えしますね。父さんの書斎にその手の本があったはずだし」
カーシュさんとティナムさんの談笑に口を挟んでみたり、
「ミントもどんどん、いろんなものを食べられるようになってきてるわねえ」
「うーっ! このしゅく……めれ? このまえはすこし、はながむぎゅーってなったけど、もうだいじょーぶ。おいしいよっ」
「まあ、少し見ない間に、すごいですね。幼子の成長は早いわ」
「おばあさま、雨季の頃って忙しい? もしよかったらまたこっちに来ませんか?」
母さんとミント、おばあさまがいつものように笑い合っているところに混ざったり——。
※※※
「はぐっはぐっはぐっ」
「美味しい? ……ショコラのドッグフード、なにでできてるのかな」
「はぐっ……わうっ」
「だいじょぶ、取ったりしない。お気に入りだもんね」
「わん!」
「そろそろポチの様子を見に行ってみよう。ミント、一緒に来る?」
「いく! さらだ、もってくっ」
「義姉上、義兄上。こっちの炒め物はどうだ? 『ノアの夜雲』を使ってみたのだが……」
「そうそう、これの話をしたかったのです。作ったのはあなたなのですか? ノア。素晴らしい出来です……あなたは昔から凝り性でしたが、料理人としても腕を上げましたね」
「あなたは、好きなことが得手となる
「……そう言われるとあたしが照れるなあ」
「美味しい……どれもこれも全部美味しい……私、王都に帰りたくなくなってきた……」
「宮廷料理人たちの仕事も一流だと存じますが、正直なところ、テトラ嬢のそのお言葉には同意せざるを得ませんな。よもやこの
「俺ら、いつも団長の食いっぷりに唖然としてましたが、ここに来てからは無理もないって思うようになりましたよ……」
もはや誰がなにを喋っているのかわからないほど、そこかしこでみんなが楽しげだ。
僕は手元の唐揚げを口に放り込みながら、その喧騒をぼんやりと聞くのだった。
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