受け継いだもの

またいつか、そのうちに

 そしてあっという間に、ユニさんたちとのお別れの日はやってくる。

 十日間——長いようで短く、慌ただしくも楽しく、僕らにとって貴重な経験だった。


 とにかく食べた。いろんなものを食べた。食べたし作った。正直、二キロくらい太ったかもしれない。家に帰ったら運動しなきゃなあ……。


「それでは、本当にお世話になりました」


 ともあれ——。

 ノアの屋敷の前に三台立ての蜥車せきしゃが並び、いよいよ出発の準備が整った。見送りの僕らと対面して、ユニさんたちが一列に並ぶ。


「スイくん、手紙を送ります。通信水晶クリスタルでの連絡も。顔を合わせて話をしたい時は、全力疾走でシデラに来ます。ですから……これからもどうか、よろしくお願いします」


 ティナムさんは僕の手をがっしりと握りながら、目を輝かせていた。

 なお、『魔女』クラスの魔力の持ち主だと王都からシデラまでは身体強化をフルに使ってまる二日程度、ちゃんと休息を入れれば三日ほどらしい。案外近いのではと思ったが、街道が整備されていてそれなのでやっぱり遠い。


「スイ殿、この十日間、美味いものを山ほどご馳走になった。おまけにレシピまでいただいてしまって感謝の念に堪えない。……いかんな、ありきたりな言葉しか思い浮かばない。だが、我が新たな友よ。貴殿が王都まで来たみぎりには是非また、同じ食卓を囲もうではないか! 今度は私の行きつけに案内しよう」


 カーシュさんは盛大な抱擁ほうようをくれた。ばしばしと背中を叩かれたし鎧が硬くて痛い。でも、それだけに彼女の心が伝わってきた。友と言ってくれたことが嬉しい。あの食いっぷり、思い出すだけで顔が綻ぶ。


「いずれまた、時間と名目を作って遊びに参りますわ。本当に来てよかった。たくさんの美味を堪能できたし、なにより……あなたとお会いできたことが、最大の喜びです」

「この度は義妹いもうとのわがままにお付き合いいただきありがとうございました、スイ殿。ですが私もユニと同じ気持ちです。ソルクス家の一員として、縁戚たるあなたとよしみを結べたこと、なにより嬉しく思います」


 ユニさんとエイデルさんは、王族とか宰相とかの立場を抜きにした言葉をくれた。そもそも王家なんて国の貴族のあちこちに姻戚いんせき関係があって、だから普通は、自分たちからそれをアピールすることはない。なのにふたりは、僕のことをみうちと言ってくれた。


 ——それぞれと別れの挨拶を交わしながら、思う。


 一年ちょっと前まで、僕は父ひとり子ひとり愛犬一匹の、小さな家庭で暮らしていた。父方の祖父母は既に亡く、母方に至っては母さんが失踪したことになっていたから言わずもがな。だから『身内』なんて存在せず、いま考えたら、僕ら波多野はたの家は、ある意味で世界から断絶したコミュニティだったのかもしれない。


 それが異世界に戻ってやってきて、母さんとカレンと再会して、セーラリンデおばあさまがご健在で、そこから更に辿ればユニさんやエイデルさんがいて、おまけに彼らは父さんの友達のお子さんで。『身内』ってこういうものなんだなと、僕はようやく実感することができた。


 僕は繋がっている。

 血とか、家とか、人を介して、世界と繋がっていた。


 ただそれは——かつて、二十五年以上前。

 たったひとりで転移してきた、いまの僕よりも歳下だった父さんが、手を伸ばして掴み築いたものなんだ。母さんと出会い、王さまと王妃さまと友達になり、国から子爵を賜りながら、作りあげていったものなんだろう。


 そして、昨夜。

 シャップス現国王陛下の名代みょうだいとして、ユニア王女殿下が執り仕切る授爵式で、僕は。

 父さんがこの世界に根を下ろした証のひとつを、継いだんだ。


「……それでは。、並びにそのご家族、『天鈴』さま、『春凪』さまを始めとしたご一同方」


 ティナムさん、エイデルさん、侍女さん、執事さん、騎士さんたち。一行が次々と蜥車せきしゃに乗り込んでいく。最後に残ったユニさん——ユニア王女殿下はカーシュさんを背後に侍らせながら、昨夜の儀式と同じ顔、同じたたずまいで、僕に向かっておごそかに告げる。


「わたくしたちは帰都きとします。滞在の間に受けたご厚遇、第一王女ユニアの名において、しかとソルクス王家のほまれといたしましょう。……いずれまた、他の家族たちにあなたのことを紹介させてくださいね」


 だから僕は一歩前に進み出て、ひざまずき、家族の視線を背に答えるのだ。


「光栄の至りです、殿下。我が息の続く限り、ソルクス王国と王家に天の輝き、星の瞬き、可惜夜あたらよの穏やかさがあらんことを。……道中気を付けてくださいね、ユニさん」


 お互い最後は悪戯っぽく、頬を緩めながら。


 ユニさんがカーシュさんの介添かいぞえで乗り込んだ蜥車せきしゃは、手綱を打たれた甲亜竜タラスクとともに、わだちを刻みながら去っていった。



※※※



 そして、三台立ての蜥車せきしゃが大通りへと消えていった後。


 ノアが「お茶でも淹れよう、飲んでいけ」とパルケルさんとともに屋敷へ入っていき、ミントを腕に抱えたおばあさまがそれに付いていく。僕は肩の荷が降りたような、後ろ髪を引かれるような、疲労と寂しさの入り混じった気持ちでなんとなく昼下がりの空を見上げていた。


「ふう。……カレンも母さんも、お疲れさま」

「わうっ!」

「お前もな、ショコラ。みんなの前で行儀よくできてえらかったぞ」

「わんわん!」


 家族だけになって安心したのか、飛びついてくるショコラを撫で回す。わしゃわしゃにしつつもじゃれつかれている僕を、カレンが微笑ましく見ている。


 だけど——そんな中。


「ねえ、スイくん」

「なに? ……どうしたの?」


 母さんだけが、少し難しい顔をしていた。


 いつの間にか手には、半透明の金属板が握られている。母さんの目はそこに表示された文字列を追っていた。


 通信水晶クリスタルを見ながら、問うてくる。


「家に帰るのは明日の朝ってことでいいのよね?」

「うん、その予定だけど」

「ということは、今日の午後と今晩は暇なのよね?」

「のんびりしようと思ってたし、なんの予定も入れてないけど……」


 そっか、と。


 母さんは頷くと、通信水晶クリスタルを操作して誰かになにかを送信し、マントの裏にしまってから僕らへ、にこりと。

 悪戯っぽく笑んで、言ったのだった。





「じゃあこれから、ちょっと王都に行きましょうか」

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