半月ぶりの我が家に着いて
森の中の
ポチの牽引する
さすが『
ショコラはポチのそばで彼を守り、ポチもやがて安全であることを確信して魔物を恐れなくなった。変異種はともかくとして普通の獣などは、もう途中から「おっ今日のご飯が来た」くらいなノリである。……さすがに外見に虫のパーツが含まれてるやつは気持ち悪くて食べられなかったけども。
森の景色も一様ではなく、新鮮だった。ジ・リズの背から見下ろした時は緑一色だったのに、実際に歩いてみると全然違う。鬱蒼とした場所が続くこともあれば急に草原が開けることもある。川も流れているし大きな湖だってあった。
中層部から先は道なき道を進んだが、それでも
そんなこんなで不満といえばお風呂がなくて濡れタオルで我慢しなきゃならなかったことくらいで、母さんが予測していた半月がきっかり過ぎた頃、僕らは懐かしの我が家へと帰り着くのだった。
※※※
まずはみんなで父さんのお墓にただいまを言って、出かけた時とまったく変わらず森の中に建っている我が家に安堵する。遠隔からでもしっかり結界は作動していたようだ。
畑に植えていた作物が軒並み無事であったのも驚いた。半月以上放置していたからさすがに大半はダメになっているんじゃないかと覚悟していたのだが、どれも元気そうにすくすく育っている。
というか、雑草もほとんど生えてないんだけどどういうこと。
「たぶん、スイくんの魔術なんじゃないかしら」
母さんはそんなことを言った。
「結界とか『
確かに土の具合を見てみると、やや湿っていた。
「父さんも同じことができたの?」
「お父さんはできなかったと思うわ。畑仕事なんてからっきしだったし……そもそも、魔導の素養はお父さんよりもスイくんの方が優れているのよ」
褒められてくすぐったいが、自分でもよくわかってないチートだからなあ。まあ、だからといって気を抜いてこれからの手入れを怠る気もない。
「まあ、万事こともなしってことで……とりあえず、お風呂沸かすかあ」
家の裏に行き、ボイラーに薪と火を入れる。ようやくお風呂に入れると思うとうずうずする。森の中をみんなで進むのは楽しかったけど、やっぱり不便はあった。そのうちのひとつにして最大の問題がお風呂だ。
ちなみにその次のやつは睡眠。
「……できればお風呂入ってすぐ眠りこけたいところだけど、そうもいかないよね」
ゆっくり眠る前に、やらなきゃいけないことはたくさんあるのだ。
「スイくーん! 荷物、降ろし終わったわよー!」
「わかった、今行く!」
玄関から家に入る。
居間には食糧品が山積みになっていた。これの仕分けは、僕の仕事だ。
箱を前にして腰を据え、気合いとともに腕まくりをする。
「カレン、ポチのご飯を頼める? ショコラも一緒に行ってやって」
「ん、了解」
「わうっ!」
カレンとショコラは頷くと外へ向かう。ご飯といっても家の外に生えている草を食べさせるだけなのだが、塀の外は森の中。護衛が必要だ。
「……ポチの暮らすところ、すぐにどうにかしなくちゃなあ」
あの巨体はさすがに家の中で暮らせない。今日のところは庭で寝てもらおうと思っているが、いつまでも野晒しのまま過ごさせることもできない。
最終目標は本格的な
「スイくん。お母さん、今のうちに少しでも森を切り開いておきましょうか?」
「そうだなあ。疲れてない?」
「あら、お母さんを侮らないでちょうだい。することがなくて暇なのよね」
母さんは半月間の道中、誰よりも動いてくれた。僕やカレンの倍くらいの長さの道を作り、僕やカレンの半分も寝ていない。だからできれば休んで欲しかったのだが……。
「わかった、お願い。代わりに一番風呂に入ってね」
「ええ、ありがとう。家の……そうね、裏手にしましょうか」
「うん、解体場と反対側の方がいいか」
気休めかもだけど、血のにおいに誘われて変異種が襲ってくるとしたらそっちだ。
「どれくらいのスペースにするかはまた明日決めるから、そんなに張り切らなくていいからね。あと、伐採した樹は薪と木材にするから燃やしちゃわないでね」
「はーい」
楽しそうな顔で、僕に投げキッスをして居間を出ていく母さん。僕は愉快な気持ちになる。我が母ながら可愛いらしいな……父さんが惚れるのもわかる。
「さて、こっちはこっちの仕事をしますかねっと」
木箱を開けて中を確かめる。
食糧品はとにかく思い付くものを片っ端からもらってきた。最初の半月で不足していたものを中心に。
まずは塩に砂糖——『
次いでスパイス類。母さんが持ってきてくれた分は種類も量も限られていたから、いつなくなるか不安だったので助かる。
これはもう手に取るだけでわくわくした。日本にもあったものから見たこともなかったものまで、名前が同じものから違うものまで。特筆すべきはクミン(らしきもの)だ。こっちじゃ精油にしたり挽いて香辛料にしているそうだが、じっくり炒めてから粉にすれば……懐かしきあの味が作れると思うと、夢が広がる。
それから蜂蜜、パン粉に小麦粉、片栗粉など。この辺りも今まで足りなかったものだ。僕が料理担当だった弊害なのか、それとも元々そうなのか、父さんは生活能力に乏しかった。なので父さんがこの家に用意してくれた支援物資の中にはこの手の——料理のバリエーションを増やすためには欠かせない、けれど自分で作らないとすぐには思い付かない、そういった類の食品が足りていなかったのだ。
「……でも、そういうところが父さんらしいんだよね」
小麦粉も片栗粉もないじゃん! って呆れる時、懐かしく穏やかな気持ちになる。でも料理酒とみりんに気が付けたのはえらい! って感心する時、温かくほころぶような気持ちになる。
この世界で残した偉大な功績もいいけど、僕はやっぱりこっちの方が父さんの存在をより感じられるんだ。僕のよく知っている、日本で暮らしていた頃の——頑張ってはくれてるけどちょっと抜けている、あの姿の方が。
目元を手で強引に拭って、最後のとっておきを手に取る。
大きな壺だ。厳重に密閉されていて、持ち上げて振るとたぷたぷと音がする。
中に入っているのは、油。菜種から精製した、つまり植物油である。
「今夜のメニューは決まりだね」
クミンを元にスパイスを調合するのは試行錯誤が必要だが、こっちはすぐいける。なにせ片栗粉がある。
キッチンの戸棚を開け、仕入れた物資を片っ端から押し込める。収納スペースにはもともとけっこうな余裕があって、棚の半分くらいは空っぽだったのだ。父さんは僕が現地調達することを見越していたのだろう。
調味料、スパイス、穀物粉各種、それに油壺。それぞれ『
「よし」
キッチンに積まれていた木箱の中身がすべて空になったのを確認し、僕はぱんぱんと手を払った。
そろそろお湯も沸いている頃だろう。ポチはお腹いっぱいご飯を食べたかな。
だったら次は、僕らの番だ。
肉もある。昨日、道中で余分に鳥を狩ってもらっている。
そう。着く前から決めていた、絶対に作るぞと。
ひと月はゆうに食べていない。恋しくてたまらない。
僕はキッチンに立ち、油壺を撫でて高らかに宣言する。
「今日は、唐揚げだー!」
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近況ノートや作品のトップページでも告知をしますが、この場も借りて。
本作の書籍化が決定しました。やったね!
これはもう完全に100%、みなさんのおかげです。
読んでくださっているみなさんがフォロー登録や応援、レビューを積み重ねてくださったからこそ、編集さんの目に留まり、そして打診をいただけました。
レーベルや発売日、形態などについては時期が来たらお知らせいたします。
(まだなんも決まってませんが)きっと素敵なイラストがこの世界に色を与えてくれると思います。その時をどうぞお楽しみに!
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