でもこれはシュナイさんが悪い
「この際です、すべてお話ししますわ」
——かくして、トモエさんは語る。
自分の想い、シュナイさんとのこと、今までのことを。
※※※
彼女が愚痴り始めた時の僕の心情は『ケーキにブランデーなんて入ってなかったと思うんだけどなあ』だった。
つまり、
だけどそれはすぐに『えっそんなこと聞いていいの』から『まさかそんなことになってたなんて』へと変わり、『子ドラゴンたちが寝てて本当に良かった』を挟んでから、最終的に『それ僕らにどうしろっていうのさ』へ落ち着いた。
つまり、なんというか、その。
予想以上に——けっこう——
「……結局あの男、わたくしのことなんてどうでもいいんですのよクソが」
そうして。
トモエさんはかく結ぶと、深い溜息とともに俯く。
「えっと……いやこれ……」
「ん。私たちにはちょっと、難しい」
「別に、解決してほしいわけじゃないんですの。ただ、なんか腹が立ったというか、誰彼構わずぶちまけてやりたかったというか……いえ、もちろんあなた方を信用しているから明かしたんですけど」
正直、僕もカレンもこういう話題に慣れていない。
なのでふたりとも頬が赤くなってしまっていた。
——ともあれ整理しよう。
まずトモエさんとシュナイさんだが、既にそういう関係である。
いやびっくりしたわ。
僕らの価値観だともう『恋人同士』と形容しても差し支えないのだけど、そこは大人のあれこれというかなんというか、どうも、付き合ってるかどうかはっきりしていないんだってさ。……いや、もうこの時点でもう手に負えないんですけど?
僕とカレンは自分の身の上に照らして考えることもできない。相思相愛だと最初からわかっていたし、想いもはっきり伝え合っているし。
なおこの世界の倫理観だが、貴族とかになると婚前交渉は絶対にNGらしい。ただ、一般市民だとやっぱり付き合ったの別れたのを繰り返しつつ、それなりにやることもやりつつ、最終的に決めた相手と結婚して——みたいな、今の日本とさして変わらない感じなのだそうだ。
なのでトモエさんとシュナイさんみたいな関係も、たぶんそこかしこにあるのだろう。
ただ、まあ。
トモエさんとしては、はっきりさせたい。この曖昧な感じはもう何年も続いているし、今回みたいにあれこれとやきもきしてしまうのも嫌だから、と。
でもシュナイさんが、はっきりしない。
そしてトモエさんもトモエさんで「はっきりしろ」と言い出せずにいる。
結果、シュナイさんは(内心はどうあれ)平気な顔をして、トモエさんは(相手の前では平気な顔をしつつも)定期的にこうしてムキーとなる、そんな悪い流れになってしまっているのだそうだ。
「あくまで僕の印象なんですけど、シュナイさんは女性関係にだらしないタイプじゃないというか……それ以前に、トモエさんをぞんざいに扱うことはないと思うんですよね。それこそ十年来とかの付き合いなんでしょ?」
ふたりの出会いは、お互いがまだ十代半ばの頃。
冒険者をしていたトモエさんのお父さんが怪我で引退することになり、経済的に困窮した。そんな一家をなにくれとなく助けたのが、シュナイさんだったのだ。
彼はトモエさんのお父さんが現役の頃、面倒を見てもらっていたそうで、その恩返しという名目で一家を支援してくれたそうだ。
言ってみれば、家族ぐるみということになる。
でも、だからこそ、シュナイさんが曖昧な態度なのが解せない。
あの人は顔つきこそ少しひねた感じではあるが、性格は律儀で誠実なんだ。恩師の娘さんとそういうことをしておいて、おまけに一家全員と仲良くしているというのに——。
「他の人たちは、トモエとシュナイさんのこと知ってるの?」
カレンが問うと、彼女はどこか投げやりに笑んだ。
「リラさんはご存じですわ。でも他の方々には、わたくしからはなにも。あの男が話してるかもしれませんけど……その辺りは、関知しておりません。まあ、一緒に飲んでいて不自然な態度を取られたことはないですわね」
「ごめん、トモエさん。やっぱり僕らにはその……難しいや」
「ん。大人の恋愛すぎてなんとも……」
「くぅーん」
ショコラのは返事じゃなくてミルクのおかわりをまだ諦めてないやつです。
お前……いいか? 空気というものがあるんだ……。
「いえ。さっきも言いましたが、解決を期待してお話したわけではありませんし。おふたりはどうかこんなふうにならないでくださいましね」
こんなふう、という単語に自嘲の色が混じり、たいへんいたたまれない。
「僕はこっちの世界に戻って日が浅いからよくわかってないんだけど、その……やっぱり『男が責任取れ』って感じにはなるの?」
問うと、カレンが頷いた。
「なる。魔導士の世界だとそういう感覚が薄くなるけど、少なくとも市井では男の方に責任が発生するのが一般的」
「なるほどなあ」
「ただ、それを抜きにしてもこの件はシュナイさんが悪い」
「うう、カレンさん……わかってくださいますかっ」
「よしよし」
よよよとカレンに縋り付くトモエさんと、その頭を撫でるカレン。
いやあなたカレンよりも歳上ですよね……?
「うーん……だったら、ベルデさんがなにか言ってそうな感じはするんですよね。あの人、仲間がそういうことするの許さないでしょ?」
僕としてはまず、シュナイさんがトモエさんを弄んでるなんてことはないと信じたい。やることはやってるけど責任は取りたくないとか、他に本命がいるとか、そんなクズ野郎ではないはずなんだ、あの人は。
でもって、ベルデさんが付いていて、その上でシュナイさんになにも言わない、少なくともシュナイさんが具体的な行動を起こしていないということは——やっぱりなにがしかの事情なり理由なりが、あると思う。
関係をはっきりさせられない、あるいは進ませることができずにいる、なにかが。
カレンにじゃれるトモエさんを見遣る。
すうすうと気持ちよさそうに寝入っている子ドラゴンたちを一瞥する。
空っぽのお皿を前に「きゅーん……」と項垂れるショコラを撫でる。
仕方ないなあ。
上手くいくかはわからないし不安だけど。
僕は両手をぱしんと合わせ、トモエさんに言った。
「わかりました。じゃあここはひとつ、僕が探ってみます」
「えっ……いいのですか!?」
トモエさんがカレンの胸元からがばっと顔をあげてこっちを見る。ちなみにビタイチ泣いていない——まあ、落ち込んでるっぽいのは本当で、こういう時にも人前で泣いたふりを通すのは、なんというかトモエさんのいいところだよね。
「どうするの? スイ」
カレンが不安気にこっちを見る。恋愛経験が豊富じゃない僕らには手に負えないし、なにより下手につつくと余計にこじれそうな事案だから気持ちはわかる。
ただここは、手に負えないからこそのやりようがあるはずだ。
僕はカレンと、そしてトモエさんに作戦を話す。
「僕らに大人の恋愛はわからない。たぶん、向こうも同じように思ってくれてる。だったらそれを逆手にとって……尋きにくいことをずけずけ、尋いてやろうと思うんだよね」
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