雪は地面で丸くなる

 タッパを抱えて牧場へ戻ると、四季シキさんたちがフルーツのおすそ分けをたずさえて来てくれていた。


 なので切り株のテーブルを持ってきて、おにぎりや飲み物と一緒に並べ——ピクニックっていうよりちょっとした立食パーティーになってしまったけど、これはこれでいいよねってことで。


 かくして。

 ふるまったおにぎりは、大好評だった。


「お米を塊にして、手掴みで食べるのね。面白いわ」

「スイがシデラに伝えた、サンドイッチと同じ発想なのですね」


 感心しながら舌鼓を打つ母さんとおばあさま。


「おいしー! みんとはこの、ねぎみす? すき!」

「俺らは味の濃いもの苦手だけど、こっちの、なにも入ってないやつはいけるな」

「うん。魔力も濃くて、美味しい」


 にこにこするミントと、塩むすびに喜んでくれる子ドラゴンたち。


「はぐっはぐっはぐっはぐっ」

「きゅるるぅ……もしゃっ」


 ショコラはドッグフード、ポチは牧草。特にショコラはたくさん運動したからか、ものすごい勢いでがっついている。


「むぐ……ありがたいなあ、ぼくらのためにちっちゃいやつも」

「おいしい!」

「うん、おいしい……ね!」

「ふむ、あまり食べたことのない味だけどいけるよ」

「なかなかやるじゃない、スイ。ほめてあげるわ」


 妖精たちのために作ったできるだけ小さなサイズのものも、彼らの口に合ったようでよかった。まあ、小さいって言っても妖精基準で両手に抱えるほどではあるんだけど……。


「ああ、これは……ぼんやりとしか思い出せないけど、懐かしい味がする」

「ええ、なんだか心の、根っこのところが喜んでいるわ」


 元日本人である四季シキさんとシキさんに好評だったのも嬉しかった。やっぱりおにぎりは魂に刻み込まれてるよね。


 そして——。


「ね、スイ、どう?」

「うん、美味しいよ」

「……でも、形はやっぱりよくない。次はもっと上手く握るから」

「いいんだよ、これで」


 不恰好なおにぎりに齧り付く僕を、カレンがガン見する。

 やっぱり彼女は出来を気にしているようで、僕がどんなに美味しいと言っても不満げだ。


 でもさ、カレン。

 お世辞や誤魔化しじゃないんだ。本当にこれでいい——これがいいんだ。


 これはきみの、初めてのおにぎりだから。

 上手く握れなかったことも、形が悪いことも、悔しがってることも、全部。きみの隣で、きみの一番近くで、立ち会うことができたんだから。


 だからその経験もひっくるめて、


「美味しい」

「スイはそればっかり。本当のことを言って」


 唇を尖らせるカレンに、今は疑ってても構わないと思う。

 いつかまた改めて、この時の気持ちを話そう。

 何年か後、もっとおにぎりが上手く握れるようになったきみに。


 今日のことを、笑いながら。



※※※



 さすがにお昼ご飯を終えるとまったりして、すぐさまそりで元気に走り回るみたいな空気ではなくなった。ミントはかまくらの中でごろごろしたり、母さんの膝枕に甘えたり、気ままに過ごし始める。


「ショコラ、お前もさすがに疲れたか?」

「わふっ?」

「あっ全然平気なやつだ」


 なんかこっちを見ているかと思ったら『もうそりは繋がないの?』みたいな感情だったらしい。本当に元気だな……無尽蔵か?


「また後でな。今は遊んできな」

「わんっ!」


 きびすを返して駆けていくショコラ。妖精たちが「じゃあぼくらも!」と追いかけていった。しばらくは退屈せずに済むだろう。


「あー……おにぎり、美味しかったわ」

「お米、ですか。あの穀物は素晴らしいです。栽培できないのが残念ですが、この家でだけ食べられるものである方がよいのでしょうね」


 母さんとおばあさまはかまくらの中でお茶を啜りつつそんな話をしている。


「おにぎりを気に入ってくれたんなら、漬物も作っとけばよかったなあ」

「漬物、って?」

「この前の、ザワークラウトの仲間というか……水気の多い野菜をお酢や塩で漬け込むんだ。ご飯がめちゃくちゃ進むよ」


 ——いや、むしろなんで思い付かなかったんだろう。


 かぶとか大根とか白菜とか、冬の野菜は畑にあるのに。

 決めた、もうこれはおばあさまがシデラに帰っちゃう前に作ろうそうしよう。


 そんなことを考え、ひとり気合を入れていると、


「ミント、なにしてるの?」


 かまくらの横で、ミントがしゃがみ込んで雪を集めているのに気付く。


「んーと……これをね、ぎゅっとして……。みて、すい!」


 呼びかけた僕へ振り返り、手に持っていたものを見せてくる。

 雪を丸く固めたそれは、


「さっきの、おにぎり! ゆきでつくったよ!」

「なるほど、そうきたかあ。ご飯と一緒で、白いもんね」


 僕は心中で感心した。

 雪合戦を知らないミントは、雪玉から石飛礫つぶてではなくおにぎりを連想したのか。


「うん! しろい! でもこっちはちべたいし、あんまおいしくない……」

「そうだよなあ、なにも教えてないもんな……って、食べちゃったの?」

「すこしたべたよっ。けどおにぎりとちがった!」


 僕らの魔力に宿る記録の中にも、雪合戦の知識なんてなかっただろうし。


「ミント、それちょっと貸してくれる?」

「いいよ! なにするの?」

「これはね、雪玉っていうんだ。食べ物じゃないから、別の遊び方をしようね。たとえば……これを雪の上で転がしたらどうなると思う?」

「どうなるの?」


 ミントの横にしゃがみ、実際にやってみせる。

 雪玉はころころ……と、地面の雪を巻き込みながら数十センチ進んで止まり、その時点でミントは気付いて、目を輝かせた。


「ふわあああ、すこし、おっきくなった!?」

「うん、つまり……」

「まって、みんとがいうよ! ……これ、いっぱいいっぱいころがしたら、もっとおっきくなるでしょ! あたってる?」

「当たり! よくわかったなあ」

「むふー!」


 得意顔で胸を張るミントの頭をわしゃわしゃ撫でながら、僕は薄く笑む。


 午後もずっとそりだけで遊ばせるんじゃなくて、他のこともしてもらいたいなと思っていた。それで、雪合戦か雪だるま作りを考えていた。


 でもこの調子だと、後者がよさそうだ。……いや雪合戦、実際やるとかなりやばいことになりそうだから迷ってたんだよね。豪速球の応酬で結界フル稼働みたいな。


「ミント、この雪玉、いっぱい転がして、おっきくしてみようか」

「するっ!」


 目を輝かせて大はしゃぎし、その場でぴょんぴょんジャンプするミントに、子ドラゴンたちが気付いてふわふわ寄ってきた。


「へえ、それをでっかくするのか。おれたちもできるかな」

「やってみたい……」


「うん、ミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんも一緒にやろうか。最初の雪玉は僕が作るから、それをころころ転がしていけばいいよ。時々、表面を固めてやれば崩れずに済むからね」


「あら、新しい遊び?」

 母さんがひょこっとかまくらから顔を出し、


「ん、そしたら私が、ミネ・オルクとジ・ネスと一緒にやる。スイはミントと」

 カレンがふんすと意気を揚げる。


 だから僕はみんなの顔を見渡しながら、両手をぱしんと叩いた。



「じゃあ、始めよう。目標は、ミントくらい大きくすること。できるかな?」

「うー、やる!」

「そんなにかあ。できるかな」

「が、がんばる……!」


 みんながあげた歓声が、冬の雪景色に溶ける。

 せっかくの積雪。思う存分、楽しまなくちゃね。

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