丸めて重ねて楽しくて
最初は投げるように転がしていた雪玉は徐々に大きく成長し、やがて手で押しながら牧場をうろうろするようになる。そしてうろうろすればするほど体積は増していき、ついに直径はミントの身長ほどにまで達した。
「そろそろ完成でいいかな? 頑張ったね」
「ふおおおお……みんと、やりとげたよ……!」
喜びと達成感のあまり、身体ごと抱きついてくるミント。
「うわあ、すげえ。負けちゃったなあ」
そしてその横には、ミントのものよりふた周りほど小さな雪玉を前にして残念がる子ドラゴンのきょうだいがいた。……いつの間にか競争になっていたらしい。
「おれたちも頑張ったのに。ねーちゃんの力不足じゃねえか?」
「そ、そうかな……。でも、もっとじっくり転がさないとダメだと思ったから。ジ・ネスはせっかちすぎ」
「ふたりとも、せっかくふたりで協力して作ったんだから、けんかしたらもったいないよ」
きょうだいが言い争うのをなだめつつ、僕はふたつの雪玉を見比べる。……うん、いい感じだな。
「それに、ふたつの大きさが少し違ってた方が都合がいいんだ」
「? どういうこと?」
「スイ、持ってきた」
きょとんとするミントたちの背後から、カレンが戻ってくる。彼女には頼み事をしておいたのだ——材料の調達を。
「なんだそれ? 枝? ……と、石に、野菜?」
「お野菜は、にんじん……だよね」
「すい、かれんのやつ、なんにつかうの?」
不思議がる一同に、僕は告げた。
「これから、雪だるまを作ります。……みんなが作った雪玉を、合体させるよ」
※※※
まずはふたつの雪玉、その表面をしっかり固めて崩れないようにする。
それから子ドラゴンふたりの作った雪玉を抱え上げ、ミントの作った雪玉の上に乗せる。落ちないように注意深く、バランスを取りながら。ちょっとだけ魔術でずるをして強度を上げたけど、まあこのくらいはいいよね。
接合部を雪で補強して、カレンの持ってきてくれた材料のうち、まずは小枝から。
「こっちとこっちに、ぶすって刺します!」
下の雪玉、その両端に、枝の先端を上にして斜めに。
「なんだか、てみたい」
「おっミント、鋭いね。じゃあ、この石をここにこうしたらどうなるかな?」
「あ……め? めになったよ!」
「そして最後に、この人参を逆さにして、口を描いたら……」
「はな! とんがった、はなっ!」
「おお、人みたいになった!」
「うわあ、おもしろい……」
ミントはもちろん子ドラゴンも、こういう遊びをしたことはないのだろう。考えてみれば当たり前だ。人ではない竜が、わざわざ人の似姿を作るはずもない。
「これが雪だるま。なんだか人に見えるでしょ?」
「あはははっ! かおがある、てもある! ゆきが、みんとといっしょになったっ」
頭をゆらゆら揺らしながら、興味深そうに雪だるまを
「わふっ。くぅーん?」
「お、どうした。走り疲れたのか?」
騒ぎを聞きつけてショコラも戻ってきた。ほっぺたをうにーとやると、はっはっはっはっと舌を出してこっちをじっと見る。……まだまだ元気そうだな、お前。
続いてポチとともに、妖精たちも。
「うわあ、なにこれ、人の顔みたい!」
「雪の人形? 大きいなあ」
「あ……雪だるま……」
「雪だるま、っていうのかい?
「あれ、わたしも知ってるわ。……なんでかしら?」
口々に感想を言い合うが、
「ミント、よかったらもうひとつ作ってみない? 今度は全部、自分たちで。これよりもサイズを小さくするとやりやすいかな? 隣に並べてみよう」
「ふおおおお……やるっ! みんとも、てとかめとかはなとか、つけたいっ」
意気揚々とするミントの声を受け、母さんがかまくらから顔を出した。
「あら、じゃあ木の枝、お母さんと一緒に採りにいきましょうか。ミネ・オルクとジ・ネスはその間、雪玉を作っていてくれる?」
「そうだなー。おれたちも探しに行きたいところだけど、家の外は危ないもんな。親父にも絶対に出るなって言われてるし、言いつけは守るよ」
「うん。約束破ったら、もう連れてきてもらえなくなっちゃうから……!」
聞き分けのいい子ドラゴンたち。
「ふたりとも偉いね。その代わり、雪玉はさっきと違ってひとりひとつだから頑張らなきゃ」
続いて、妖精たちも。
「ねえねえ、ぼくらも手伝えることない?」
「ああ、そしたらみんなには、目の代わりになる石を持ってきてもらおうかな。裏庭の石材置き場に、手頃な小石があるはず」
「わかった! いい感じのやつを選んであげるよ!」
雪だるまの目といっても、妖精たちにとっては両手で抱えるほどになるだろう。でも、彼らは力持ちだしたぶん大丈夫。
「わふっ。わう……」
「なんだ、もしかしてまた、そり牽きたいのか?」
「わんっ!」
「もう少し我慢な。雪だるまが完成したらまたそりのターンが来るさ。なにせまだ、昼過ぎだ」
日が暮れるまでたっぷり時間はある。
「おばあさま、お茶、新しいのを持ってくる」
「あら、だったら私も行きますよ。私とヴィオレばかりがいただいていますからね」
「ん。私も飲みたいから。……じゃあ、一緒にいこ」
カレンとおばあさまも連れ立って家に向かった。
遠くでマイペースに草を食むポチと、雪玉を大きくしている子ドラゴンたちを眺めながら、雪の上に腰を下ろす。
「……なあショコラ。楽しいか?」
「わふっ?」
肩周りに装着したハーネスを撫でる。
みんないなくなって、ふたりきり——日本にいた頃によく着けていたアイテムが目について、どうにも回顧的な気持ちになった。
「——
昔からずっとお世話になっていた、お隣の老夫婦。父さんが死んだ際のあれこれにも、いろんな世話をしてくれた。
そういえば、お子さんを何十年か前に亡くしたって、聞いたことがある。
ひとり息子で——だから僕のことをことさら、可愛がってくれた。
ショコラのこともだ。たまにお世話を頼むことがあったけど、いつも親切に引き受けてくれたし、手慣れてた。……犬を飼ってたことがあったのだろうか。
「お前は懐かなくて無愛想だったけど……それでもちゃんと言うことは聞いてたよな。当時のお前なりに、気を許してたのかな」
「きゅう? くぅーん……」
それでもどうか彼らが、元気で健やかに暮らしてくれていればいいと思う。
「僕らは僕らの人生を歩むしかない。だから精一杯、楽しくやらなきゃね」
「わうっ!」
ショコラを抱き寄せてわしゃわしゃと撫でる。お腹から背中にかけてもみくちゃにすると、ひと吠えして飛びかかってきた。
「おっなんだ、やるか?」
「わふ、わう!」
「ただいまっ! あ……みんともしょこらとどったんばったんする!」
「わんっ! わんわん!」
「あ、ミント、その枝を渡しなさい、お母さんが預かるから」
枝の採取を終えて戻ってきた母さんとミントの姿が、視界の端に見えた。
ショコラの巻き上げた雪の粉を顔に浴びながら、僕は身体を起こす。
——————————————————
おまけ話。
お隣の樋口さん夫婦は、以前は別の地方都市に家族で暮らしていました。
そこで、当時中学生だった長男が事件に巻き込まれます。学校帰りに行方不明になったのです。
彼らはひとり息子を失い、紆余曲折を経て十数年後——和輝と翠が山を降りてくるのとほぼ同時期に、波多野家の隣に移り住んできました。
ご長男がまだ健在だった時分にシベリアンハスキーを飼っており、その経験もあってショコラの世話は手慣れていたようです。また、行方不明になってから数十年経つ頃には不思議なことに、彼らは『長男は亡くなった』と思い込むようになっていました。
それは、周りの社会すらも。
この縁にスイが気付くことは、ないかもしれません。
ですが『樋口さん』は今でも、スイたちのお隣さんなのです。
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