ミント、上達
予想通りというか予想以上というか。
ミントの熟達は、めちゃくちゃ早かった。
「わはっ! あははは、ぎゅーん!」
「わうっ!」
バランスを崩さないまま母さんのところへ辿り着けるようになるまで三十分。
ショコラがスピードを上げて走ってもそりから落ちなくなるまで小一時間。
そしてショコラが縦横無尽に走り回ってもまったく問題なくなるまで、二時間ほど——。
かくしてわずか四時間足らずで、ミントは犬ぞりマスターの称号を得た。
「ひゃー、すっげえなあミント」
「しょ、ショコラも……あんなに元気いっぱいに……」
ジ・ネスくんが半笑いで、ミネ・オルクちゃんが若干引き気味に感心している。
ふたりも最初のうちは並走して飛んでいたのだが、今やもう追いかけるのをやめて見守りフェーズに移行していた。
ちなみにショコラには身体強化がバリバリかかっているので、
「ははーっ、いいぞいいぞ、やっほー!」
「わ、わ……! わたしもう、むりぃ……!」
ショコラの頭に乗っかった
ふらふらこっちへ飛んできて僕の頭へ、ぺしゃりと身体を投げ出す。
「つかれたあ……」
「大丈夫? 目が回ったりはしてない?」
「うん、ありがとうスイ! でも楽しいんだあ。速くてすっごく気持ちいいの。もう少し休んだらまた一緒に走ろっと」
「ショコラとミントは疲れないのかな……」
思わずつぶやく。
牧場の端に立つカレンへ視線を送ると、「まだまだ元気みたい」と軽く肩をすくめられた。
そしてその途中で、爆走中のショコラとミントと、目が合う。
「すいーーーー!」
ミントが僕へぶんぶんと手を振ると同時、ショコラが方向転換した。
カーブを描きながら雪煙をあげながらだだだだだだだと僕のところへと走ってきて——、
「わうっ!」
ショコラが急ブレーキ。慣性の法則により、そりが時計回りにドリフトし、勢いに乗ってミントは身体を投げ出す。
そのまま雪に着地し、ごろんごろん前転し、ぴょんっと飛んで僕の腰にロケットダイブしてくる。
「むぎゅー!」
「わっ……と」
「すい! ありがと、たのしい……すっごく、たのしい!」
ぐりぐりと押し付けてくる頭を撫でながら抱き上げる。
「冷たいなあ。寒くない?」
「へいきだよ?」
「そっか。……うん、大丈夫そうだ」
表面は雪で冷えていても、その奥にはちゃんと体温があった。むしろじわじわとあったかさが伝わってくる。はしゃいでいるだけあって、ミントのエンジンはフル稼働中なのだ。
「お前も元気いっぱいだな。楽しいか?」
「わうっ! わんわん!」
「ちょっとこっちおいで」
ミントを降ろしてからショコラを手招きし、ハーネスの様子を見る。うん、どこも伸びていないしジョイントが歪んだりもしてない。『不滅』の特性付与はしているけど、あれだけ走りまくっていたらさすがにちょっと怖かった。
「ミント、休憩する?」
牧場の端にいたカレン——僕とふたりでショコラとミント見守り隊をやっていた——も戻ってきた。その様子を見、かまくらの中にいた母さんとおばあさまが出てくる。……こっちは、のんびりゆったりとお茶を嗜んでいたのだった。
「たくさん遊んでいたものね。スイくん、そろそろご飯どきじゃない?」
見れば太陽も中天近く、昼食の頃あいだ。
「そうだね。だったら……」
一同を眺める。
うちの家族、特にミントとショコラはすでにけっこう汚れてしまっている。それに子ドラゴンのふたりや妖精さんたちもいるし——。
「せっかくだから、今日は外で食べようか」
僕は提案した。
冬、雪が積もっている最中だけど、ここはピクニックと洒落込もう。
※※※
さて、ピクニックといえばおにぎりである。
おにぎり、こっちの世界に戻ってからは初めてだ。今まで頭に浮かばなかったけど、いざ作ろうと決めると無性にわくわくしてしまう。
魂に訴えかけてくるものがあるよね、おにぎり。
「というわけで、カレンにも手伝ってもらいます!」
「ん、任せて」
なにをするのかまったくわかってないくせに自信満々でふんすと拳を握るカレンとふたり、僕はキッチンへ立つ。大丈夫かな……まあ大丈夫か。
具材はネギ味噌、昆布の佃煮、それにきんぴら、肉そぼろ。作り置きの流用だったりぱぱっと手早くできるやつだったり。あんまり待たせてもいけないしね。
あと需要があるかはわからないけど、なにも入れない塩むすびも作ろうっと。……僕が食べたいし。
「まずは見ててね。難しくないように見えるけど、ちょっとコツが要るから」
湯煎したサトウのごはん、
「まずは塩をほんの少しだけ手のひらに広げて馴染ませます。そこにこのパックのご飯を半分、手に取る。身体強化と結界があるから火傷はしないと思うけど、熱いから気を付けてね」
そしたらボウルの中の具材をつまみ、
「このくらいの量をご飯の中に閉じ込めて、包むようにこう、握っていく。手を使って三角形にするのが理想だけど、難しかったらまんまるでいいよ」
ひょいひょいと成形していく。
「緩めすぎず固めすぎず、っていうのが理想で、その具合にもこつがあるんだけど……今回はご飯の量もきっかりしてるし、僕のお手本と同じ大きさにすることを意識すればいいと思う。はい、こんな感じ」
「ん、わかった。かんたん」
「そう? じゃあ、やってみようか」
カレンはやっぱり自信満々だった。いや本当に大丈夫? おにぎりは奥が深いんだぞ……そんな見取り
そんな僕の心配を他所に、カレンは迷うことなくパック半分のご飯を手に乗せる。そうして具材をひとつまみ落とし、握ろうと両手で包み——、
「……、……っ」
五秒くらい、動きが止まった。
「カレ……」
「だまって」
「はい」
カレンは僕を制止し、両手でご飯を握り込んだまま、祈祷みたいな不可思議な動作をし始める。いや手首だけで握ればいいんだよ? なんで肩から先が動いてるの? 肘がゆらゆらしてるんだけど大丈夫?
「カレン……」
「だまって!」
「はい」
やがて、更に十数秒の後。
なんだかやたら強張った感じに、手のひらの中のご飯がタッパに乗せられる。一応、握られてはいた。いたけど——。
「ラグビーボールみたいな楕円だね……」
「……、むつかしい」
しゅんとうなだれるカレンに、思わず笑みがこぼれた。
「大丈夫。具材がはみ出たりしてないから。ちゃんと握れてる」
「でも、スイのはしっかり三角形になってる」
「三角形じゃなくてもいいんだよ」
「簡単だと思ったのに……」
「こつを掴めばすぐさ。ミントのそりと同じだ」
ご飯を触っているから両手が使えない。
なので僕は身体ごとカレンに寄って、優しくぐいっと押す。
「ほら、練習がてらもう一回やってみよう。まだまだたくさん作んなきゃいけないからね?」
「ん、……がんばる」
恥ずかしいのか嬉しいのか、長く伸びた耳を赤くしながらカレンは頷いた。
「全身に……というか肩に力が入りすぎてるかな。脇を締めて、握る動作は手首から先だけを動かすように気を付けてみて」
「こう……?」
「うん。三角形を意識しなくていいから、まんまるにしてみよう。まんまるのおにぎりを作れるようになれれば、三角は応用だから」
「……こう?」
「そうそう! 上手いじゃないか」
「ん。……できた」
嬉しそうに顔を綻ばせながら、おにぎりをタッパに置くカレン。
僕の肩へ、得意げに身体ごとを押し付けてきて、言う。
「もっといっぱい作る。次は三角形。……私の作った料理、スイに食べてもらう」
「うん、楽しみにしてる」
キッチンにふたり立ちながら、わいわいとおにぎりを握る。
リビングに入ろうとしてきた母さんの気配がそのまますっと踵を返したけど、僕は気付かないふりをした。
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