またきてね
ショコラ、牽引
夜から朝にかけての雪は、僕らの遊んだ痕跡を覆い隠すに充分な程度に積もった。
昨日から更にプラスして敷地内に五センチ、敷地外に十センチくらい。
昨日の夜ほどじゃなかったし、ジ・リズの言う通り、ここからは晴れて溶けていくのだろう。
今回は
ともあれ。
今日も昨日と同じく、ミントとショコラが目を輝かせている。
お泊まりした子ドラゴンのふたりがいることも相まって、大はしゃぎ。
「ミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんはよく眠れた?」
「おう! 布団、ってーの? ふっかふかですげーな!」
「うん……いつもの干草よりも柔らかかった……!」
人間用の布団で眠れるのも、きっと今のうちだ。いつかは彼らも、ジ・リズやミネ・アさんのように大きくなる。その時まで僕らが生きていられるかわからないのが少し寂しい。
そうこうしていると、妖精の子供たちもリビングに入ってくる。
みんなでしっかり朝ご飯を食べ——なきゃいけないのに、ミントなどはもう待ちきれないとばかりにそわそわして、ショコラは外へ出ようとするのを抑えるのが大変で。でもまあ、気持ちはわかる。僕も、昨日こしらえたあれを試してほしくてうずうずしていたから。
「ショコラ、こっちにおいで」
「わう……っ」
「わかったから。外に出たいのはわかったからまずはこっちに来なさい」
「くぅーん」
僕はショコラを抱き寄せると、ハーネスを装着させる。
「すい、しょこらのそれ、なに? ぽちがくるまをひくときにつけてるやつみたい」
「うん、ハーネスっていうんだ。まさにあれと同じ名前のものだよ。ショコラ、これ、久しぶりだろ」
「わふっ……わんっ!」
嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振るショコラ。覚えてるか? これを装着するのは、散歩とか公園での運動とか、外出の時だったよな。こっちの世界ではリードを繋げることすらほぼなくなっちゃったから、ずっと部屋にしまってあったけど。
「よし。じゃあ、先に行ってろ」
「わう!」
ショコラとミント、子ドラゴンと妖精たちを牧場に送り出してから、僕は「よし」と立ち上がった。
庭の裏、
昨日、せっせと製作したもの。
丸太を切ったり削ったりして湾曲した板状にし、ささくれを取り除きながら丁寧にやすりがけして——さすがにニスを塗るまではできなかったけど、形はいい感じだし、きっと大丈夫なはずだ。
「ショコラ、おいで! ミントたちも!」
僕はみんなを呼ぶ。ぴょんぴょん飛び跳ねて
もちろん、紐の先に繋がっているのは、
「ふお……おおお……!」
それがなにをするものなのか、気付いたミントが感嘆の声を洩らす。
子ドラゴンたちと妖精たちが興味津々に見ている中、僕はミントにウインクした。
「これはね、そりっていうんだ。さあミント、ここに座って」
※※※
「うわ、わあ……」
「そうそう。ここの紐をしっかり握ってね。ショコラ、最初はゆっくり歩いてやるんだぞ」
「わんっ!」
そりは小さく、ひとり用だ。ミントには丁度よく、僕くらいの体格だと無理。カレンは足を外に伸ばせばぎりぎりいけるかな、といった程度。
そんなに本格的なものでもない。スコップみたいなくぼみのある板、その底面に
上に腰掛けたミントは、これからなにが起きるのかわかっていて、その未来にわくわくしている。ポチの
一方でショコラは——こいつもたぶん理解できてるはずだ、かしこいから。
「え、ショコラが引っ張るのか?」
「そうみたい……」
子ドラゴンたちが羽をぱたぱたさせながら顔を見合わせる。
「わあ、面白そう! わたしもミントと一緒にいる!」
「ぼくはいつもみたいにショコラの背中の特等席だ!」
「ね、ねえカレン、転んだりしないかな……」
「ん、だいじょぶ。それに転んでも、ミントならへいき」
「ふうん、面白そうじゃない」
「だったらきみも一緒に乗ったらどうだい?
「は、はあ!? なにいってんの、なんでわたしがっ」
妖精さんたちとカレンが口々にそんなことを言い合っている。
「じゃあまずは、ばあばのところまでゆっくりいらっしゃい。無事に辿り着けたら次は速度を上げて、お母さまのところまでですよ」
五メートルほど向こうにおばあさまが待っていて、更にその三十メートル先では母さんが手を振っている。
ミントの体重は軽いし、ショコラもパワーがある。
ショコラの横にしゃがみ、頭を撫でながらおばあさまを指差す。
「よし。いいかな? じゃあまずはあそこまで……ゴー!」
「わんっ!」
軽く背を叩くと、ショコラは雪を蹴った。
一歩、二歩、三歩——苦もない足取りで、ミントの座ったそりを引っ張る。
「わ、わ! ふわあ、うごいたっ」
ゆっくりとずるずるとそりはミントごと前に進み、すぐにおばあさまのもとへ。
「すごいわ、よくできました。じゃあ、今度はあそこまでですよ」
「こっちよ! いらっしゃい!」
「……わうっ!」
母さんが手を振りながら叫ぶのに応えて、再び前へ。
今度は歩みから少しずつ早足になり、やがて勢いをつけて、
「ふおおお……しょこら、はしってる! はや……わっ!」
「わうっ!?」
「あ」
すてん、と。
バランスを崩したミントがそりから転げ落ちて、雪に半身をつっこむ。
「ミント……」
「待って」
カレンが駆け寄ろうとするのを制し、四秒、五秒、六秒——。
がばっ、と。
起き上がったミントはぶるぶると顔についた雪を振り落とし、
「ふふ……あはは、あはははは! ころんだ!」
楽しそうに笑い始める。
「くぅーん……」
「みんとがふらっとしちゃった……はないかだ、だいじょうぶ?」
「うん、わたしはすぐ逃げたから……痛くなかった?」
「ゆき、やらかいからへいき! もっかいやるよっ」
「わうっ!」
きゃっきゃとはしゃぎながら、再びおばあさまのところまで戻っていくショコラとミント。そうしてそりにまたがり、紐をしっかり伸ばしてもう一度、挑戦する。
「ばあば、よーいどん、して!」
「はいはい」
おばあさまの号令で走り出すショコラ。スピードが上がり始めたところでミントは身体を揺らしてバランスを取る。さっきよりは上手いが、それでもやがて身体が傾き、母さんまであと五メートルってところで、すてん、と——。
「うー、しっぱい……あ、おかさん、きちゃだめっ! みんとたちがおかさんのとこまでいくの!」
「ええ、わかったわ。待ってるからね」
「しょこら、もっかい、ばあばのところから! もどるよっ」
「わんっ!」
めげずにふんすと気合いを入れるミントも、その頬をぺろぺろと舐めるショコラも、どちらも楽しげで。ふたりを取り囲む妖精たち、飛びながら応援する子ドラゴンたち、みんなの声を受け、めげずに再挑戦する。
「ね、転ぶのも練習のうちなんだ」
「ん。じゃあ、助けないのも見守るうち」
僕とカレンは顔を見合わせて笑みを交わした。
身体強化魔術とか、天性の運動能力とか、そういったものをミントもショコラも持っている。だからきっとすぐに、あのそりを自在に操れるようになるだろう。
けれど——そこに至るまでも。
できるようになるまでの過程も、繰り返す失敗も、楽しんでほしい。
「ばあば、よーいどんして!」
「じゃあいきますよ……はい!」
「わうっ!」
作って良かったな。
そんなことを思いながら、僕は背後から叫んだ。
「いいぞ、がんばれ!」
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