やっぱりどうにも不可解で

「ああ。もうひとつある。それは——スイ=ハタノ、きみに対してだ」


 そうして、ハジメさんの続く言葉に。

 僕は——僕たちは、口をぽかんとさせる。



「『カズテル=ハタノの子息に依頼がある。ついてはエルフ国アルフヘイムへ招待したい』と」



 たぶん、十秒くらい、無言の間があっただろう。

 のち、ようやく僕が発することができたのも、


「ええ……?」


 困惑だった。


 いやだって、え? なに?

 依頼? 招待?

 それそのものも意味がわからないけど、なにより、


「……あの、長老会からの伝言って、ですか?」

「ああ、以上だよ」

「今回起きた諸々への説明とか、そういうのは?」


 アテナクの集落についてのこと。

 坩堝るつぼ砕きという儀式のこと。

 彼らがなぜ、そんな責務を負っていたのか。

 その責務について、本国はどう考えていたのか。


 僕らがわからなかったことが、知りたかったことが、なにひとつ不明なままだ。


「すまない、みんな。……僕らも必死に問いただしたんだけど」


 やがて重い溜息混じりに口を開いたのは、リックさんだった。


「長老会からはなにひとつ回答が得られなかった。アテナクの集落や『坩堝砕き』についても『国家機密』の一言で切って捨てられた」

「ふざけた話よ。アテナクのことをなにも教えないまま、ドルチェには『国に来て婚約しろ』って。……それで、納得するとでも思っているのかしら」


 ノエミさんも追従する。

 双子の声音には怒りが滲み出ていた。当たり前だろう。この回答と要請——僕らのことを侮っているとしか思えない。


 ただ、一方で。

 さっきまで誰よりも激昂していたカレンは、誰よりも冷静だった。


「ん。エルフ国アルフヘイムで、長老会は。不自然じゃないと思う」


 エジェティアの双子を、ドルチェさんを、ハジメさんを——この場にいる同胞エルフたちへ順番に視線をり、


「リックとノエミに詳細は教えないのは、機密だから。ドルチェと私を婚姻させようとするのは、始祖六氏族の血を絶やしたくないから。そしてスイを呼びつけているのは、なにか必要が生じたから。ひとつひとつを見れば、合理的な判断。……問題は、相手のことをこれっぽっちも考えていないこと。個々の問題を繋げて、折衷せっちゅう案が出せないこと。そして……」


 カレンの隣にいた母さんが、盛大な溜息混じりに続けた。


「交渉がとんでもなく下手なこと……ね」

「ん。バカなんじゃないかと思う」


 ふたりが交わす視線にあるのは、もはや怒りではなく呆れだ。

 カレンも母さんも『どうしてあの国はああなんだ』みたいな顔で眉を寄せている。


「同盟国の特使を前に甚だ失礼かとは思うが、俺も同意見だな……。自身の要求のみを挙げるだけで、忖度そんたく折衝せっしょうもない提示を交渉とは言わん。さすがに稚拙すぎる」

「あたしも同じ。直情径行な獣人うちらでももうちょっとマシなことを言う」


 ノアとパルケルさんがそれぞれの見解を苦い顔で述べる。このふたり、市井しせいに降りてるとはいえ王族だしね……。


「僕を呼びつけるの、罠、って可能性もあるのかな? 邪魔だとか利用しようとかそういう理由があって、網に招き入れる……みたいな」


「それでどうこうできるわきゃねえ、って思うのは、俺たちがお前のことをよく知ってるからか? スイに危険が及ぶとあっちゃねえさんだって黙ってねえだろ」

「カレンもな。……いやマジで、どう考えても無理だろ」


 ベルデさんとシュナイさんが僕に苦笑し、


「わふっ……わうっ!」


 カレンの膝の上でぐでーっとしていたショコラも『なんか呼んだ? やるよ!』みたいなノリでひと吠えする。


「ん。ショコラも黙ってない。ね、ショコラ」

「わん! くぅーん……」

「ありがとうな。頼りにしてるぞ」


 僕がかしこい愛犬の頭を撫でていると、


「だいたい、冒険者組合ギルドを通じて依頼を出さねえのも下策だな。スイは曲がりなりにも、冒険者証を持ってるんだぞ? 現状、こいつに頼み事をするのに最も手っ取り早い伝手つては、ギルドうちなんだがなあ」


 クリシェさんが抗議めいたふうに口を開いた。


エルフ国アルフヘイムにギルドの支部、あるんですか?」

「もちろんある。少数だが、礎人そじんも勤めてるはずだ」


『礎人』とは外見的な特徴を持たない、要するに僕らみたいな人類のことだ。種族名というわけではないがエルフやドワーフ、獣人たちと区分する際、便宜べんぎ上こういうふうに呼ばれている。


 エルフ国アルフヘイムにエルフ以外の人種も住んでいるというのに驚いたが、まあ、ともかく。


「わかんなくなってきたな……。リックさんもノエミさんも、なにも情報をもらえなかったんだよね? でもって、エルフ国アルフヘイムからは一方的、かつ無理筋な要求。これ、僕らが無視したらどうなるの?」


 リックさんはしばし考え込んだ後、答えた。


「どうもならない……というより、本国にどうにかできるとは思えないんだ。空に浮いていて難攻不落だから侵略されてないだけで、そもそも軍事力なんてないに等しい国だし。エルフは確かに他種族より魔力の扱いに長けているけど、だからって、なあ?」

「ええ……私たちが『魔女』に認定されたのだって、カレンを除けば二十年ぶりとかだったはずよ」


「力尽くでさらいに来る、っていうのは考えにくい……か。そもそも僕もカレンも、普段は森の中だしなあ」


 街に住んでいて、かつ戦う力を持たないドルチェさんのことが不安だが、


「ドルチェのことも心配ない。ギルドがちゃんと冒険者登録しているからな。コンソメ工場で雇用してるから当然だが。……ついでに、ノアが食客しょっかくとして正式に身元引受人となっている。ギルドが身を保障すべき冒険者であり、ソルクス王国の第三王子が後ろ盾になってる奴を不法に誘拐するほど愚かじゃないと信じたいところだ」


 クリシェさんもノアも、しっかり手を打っているらしい。


 だけど——むしろこれは、逆に手詰まりだ。

 こっちがとても聞けない一方的な要求を出しておいて、だからといって相手には無理を通す力がなく。しかし向こうからはなにも情報を与える気はない。


 もしかしてそれらすべてが、僕らをエルフ国アルフヘイムに来させようという魂胆なのだろうか。いやでも、こっちをわざわざ怒らせてまですることか?


 一同が首をひねる。


 そんな僕らを——膠着こうちゃくする事態を——再び動かしたのは、やはりというか当然というか、情報を持っている人間。


 つまり、ハジメさんだった。


「最後にひとつ、いいだろうか?」


 そう切り出されたのへ頷くと、


「自分はエルフ国アルフヘイムの遣いとしてここにいる。だから私情を挟むことはもってのほかだし、本国が不利になるような情報を開示することもできない。ただ、ひとつだけ。使者の任務とは別に、ことづかっていたことがある。エミシ=アクアノ……自分の父からだ」


 最初の報せ——僕らの激怒を予想し、恐怖を押し殺した顔ではなく。

 次の報せ——少し安堵した上で、責務を果たそうとする顔ではなく。


 どこか怪訝な、困惑したような。

 そんな顔で、言った。 


「その……意味はよくわからないのだけど、お父さ……父の言葉をそのまま伝える。『ルイスとエクセアのあだ討ちをしたい』と」


「……っ!」


 瞬間。

 カレンがぽかんとし、母さんが勢いよく立ち上がる。


「? ……ヴィオレさま?」

「エミシ……どういうことよ」




 なんだか状況をよく飲み込めていない様子のカレンとは裏腹。

 呟く母さんの顔には驚愕と困惑、それから激情があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る