ここは僕らの街だから

 シデラの街で量産を頼んでいた『観測機』は細長い棒型をしていて、分類としては魔導補助具の一種となる。


 長さは二十センチほど。先端が尖っており、地面に突き刺してそのまま頭まで埋めることで設置する形だ。


 これには使い魔が発信した特定波長の魔力を受け取り、反射する機能がある。

 術式はそこまで複雑ではないが希少な合金を用いているためかなり高価で、しかも広大な『うろの森』を網羅するため大量生産の必要があり、相当な費用がかかってしまった。


 僕と母さんの財産だけでどうにかするつもりだったが、なんとびっくりノアが王国にかけあい、半分ほどを国費で補填してくれるという。いいのかな? と問うと、ノアは快活に笑んで僕の肩を叩くのだった。


「この森は一応は王国の領土であるし、稀存きぞんしゅが発生したら国も無事では済まん。それに森の中心部にはスイ、お前たち家族が住んでいるのだ。むしろ、ここでついえを出さんなら、国は『天鈴てんれいの魔女』を囲う大義名分を失うよ」


 まあ確かに、言わんとしていることはわかる。ありがたく受け取っておくことにした——実際、稀存種がもし森の外に出て暴れ始めたらえらいことになるだろうしね。


 そんなこんなで、急ピッチで増産した観測機たちはいま、街外れの倉庫に山と積まれていた。その数、およそ三百本以上。


「ざっと半日ってところかなあ。やっぱり今日は泊まりになるな」

「わうっ!」


 僕の役目は、このひとつひとつすべてに『不滅』の特性を付与した上で、使い魔——空飛ぶ円盤との魔力交感をさせることだ。


 倉庫でショコラと一緒に気合いを入れる。いやショコラには特に仕事はないんだけども。


「うむ、なかなか壮観だな」


 僕に続いて倉庫に足を踏み入れたのはノアとパルケルさん、それからエジェティアの双子。


「設置は早い方がいいだろう? お前が五十を終え次第、俺たちはそれぞれ、担当区域へ出る」

「そうだね、助かる」


 設置作業は僕ら一家に加えてシデラの街の冒険者、総出で行う大仕事だ。


 もちろん冒険者のみなさんの命を危険に晒すわけにはいかないから、彼らには森の表層部、シデラの街に近い部分を担当してもらう。ただ一方で、実力があり少人数で活動のできるノアとパルケルさん、それにエジェティアの双子には、西側の広い範囲をやってもらうことになった。


「充分、気を付けて。決して無理はせず、変異種を見かけたら迂回してね」

「ああ、わかっている」


 魔力坩堝るつぼの異常変動——『帝江ていこう』の発生を探査できる範囲は、一本の観測機につきおよそ三十キロメートル。もし変異種がいたら、そこは避けてもまったく問題ない広さだ。


 そして三十キロごとに設置していくというその作業は、性質上、強い魔導士が少数精鋭で担当するのに適している。


 なので、担当としては——。

 ベルデさん率いる冒険者小隊が表層部の南側。

 ノアとパルケルさんが表層部の西側。

 リックさんとノエミさんが表層部の東側。

 うちの家族、それに竜族ドラゴンの里が、それぞれ表層部の北側と中層部。

 ……となった。


『虚の森』は相当に広い。あくまで僕の体感だが、たぶん半径にして六、七百キロはあるだろう。それでも——内湾になっている北東部と『帝江ていこう』が発生しない深奥部を除けば観測機は三百本ほどで足りるはずで、その設置も年内にはどうにかなる算段だ。


 倉庫の床に腰を下ろし、山となった観測機を一本一本手に取って、特性を付与しつつ使い魔にかざしていく。なんてことのない作業だけど、数が多いのと気持ち強めに魔力を込めているので、終わる頃にはへとへとになっているかもしれない。


 とはいえ集中力が必要なものでもないので、背後で待機している面々と雑談しながら。

 

「リックさん、エルフ国アルフヘイムからはまだなんの連絡もないの?」

「ああ。さすがにおかしいから、一度、様子を見に帰ってみるつもりだ」

「大丈夫そう? もし向こうがなにかよからぬことを考えてたら、監禁されたりなんかも……」

「長老会の意向が不明だから、可能性がないとは言わないわ。でも、逆の可能性もあるから心配なのよね」


 逆——つまり、連絡が返せないほどなにかの危機に陥っている場合、か。


「一応、うちの両親からは返事が来ているんだ。それとなく様子を窺ったんだが『特になにも変わった様子がない』と」

「ご両親には、アテナクの集落のことは?」

「伝えていないわ。調査は長老会からの勅命でもあったから、守秘義務があるのよ」

「うーん……」


 ふたりの帰郷はこの作業が終わった後、年が変わる前を予定しているとのこと。まあさすがに、このまま放置し続けるのは気味が悪いもんな……。


 そうこうしているうちに五十本が仕上がり、リックさんとノエミさんがそれを受け取る。さっそくとばかりにふたりは倉庫を後にした。


 入れ替わりにやってきた——というか、戻ってきたのはカレン。

 ベルデさんとシュナイさん、それにトモエさんを連れていた。


「スイ、食べるものを持ってきた」

「お、ありがとう。お腹が減ったらいただくことにするよ。トモエさんが作ってくれたんですか?」

「ええ、雲雀亭ひばりていの特製ですわ。竜眼柚子りゅうがんゆずのジャムと白林檎しろりんごのコンポートを挟んだサンドイッチです。どちらも、魔力回復効果があると言われてますのよ」

「ありがとうございます、楽しみです」


 振り返ってお礼を言うと、トモエさんはシュナイさんに持たせていたミルク缶を受け取り、中身を平皿に注ぐ。


「はい、ショコラさんもどうぞ。お疲れさまです」

「わうっ! わうわうわうっ」


 大喜びで尻尾を振りミルクを舐め始めるショコラ。お前さあ……いやいいんだけどさあ……。


「すまねえな、お前たちばかりに。……正直、歯がゆい」


 苦笑する僕の隣に、ベルデさんがどすんと腰を下ろした。


「俺らが総出でやっても、森の南端、五分の一も網羅できねえだろう? むしろ足手纏いになってるんじゃねえかって思う」

「なに言ってるんですか。五分の一ってかなりのもんですよ。……そもそも、僕らだけじゃこの数の観測機を用意できなかった」


 三百本という数字は、シデラのみんなが必死でやってくれた結果だ。


 資材の調達、各職人組合ギルドへの通達と依頼、スケジュールの管理調整。

 街の日常も止めるわけにはいかない中、彼らはこの短期間で間に合わせてくれた。


 それに——総指揮はクリシェさんが行ってくれたそうだが、現場間を走り回り、すべてを取りまとめたのが誰なのか。

 街にいなかった僕にだって、わかる。


「あの時、言ったでしょ? この街は、僕の故郷です」


 観測機に魔力を込めながら、使い魔と魔力を交感させながら。

 隣に寄り添ってくれるでかい肩に、言う。


「僕だけじゃない。ノアやパルケルさんも、もうこの街の住人だ。リックさんとノエミさんだって、この街で生きる冒険者なんだ。だったら、ベルデさん。……僕らを率いてるのは、あなたなんですよ」

「おいおい、そいつぁさすがに大仰だろう」

「そうは思いませんよ。僕らはみんな、あなたがいなかったらここにはいない。森の危機に、こんな一丸となって頑張ってない。……父さんだって、きっと同じことを言う」


「大将、胸ぇ張れよ」


 背後からぶっきらぼうな、励ますような声。


「そうですわよ。せっかく美人のお嫁さんをもらったばっかりだっていうのに……旦那がしょぼくれてちゃ、女のはくも曇るってもんですわ。リラさんのために堂々としてなさいな」


 そして呆れ気味の、揶揄からかうような声。


 ベルデさんは少しの間、天井を向いてなにかに耐えていたが——やがて、がっしとあぐらを組み直し、深く息を吐く。


「わかったよ。じゃあ、頼むぜスイ。ちっと骨が折れる作業かもしれんが、しっかりやれ」

「うん。ありがとう、そう言ってもらえると気合いが入る。……よし。できましたよ、追加の五十本だ」


 束になった観測機をベルデさんの前にずずっと押す。

 ベルデさんは立ち上がり、背後へ向けて声を張り上げた。


「ノア、パルケル。出番だ。……いいか、無理はするなよ。変異種の気配を感じたらすぐに離れろ。定期連絡も怠るな」


「ああ、了解だ、大将ボス

「うん、任せてよ。あんたたちに教わったことを守って、安全第一でやるからさ」


 観測機を背嚢はいのうに詰めながら、ふたりが力強く頷く。

 その様子を見て僕は、心強さとともに作業へと戻った。

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