悪戯っぽく笑い合い
完成までに要した時間は、破格に短かった——らしい。
正直、実感がない。父さんと母さんの時は二年近くかかったそうだけど、それは単にゼロからの設計だったからだろう。むしろこんなことをゼロからやれと言われても、僕にはできそうにないわけだし。
基礎設計はあって、術式も半分以上は流用できて、素材も準備されていて、おまけに母さんというかつての経験者もいる。だから前の時は二年で今回は九日だと言われても、やっぱり先人の功績に乗っかった結果、って思っちゃうよね。
とはいえ、完成はした。
ちなみに徹夜もした。
とにかく全員がへとへとで、だからひとまずは
※※※
「ほっとする味ですね……。疲れた身体に染み渡るようです」
でもって、翌朝——実質的にはもう昼。
ぐっすり眠ってリフレッシュした後は、美味しいご飯だ。
セーラリンデおばあさまは、味噌汁の入ったお椀を片手に頬を緩めた。
「気に入ってくれてよかったです。少し、不安だったので」
「確かに食したことのない風味ですが、私の口には合っていますよ」
「ばあばも、すいのおみそしる、すき? みんととおんなじ!」
「まあ、それは嬉しいわ。ふふ、おんなじね」
並んでにこにこしながら、おばあさまは上品に匙を使い、ミントは両手でお椀を抱えて口元に。今日のはいりこで出汁を取ったもので、具は豆腐と大根。
なお、カレンと母さんはもうすっかり味噌汁に慣れており、今では毎朝のメニューとしてお決まりとなっていた。そろそろ焼き海苔なんかも試してみたいんだけど、製法がよくわからないんだよな……北の海で採れはするから、佃煮から始めてみようか。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
そんなこんなで朝食兼昼食を終えたが、のんびりしてもいられない。
もう冬は深まってきていて、あと十日もすれば年越しとなる。そうなると雪が積もることも増え、冒険者たちも森に入らなくなってくる。
なので——システムを構築するための猶予は、けっこうぎりぎりなのである。
「じゃあ今から、シデラまで行ってくるよ」
ジ・リズに
『それ』。
球形を半分にし、その下部にひと回り大きな
大きさは直径で五十センチほど。麦わら帽子みたいなシルエット、と形容してもいいが、もちろん中空にはなっていないし、素材も金属でできている。なので、僕なんかは別の比喩が思い浮かぶ。
即ち。
空飛ぶ円盤だ。
僕はそれを抱え、しみじみとつぶやく。
「まさか母さんの言ってた『使い魔』が、こんな機械だとは思わなかったな」
そうなのだ。
父さんと母さんの開発した『
もちろん、
対してこれは、さほど高くまでは飛ばさないことになっているし、数もひとつだけ。加えて、
その
内部には『
つまりこれが、僕の考えた『解決策』だ。
受信した位置情報は魔力盤が地図に自動筆記することで可視化される。これは母さんの開発した境界
「スイ。シデラから連絡があった。観測機、規定数ができたって」
あっちの観測機にも一度、この使い魔と魔力交感をさせてやる必要がある。
「そっか、ちょうどいい。あとはジ・リズ待ちだ」
「ん。私たちも行く」
「わふっ! わおん!」
「カレン、大丈夫? 疲れてない?」
「だいじょぶ、ぐっすり寝た。むしろ身体を動かさないと、今日のうちに眠れなくなる」
「そっか。ショコラは……普段通りだな」
「わんわん!」
当然ながら徹夜で作業していたのは僕とカレン、母さん、セーラリンデおばあさまの四人である。ショコラとポチとミントは特に変わりなく——いや。ショコラの場合、散歩に行けなかったからむしろストレスが溜まってるまである。
「お前は母さんと一緒にひとっ走り遠征でもいいんだぞ?」
「うー……わうっ」
「そっか、一緒に来てくれるのか。ありがとうな。よしよし」
今日はさすがにシデラへの往復で終わるだろうけど、明日はたっぷり運動することになるからそれで発散してもらおう。
ショコラと戯れていると、母さんとおばあさま、それにミントが見送りに出てきてくれた。
「スイくん、カレン。お母さんは観測機を撒きに行ってくるわ。伯母さまが留守を預かってくれるから」
「ごめんなさいね。私もできればお手伝いをしたいのですけど……私の実力じゃ、深奥部を抜けられない。歯がゆいわね」
「うーっ! ばあばはみんとといっしょに、ぽちのおもりをするんだよ?」
「そうね。ポチちゃんをひとりにしておけませんものね。ミントはお利口さんだわ」
「むふー!」
微笑ましいやり取りは僕らを安心させてくれる。実際、おばあさまが来てくれてすごくありがたかったんだ。使い魔の作成で大いに助かったのはもちろん、この家の留守番をしてくれるだけで相当違うから。
「おばあさま、もしよかったら、しばらく
「ええ、もちろん。留守番役でよければ。研究局の業務は私抜きでも回るようにしているから、問題ありませんよ」
「ばあば、まだいっしょにおとまりできるの?」
「ええ、ミントとたくさん遊ばせてくださいね」
大喜びで腰に抱きつくミントの頭を撫でながら、おばあさまは空を見上げて目を細める。
「ああ、ジ・リズ殿がいらしたわ。行ってきなさい、スイ、カレン。きっとあの時のカズテルとヴィオレも……あなたたちと同じ顔をしていたのでしょうね」
「はい。父さんはきっと、すごく楽しかったと思います」
その言葉に、自分でもわかるほどの苦笑いが浮かんだ。
かつて、
使い魔の内部設計はもちろん母さんが行ったのだが、一方で外観デザインを担当したのは父さんだったそうだ。
父さんがなにを思い、どんな気持ちでこの使い魔をこの形にしたのか。それを想像すると、おかしくてたまらない。
この星の空には、衛星軌道上に、小さなたくさんのUFOが浮かんでいる。
ファンタジーな異世界にはまるで似合わないであろうその光景は、実際に見ることはできないけれど、きっととてつもなく愉快だ。
「そういや、思い出したよ」
ジ・リズが舞い降りてくるのを横目に、父さんのお墓へ振り返ってつぶやく。
「むかし、子供の頃。『宇宙人っているの?』って、尋いたことあったよね」
子供向けのムック本だったか、それともオカルトドラマだったか。
影響されて気になって、問うてきた僕に、父さんは言ったんだ。
——そうだなあ。
——もしかしたら空には、UFOがたくさん浮かんでるかもしれないぞ。
※※※
「もう一個、増やしてくるよ」
僕はお墓に向かって、お手製の空飛ぶ円盤を掲げてみせた。
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