だからもう、さみしくはないのよ
我が家の庭に姿を現した少女——
「外の世界は、こんなにも色に満ちていたのね」
潤んだ瞳からいつかみたいに、透明な雫が落ちる。今度はぽろぽろと、ふたつ。
雫はやっぱり以前と同じように宝石となり、それを隣の
「おかあさん!」
そして直後。
感極まった声が、庭に響く。
「外だよ、ここが外だよ!」
「おかあさん……よかった……よかったねえ」
「一緒に遊べるの? お外で、これからは?」
「ああ、なんてこと。おかあさん……」
「ううう……うええええん」
「おまえたち。ありがとう、ありがとうね」
肩に、頬に、頭に、胸元に、首筋に。妖精たちがこぞって
「これが、きみたちの魔術か。……脱帽だよ」
その横にあるのは、
僕らの魔術を経て、現世へ強く繋ぎ止められたことで形を変え、物理的な扉の様相を呈している。
「うん。どうも今までと同じ、ぼくの裁量で出し入れできるようだ。なんだっけな……これと同じようなやつを、ヒトだった頃に見たことがあった気がする」
「どこでもドアですか?」
冗談めかして僕が言うと、
「わからない、やっぱり詳しい記憶はないよ。……ただ、なんだか懐かしさがあるね」
「その扉、もしよかったらうちの庭に常設してくれませんか? 気軽に行き来できるようにしたいな」
「ああ、こちらからもお願いしたい。是非そうさせてくれ。おそらくこの家の敷地内に設置しておけば、ぼくの魔力をほとんど使わずとも維持できそうだ」
快諾を得たので細かな場所を指定することにする。かねてより——
「ここ。塀に貼り付けるようにして設置できますか?」
「うん、任せたまえ」
転移してきた時は僕の胸くらいの高さしかなかった我が家のブロック塀は、度重なる拡張と改修を経て、今や僕らの背丈を超える高さになっていた。属性
扉を設置するのに相応しいあつらえになっているのである。
「すい! あれ、つくるの?」
僕らの相談を耳聡く聞きつけて、ミントがとてとて走り寄ってきた。
ハタノ家一同にはすでに計画を相談しており、この子もそれを知っている。
「みんと、がんばるよっ」
「そうだね、着手する。でもさあ、ミント。僕ら家族だけよりも、妖精さんたちと一緒にやった方が、うんと楽しいと思わない?」
「……、ふおー!! すい、てんさい! そっちのがたのしい!」
大喜びでぴょんぴょんと飛び跳ね、全身から期待を溢れされる。
ただ実のところ、家族みんながミントと同じ気持ちなんだ。
「スイ」
カレンが
「あの話、するかと思って」
「かれん! みんと、いっぱいはたらく!」
「ん、ミントは大活躍できる。でも妖精さんたちと一緒に仲良くね」
「うー! いっしょのほうがたのしいもんねっ」
「なんのお話なの? これ以上、わたしを驚かせるつもりかしら?」
その様子に微笑ましいものを覚えながら、僕は説明する。
「この辺りの一画、本来は牧場にするつもりだったんですけど……最近どうも、余剰スペースだってことが判明しまして」
ポチの食事ペースと牧草の生え変わりスパンが、現時点で供給過多になりそうなのだ。牧草の生育力と繁殖力が予想よりも高く、干し草を作ってもなお余裕。おまけにこの牧草、冬でもしっかり育ってくれるようで、これからの備えを用心しすぎる必要もない。
「だからこの場所を、憩いの場にしようと思うんです」
それはたとえば、イングリッシュガーデンみたいな。
「この周囲一帯に、花や果物の木を植えます。庭と牧場とここを繋ぐ道を作って、それ以外を色とりどりの鮮やかな空間にする。
ガーデンは父さんの花畑と繋げる。
見てもらうんだ。
僕らがわいわいとやっているところを、元気でいるところを。
父さんの傍で、笑っているところを。
「わあ! すごい、素敵だ!」
真っ先にそう叫んでショコラの頭に飛び乗ったのは、
「ショコラ、花畑の中で追いかけっこしようよ」
「わふっ! わうわう!」
ショコラは頭上の
「向こうから花の種を持ってきたいな。できるかい?」
「ええ、もちろんよ。でも、あっちのお城とはまた趣の違う庭にしましょうね」
母さんはどこか楽しげに、彼の言葉を聞いている。
「ミント、土魔術が得意なんだよね? わたし、見てみたいな」
「むふー。はないかだも、いっしょにやるんだよ?」
ミントの手のひらに立つ
それに対し得意げに、しかしわくわくした顔で応えるミント。
「今度はこっちで、ごはん、食べられるかな?」
「ん、もちろん。あなたたちの手に合うコップが作れたらいいんだけど」
カレンはくすぐったそうにしながらも、優しい微笑みを浮かべる。
そして——。
「……ねえ、にんげん」
ポチの鼻先にまたがった
「きゅるるっ」
「わかってるわよ! あの……」
ポチになにかを促された
そっぽを向きながら、それでも、言った。
言ってくれた。
「ありがと。女王さまを外に連れ出してくれて。……おとうさんとおかあさんに、あんな笑顔をくれて。……ありがと、ほんとうに……っ」
最後の方は声も崩れ、
僕はそんな彼女の——彼女たちの様子に頷いた。
「こっから忙しくなるよ。庭作り、きみたちも手伝ってね」
「……、もちろんよ! にんげんなんかに言われなくてやってやるわ。わたしたちを誰だと思ってるの?」
僕らの様子を、
屈託のない笑顔で、ふたり寄り添いながら。
庭に吹く秋風が彼らの髪を揺らし、草のにおいがふたりの破顔をまた深くさせる。
その表情は、城の中で目にした寂しそうなものとはもう、違っていた。
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