夢の終わりに、甘いお菓子を

ガーデニングにわいわいしながら

 その日から三日ほどかけて、大規模な土いじりが行われた。


「ねえねえ、桃の木はどうかな? あと柿と、林檎と……」

「待って、孔雀クジャク。果物ばっかり植えても仕方ない。お城の裏庭でいつでも採れる」


「桜や紫陽花は綺麗だけど、この土地に定着するとは限らないね」

「ええ、確かに。それに春も夏も遠いから、いま植えても花が咲くのはずっと後になってしまうわね」


「うー、はないかだ! そこはね、みち、つくるとこだよっ」

「あっ、そっか。……わたしたちと違ってみんな飛べないし、身体も大きいもんね」


「ショコラ、ここ掘って! 深めにね」

「わうっ! がふがふがふがふ」


「すごいわねあんた、こんないっぱいの土を平気で運ぶなんて」

「きゅるるっ!」


 僕の書いたおおまかな設計図をもとに、ああだこうだとやいのやいのしながら、造園作業は進んでいく。


 どんな植物を植えるかは議論になったが、妖精境域向こうとまるきり同じにしても面白くない——という意見はおおかたで一致した。カササギと母さんが話してるように、移植したとして上手く育ってくれるかもわからない。妖精境域ティル・ナ・ノーグの植物は、そもそもが魔術によって維持されているみたいだし。


 なのでできるだけの植物を中心に、となったのだが——、


「スイさん、ひとつだけお願いがあるの。椿の木を一本、こっちに持ってきてもいいかしら?」


 シキさんがふと、そんなことを言った。


「いいですけど、定着するかどうかはやってみないとわかりませんよ?」

「きっと大丈夫。……なぜそう思うのかは、自分でもよくわかんないのだけど」

「わかりました。じゃあ、扉の近くに植えましょうか」


 あるいはシキさんか、もしくは家族の誰かにとって、椿の花に生前の思い出があるのだろうか。具体的な記憶はなくとも心には残っていて、だからそういう気持ちになったのかもしれなかった。


 ——これは僕の、ただの推測。

 でもきっと、そうなんだろうなと思う。



※※※



 もちろん造園には、大工仕事も避けては通れない。

 

「ショコラ、この木の枝を全部切ってくれるか。……葉っぱから変な虫が出てきても口に入れちゃダメだからね?」

「わおんっ!」

「返事は元気なんだよなあ」


 伐採してきた樹木を角材へと変え、


「スイ、こっちできた。明日もう一回、乾燥させる」

「ありがとう。無理はしないでね」


 角材の水分を抜いて材木として使えるようにし、


「うー! こんなかんじ? もっとぐにーってやる?」

「そうだなあ……いったん仮組みして、歪みが出てるところを適宜、直していこうか」


 材木を加工して、東屋ガゼボを造り、


「ネット、こんな感じでいいかしら?」

「あ、そこだとツルが育ったら道にはみ出しちゃう。もっとマージン取っておいた方がいいかも」


 植物を絡ませるためのネットを張り巡らせ、


「きゅるるっ!」

「いい感じに耕せてるね。あとは鍬を入れていこうか」


 花壇にすべく土を掘り返していく。


「……すごいなあ」


 その作業を眺めながら、四季シキさんが深く感じ入っていた。


「ヒトの住む場所に長いこと行ってなかったから、忘れていた。みんなで一緒に少しずつ、前に進んでなにかを作っていく。……これがヒトの力なんだね」


 だから僕は額の汗を拭いつつ、四季シキさんに肩をすくめた。


「これでも、けっこうなチートずるなんですよ。木の乾燥も加工も、ほとんどが魔術に頼りきりだ。本当ならもっと地道でもっと大変な努力が必要なんです」


 植える予定の花や植物だって、ミントや妖精さんたちの魔術で一気に生育させる予定なのだ。地球の人から見たら「そんなんガーデニングと言えるか」となるだろう。


 そんな僕の小さな罪悪感を、四季シキさんは一笑いっしょうする。


「この世界に魔術がある以上、ずるでもなんでもないさ。これもまたきみたちの歩みで、成果だ。ああ……『魔術のない世界』のことがすっと納得できる辺り、やっぱりぼくらは元々、そういうところで暮らしていたんだろうな」


 彼らの失われた記憶は虫食いで、しかも途切れ途切れでちぐはぐだ。

 

 魔術に頼らない暮らしのことを想像できても、それが呼び水になって日本人だった頃の実感が伴ったりはしない。どこでもドアのことをぼんやり思い出せても、ドラえもんのキャラクターを想起できない。椿の花に執着があっても、その執着がどこから来たものなのかは、永遠にわからない。


 数日前まで僕は、そんな彼らを見て胸に痛みを覚えていた。

 悲しさと虚しさ、どうしようもない悲劇に感じてしまい——苦しかった。


 でも、今は違う。


 二千年前、四季シキさんたちが見舞われた出来事は確かに悲劇だったのかもしれない。でも彼らはそれに相対し、自分たちで最善と思える選択をした。


 たとえその経緯と過程が世界から失われてしまったとしても、結末に至るまでになにがしかの後悔があったとしても、彼らはいま、こうして笑っている。


 二千年を経たこの日、この時。僕らと出会ったことを、喜んでくれている——。


四季シキ、こっち来て! ガゼボの仮組みが終わったの!」

「ああ、シキ。わかった、いま行くよ」


 頬に泥を付けたシキさんが、ぶんぶんと手を振る。

 四季シキさんはそれを見て愛おしそうに眩しそうに笑み、彼女のもとへ歩いていく。


「ねえみんな、ちょっと休憩しようよ! あっちからいろいろ持ってきたよ!」


 妖精たちが果物の入ったバスケットを提げて『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』から戻ってくる。

 自分の身体よりも大きなものを両手で持って、それでも平気そうにふわふわ飛んでいる。物理法則どこ行った。

 

 その不思議な光景に感心しながら、僕は鍬を置き、土まみれの軍手を脱いだ。

 完成までもうひと息。

 そしたらやっぱり、パーティーだよね。

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