ついでにこっそり作っていたよ
ところで、ずっと気になっていたことがある。
妖精さんたちの食べ物についてだ。
『
彼らには『意思あるもの』に観測されないという生態があり、それ故に肉や魚を手に入れられない。でも、それは『入手が困難である』ということであり『食べられない』とイコールではないのではないか。そう思った僕は、造園作業の初日、
「どうだろう。肉や魚なんて、もう二千年も縁がないんだよね。だから不満に思ったことはないし、食べろと言われても困ってしまうかもしれない」
「そうですか……」
既に歓迎パーティーのことを考えていた僕は、これは悩ましいなと心中で頭を抱える。だって菜食に限定するなら、お城に出てきたもの以上のご馳走なんて、そうそうないだろうから。
「ああ、でも、そうだ」
と——しかし。
「ミルクとかバター、チーズ、それから卵なんかは時々食べているよ。『
聞けば、なんとびっくり。
もちろん彼らに断ってのものではない。ジ・リズたちもラミアさんたちも、妖精のことを知覚できないし存在そのものを認識していない訳だし。
ただ——破れた漁網の補修とか、船底に空いた穴を塞いだりとか、そういった細々としたお手伝いを人知れず行い、その代わりにほんの少しだけ、彼らに気付かれない程度の量をもらっているそうだ。
「ぼくらは二千年間、活動地域を転々と変えてきたけど……
「じゃあ、この世界にある妖精の伝承って、実話なんですね」
職人が寝ている間に妖精が手伝ってくれた、みたいなあれだ。
「そう表現すれば聞こえはいいかもしれないけど、実態はちょっとした泥棒だよ。もし竜たちに会えたら謝らなきゃいけないね。許してくれるだろうか」
「きっと大丈夫ですよ。事情を話せば」
表情を曇らせる
ここは現代日本じゃないし、相手も超常の存在なんだ。
彼らの行いで不幸になった人がいないんだったら、それでいいじゃないかと思う。
さて、ともあれ。
肉や魚を抜きでどうすべきかと思っていたが、乳製品を食べ慣れているのであれば話は別だ。
僕は造園作業の合間を縫ってこっそりと、あるものを作成することにしたのである。
※※※
「ミント、少しでも疲れたらちゃんと言うんだよ」
「うー、だいじょーぶだよっ。みんとのげんきはありあまってる!」
「ん、終わったらジュースいっぱい飲もうね」
「わおん!」
「いやお前はいつでも元気いっぱいだけどさ」
ふんすと息巻くミント、その頭を撫でるカレン、彼女たちの横ではっはっはっと舌を出すショコラ。
時は夕暮れ前、妖精さんたちが作業を終えて帰宅した後のこと。
元々、ものすごく魔力量がある子だしね。それに僕も最近、魔術の腕が上がったのか、家族の体調がなんとなく読めるようになってきた。少なくとも無理をしそうならすぐに気付ける。
なお、それを制作するための材料はもうほとんど揃っていたので楽だった。というより、以前から『いつか作りたいな』と目論んではいたのだ。いろいろあって着手が延び延びになっていたけど、作る時は要る時ってことで。
造園作業と並行してにはなるけど、もうやるなら今でしょの精神だ。
まずは石材。
我が家から東に数キロ行ったところにけっこう大規模な岩場があり、調べてみたところラッキーなことに
それからセメント。
ノビィウームさんに頼んで取り寄せてもらった。粉状で、水と混ぜて塗り固めるところも地球のものとそっくりだ。鍛冶場で使われているものだから耐火性に優れ、熱伝導性も高いそうだ。
あとは鉄の扉と、木組を鉄で補強した煙突。
これらはシデラで購入したありものだけど、さすがに精度が高くよくできている。僕みたいな魔術でごまかす素人仕事と違うね。
設置場所は、倉庫の前、井戸の横。
キッチンの勝手口から外に出て、すぐ近く。
作るのは——
「さあ、始めようか」
「むふー。みんとはやるよっ」
「ん、がんばろう」
「わうわうっ!」
初日は土台だった。
石材をセメントで目止めしつつ、腰の高さくらいまで積み上げる。てっぺんの水平を取って
二日めは窯部分に着手だ。
ドーム状の外観で、内部に仕切りを入れた二段構造にする。
下の部屋で薪を燃やし、上の部屋で食材を焼く仕組み。仕切りは背面に大きな隙間があって、空気の流れがそこで作られる。
焼き板は花崗岩をミントの魔術で形成し、つるつるに磨き上げたもの。つまり俗に言う
内側を分厚くセメントで形成して、煙突用の穴を開け、大まかな形ができたところで終了。
そうして、三日めに仕上げをした。
セメントでできたドームの上にブロック状にした花崗岩を敷き詰め、更にセメントで目止めしていく。こうすると内側のセメントが蓄熱材に、花崗岩のブロックが断熱材になってくれるはず。
あとは既製品の煙突をセットし、燃焼室と調理室それぞれに、これも既製品の扉を付けて——、
「セメントがしっかり乾燥したら、完成だ」
「ん、いい感じ」
「やたー!」
「わうっ! わんわん!」
石窯の前で、みんなとハイタッチ。
「ミントがすごい。大活躍。がんばったね」
「むふー。おちゃのき、そいそいだよ!」
「ん、それはたぶん、おちゃのこさいさい」
「おちゃのけ、さいそい?」
お茶の子はともかく(どこで覚えたんだろう……)、ミントの大活躍は本当だった。
セメントは水和反応によって硬化する。つまりただ乾燥させればいいというものではなく、本来なら一週間くらいをかけてじっくり作業を進めた方がいい。
だがそこで土属性魔術である。
硬化の仕組みも化学反応も知らないミントだが、対象に流れる魔力を見定め、「これかたくすればいいの?」と問うや、反応を一気に進めてしまったのだ。というか石材の形成も含めて、八割くらいはミントの功績なんだよね、これ……。
「私はあんまり役に立たなかった。しょんぼり」
ちなみに、ただ水分を抜けばいいと思っていた——つまりセメントの乾燥は自分の役目だと思っていたカレンは、初手で出鼻をくじかれた。あとは黙々と粛々と、僕と一緒に石を積むのみだった。かわいそう。
「そんなことないよ! かれんもがんばったよ!」
「わうっ」
ショコラがなんか「まあ気を落とすなよ」みたいな目でカレンを励ましてるふうだけど、お前はずっと元気に僕らの周りを駆け回ってただけだぞ?
「とりあえず今日のうちに空焼きしておこう。必要かどうかよくわかんないけど、一応ね。……明日は、朝からフル活用だ。忙しくなるぞ」
三日を経て、完成したのは石窯だけではない。
庭の隅——牧場へ繋がる一画をまるまる使った、庭園もだ。
妖精たちと一緒にせっせと作業し続け、今日の昼下がりに仕上がった。草木が植えられ花畑が広がり、そしてその奥には立派な
ガゼボの中にはうちの一家と妖精の一家、全員が円になって囲めるテーブルが設置されている。明日はそこで完成祝いのお茶会が予定されていた。
「ね、スイ。妖精たち、喜んでくれるかな」
「うん、きっとね」
石窯を眺めながら、カレンが僕へ微笑みかける。
だから頷いて、腕によりをかけなきゃな、と気合を入れた。
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