眩しい陽射し
森の中は街よりも気温が低く、過ごしやすい。
とはいえそれでも季節は夏の真っ盛りで、さすがに日中は汗ばむようになってきた。木陰で陽射しが
ノアの屋敷から森に戻ってこっち。
僕らは、牧場に
ポチの生活用水に使うためのものだ。
主に飲用、たまに身体を洗ったり、あとは
……あと、暑いので桶を持っての往復が面倒くさい。
そんなこんなで、森の中にある湧き水を引っ張ってくることにしたのだ。
牧場から数十メートルほど離れた場所が斜面になっていて、そこにちょっとした沢がある。この湧き水をパイプとか
井戸を掘るとか、川の流れを変えて牧場の中に支流を作るとか、他にも幾つか案はあった。だけど井戸はポンプが必要になるし、川の流れを変えてしまうのは周囲への影響が大きすぎる気がした。雨季とかに、それが
あれこれ考えた結果、最も簡単そうだったのが沢の湧き水だったのだ。
手順としてはこう——。
沢の中にパイプを突っ込んで口を作る。
そこから出てくる水を木製のU字溝で受け止め、塀のところまで引っ張っていく。
あとはいろいろサイフォンの原理とかを工夫して、厩舎の横に備え付けた水桶へ流れ込むようにすれば完成。
とりあえずパイプとかホースとかの文明的なやつは街まで行って買ってきた。
パイプは土管、つまり粘土を焼いたものが最も流通しているようで、それにした。土管と聞くとドラえもんの空き地に置かれてるあのでかいやつを想像してしまったが、ごくごく普通の、水道管みたいな細いものだった。……当たり前か。
ホースはそもそも存在するかどうか不安だったが、なんとびっくり魔物の腸を加工したやつが売られていた。異世界って感じだ……。
耐用年数がやや短いのが欠点とのこと。まあ、それに関しては僕の魔術——『不滅』の特性付与で補強できる。
と、いうわけで。
木を削りU字溝をひたすら作り続けて五日。ようやく準備が整ったので沢まで行く。
小脇にパイプを抱える僕。隣を歩くショコラの背中にまたがるのはミント。
「ここだよ」
「うー! きれい!」
苔むした岩の重なった斜面に、ちょろちょろと水が浸み出している。
地表に湧く量は少なく、川になるほどではない。そのまま土に染み込んで、地下水と合流しているのだろう。
「ミント、水量がいい感じの場所がどの辺かわかる?」
「わかる! んーと、んーと……このへん!」
「ありがとう。すごいね」
「むふー」
頭を撫でると得意顔になるミント。
指差されたポイント、岩と岩の隙間に
「じゃあ、お願いできる?」
「ん!」
そしてミントの土属性魔術が——ぐりん、と。
パイプと同じ直径の穴を、そこに
すかさずパイプを差し込む。と同時に、その周辺の岩ごと『不滅』の特性を付与して固定。ややあって、パイプの奥からとくとくと、透明な水がこぼれてきた。
「よし、成功!」
「わうっ!」
口を近付け、ぺろぺろ湧き水を舐めるショコラ。
「美味しいか? ちゃっかりしてるな……」
「わおん!」
「ミント、ありがとう。穴の大きさもぴったりだ、さすが」
「むふー!」
「できた?」
そこに、U字溝を山ほど担いだカレンがやってくる。
「うん。あとは地道な土木作業だ」
地面を掘って、U字溝を埋めて、蓋をして——それを塀のところまで伸ばしていく。パイプだと途中で詰まった時の手入れが大変なので、水路を作ることにしたのだ。これなら蓋を開けるだけで中の掃除ができる。
「すい、かれん! みんと、あな、ほれる!」
「そうだね。ミントはこういうのすごい上手だもんね。でも僕らにもやらせてくれる?」
「いいよ! みんなでやろ!」
ミントの土属性魔術は土木作業にめっぽう強い。だから任せればあっという間に溝の設置は終わるだろう。
でも彼女はまだ小さな子供で、加減ができないし、自分の限界もまだよくわかっていないと思う。しかも褒めてもらおうとして、必要以上に頑張ってしまうはずだ。
だから僕らがちゃんとわきまえておかないといけない。なにより、ミントに頼りきりなんて保護者としてかっこ悪いからね。
「カレン、そっちの端っこ持って」
「ん。……ここにまっすぐ入れればいいの?」
「そうそう。入れたら少し手前にずらして。こっちのと連結するから」
U字溝の長さは僕の両手を広げたくらい。それを地面に埋め埋め、ひたすら繋げていく。木を削って作ったもので、一応は寸法を測ったけど精確とはほど遠い。
なので連結部は、粘土で隙間を埋めて魔術で固定。
「……魔術が便利すぎる」
「魔術じゃなくて、スイが特別。『不滅』の特性をこんなにほいほい使うの、聞いたことがない」
そもそも闇属性を使う魔導士の数があまりにも少ないし、『不滅』の特性だって、普通は年単位の時間をかけて莫大な魔力を消費し、ようやく小範囲に付与できるものらしい。なんでも、父さんも僕ほどには使えなかったとか。
「そういえば、キッチンに母さんのつけた傷があったよね」
「ん。おじさまの『不滅』が完全じゃなかったみたい。ヴィオレさまの魔導が上回っちゃったとか言ってた」
その苦い思い出があるせいか、母さんはしばらくおっかなびっくり家具を触っていた。僕の魔力コーティングが
会話しながら、それでも作業は澱みない。
とはいえ肉体労働をしていると、夏の陽射しは木漏れ日越しでも暑く、じわりと全身が汗ばんでいく。ただ日本の夏とは違い、その暑さが心地いい。
お昼ご飯の後から始め、じわじわとU字溝を伸ばし続けて数時間。
太陽が傾いてきた頃、ようやく水路は塀まで到達する。
「よし、ホースの出番だ」
塀に穴を開けてホースを通し、片側の先端を水路の中、反対側を水桶の
あとは水源まで戻り、パイプの先端に詰めていた
「みてくる!!!」
「わうっ」
ミントが下流へと駆け出した。ショコラも後を追う。
「そんなすぐには溜まらないよー?」
塀の横でしゃがみ、まだかまだかと水路を覗き込むミント。
パイプから流れる湧水に指をつっこみ遊ぶカレン。
僕は水路に沿って行ったり来たりしながら、水漏れがないか、ちゃんと誘導できているかを足繁くチェックして——やがて。
「よし。カレン、このホースに水を満たしてくれる?」
「ん」
水路の終点まで十分に水が溜まっているのを確認したら、あとはサイフォンの原理で——、
「わあ! でてきた!」
ちょろちょろと、ではあるが。
ホースの先端から、水が桶に流れ落ちていく。
「すい、すい! なんで? なんで、みず、あがってくるの?」
「理屈は上手く説明できないんだよね、ごめん……」
水源は斜面の途中、つまりここよりも上の地点にある。
なので、水路とホース内が水で満たされてさえいれば、たとえホースが地面から水桶にのぼっていても、水はちゃんと出てくるのだ。
「ポチ、お待たせ。溜まるのはまだかかると思うけど……これでいつでも、水が飲めるようになるからな」
「きゅるるる!」
嬉しそうに鳴くポチの鼻先を撫でながら、僕は汗ばんでいた襟元をぱたぱたとさせた。
「みんな、おつかれさま。ジュースを作ってきたわよ」
母さんが、お盆にコップを乗せてやってきた。
ミントが目を輝かせて「おれんじー!」と叫ぶ。
僕とカレンは顔を見合わせ、微笑み合い——ショコラが「わう!」と鳴き。
森から吹いてきたそよ風が、僕の火照った頬を撫でていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます