霧の奥に隠れている
「……カレンが昔、属性
切り出してから少しの間、沈黙があった。
母さんはわずかに目を見開き、それから僕の顔をじっと見——やがて静かに言う。
「あの子から直接、という訳じゃなさそうね」
「うん。ノアから。……本人は、僕がもう知ってるものだと思ってたみたい。失言だったって謝ってたよ」
「カレンにはその話、した?」
「いや、まだなにも」
本人に問うのは、どうにも
「……気になったんだ。母さんが昔の話をしてくれた時、カレンのことに一切触れなかったでしょ? だからひょっとしたら、なにかあるのかもって」
子供の頃の母さんが、属性相剋により魔術が使えなかった……というやつ。
そもそも『属性相剋』という概念自体を知らなかった僕のために、わざわざ説明をしてくれたのだ。その一環で「カレンも同じだった」という話が出てもおかしくはないのに。
「もしなにか事情があるなら、カレンに直接尋くのはまずいと思ったんだ」
「……そうね」
母さんは少し視線を外し、それからグラスのお酒で唇を湿らせる。
それから思案するように、ショコラの背を撫でた。
「くぅーん?」
「ふふ、なんでもないわ」
顔を上げて不思議そうに見てくるショコラに微笑み、続ける。
「スイくんは、属性相剋についてまだ詳しくは知らないのよね」
「あの時、母さんに教わったこと以上の知識はなにも。そもそもノアのことも属性相剋だと勘違いしてたくらいだし」
「自分の中に主役の属性がふたつ以上あって、どれを使えばいいのかわからない——属性相剋っていうのは有り体に言うと、そういう状態なのね。ノアップの場合、『水』と『火』っていう属性が同居しているけど『主役が水』ってことははっきりしていたわ。あの子が出来損ない呼ばわりされていたのは、単に、主役の『水』と脇役の『火』が良さを活かしきれないと考えられていたから」
「母さんの場合は『火』と『水』の両方が主役だったってことだよね」
「ええ、その通り。属性同士の相性ではなく、大きさの問題ね。こうなると、魔導が強いとか弱いとかの話ではなくなる。そもそも魔術が使えなくなるの」
僕は深く息を吐き、問う。
「——カレンも、魔術が使えなかった?」
「子供の頃、ね」
カレンの属性は、水と風。
言われてみると——そうだ。水と風だ。
水に風、とか、風に水、とかではない。
「属性相剋は、治らないものだとされていたの。少なくともお母さんの子供の頃は」
かつて自分が置かれた境遇を思い出しているのか、母さんの声には険があった。
「もっとも、今でも似たようなものかもしれないわ。属性相剋を克服して魔術が使えるようになった人間は、歴史を見渡してもあまりにも少ない。……治ったからといって、誇れるものでもないわ。そもそもが珍しい症例なのだから」
もしかしてカレンは、いや、母さんも。
自分が属性相剋だったことを、あまり話したくないのだろうか。
その可能性はある。僕は魔導に関してまだ無知で、それはつまりこの世界の常識が欠如しているということでもあるのだ。
魔術が使えないと、世間からどう見られるのか。
どんな扱いを受けて、どんな視線に晒されるのか
そして当事者は、そのことをどう思うのか——。
僕にはそれがわからない。まったくピンとこない。
「もしかして、あまり触れない方がいいことなの? いま使えるんだったら別に気にするようなことじゃない?」
「……、そうね」
母さんがほんの少し言い淀んだのは、なにを思ってのことだろう。
「確かに、もう過ぎたことではあるわ。属性相剋だったとか関係なく、カレンは世界有数の実力を持つ『魔女』よ。スイくんは普段、あまり意識していないと思うけど……あの子の魔導には、目を
「そうだね」
転移してきた僕のところへ、一日足らずで駆けつけてきてくれたのを思い出す。
森の中層部からここまでどれほどの距離があるのか、そしてどれだけの魔物がひしめいているのか——四カ月経ったいまなら、よくわかる。
ギリくまさんの死体が魔導崩壊を起こした時、爆発から守ってくれた。
今も毎日のように狩りに出ては、獲物を仕留めてきてくれる。
世界有数の危険地帯、前人未到の魔境と言われる『
「パルケルさんが、いつか自力でここに来てみせるって意気込んでたけど、たぶん彼女と比べても、カレンは相当に強いんだろうね」
「そうよ、なんたって、世界最強の魔女の
冗談めかして笑う母さん。
だから僕は、気にしないことにした。
カレンはかつて、属性相剋だった。
だけど今はもうそれを克服し、すごい『魔女』になっている。
これはただそれだけのことで、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
気にする必要もないさ。
単にカレンにとって、触れてほしくないことだった。だから母さんも黙っていたし、僕にわざわざ言わなかった。だから僕も、わざわざ詮索しなくていい。
——ただ。
僕の頭の奥に、なにか霞がかった■■がある。
■■の頃、カレンが■■を使えなかったことを——僕は確かに知っていた。
それにすごく■んで■しんでいた様子も、僕は隣でずっと見てきたはずだ。
なのに。
カレンが■んでいたことを、■しんでいたことを、僕は知っていたはずなのに。
■■が使えなくて泣いていたのを、見てきたはずなのに。
どうして僕は——再会した彼女を見て、■■しなかったんだろう。
■■、使えるようになったんだね、って。
よかったね、って。思わなかったんだろう。
そもそもカレンは、なにをきっかけに■■相■を■服したのか。
僕は■っている?
■れてしまっている?
それとも—— ■えていない?
「……スイくん?」
「いや、なんでもないよ」
ストロボの光みたいに浮かんだ疑問は、ストロボの光みたいに瞬時に消えた。
僕は立ち上がり、背伸びをして。
「そろそろ寝るよ」と母さんに言う。
母さんは目を伏せて数秒、テーブルに視線を落としたのち。
グラスを片手に、僕へ笑った。
「お母さんも、これを飲んだら寝るわ。おやすみなさい、スイくん」
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