だけどやっぱり家が一番
そして一夜明け、帰宅の日となった。
二泊三日という言葉だけ聞くと長く感じるが、過ごしてみたらあっという間だ。名残惜しくもあり、家が恋しくもあり——軽い朝食をいただいた後、ジ・リズの到着を待つまでの間、僕らはこの先のことを話した。
「一旦、王都に戻ろうと思う。屋敷を買ったばかりではあるがな」
「あの料理がちゃんと受け入れられるか、自分たちでも確認しようと思ってさ。
ノアとパルケルさんはそう言って笑い合った。
なんでも、ノアのお姉さんにあたる第一王女さまがけっこうな料理通だそうだ。
もちろん第一王女さまだけではなく、他のお兄さんたちやご両親——きっと家族総出で手伝ってくれるだろうとのこと。
「だが最大の理由はな、スイ。お前のことをみんなに話したいのだ。俺たちはかけがえのない友を得た。そして果てしない恩を受けた。家族たちにその話を聞いてもらいたい」
爽やかなイケメンがそんなことを恥ずかしげもなく堂々と言ってのけるの、なんかもうずるいよね……。
「シデラには戻ってくるんだよね?」
「無論だ。王都に料理が定着するのを見届け次第、すぐに帰る」
「じゃあ、今度は僕らの家にふたりを招待するよ」
「それは待って欲しいな。
パルケルさんは挑戦的に、鋭い犬歯を見せた。
「カレンがやれたんだ。あたしだってできるようになってみせる。ひとりじゃ敵わなくても、ノアと一緒なら負けない」
「ん、期待しておく。でも無理はしないで。まあ、危なくなったら助けに行くから」
軽口を叩き合いながら抱擁を交わすカレンとパルケルさん。なんだかんだで仲いいよね。夜はずっと女子会してたし。
そうこうしているうちに、ジ・リズが屋敷の庭に降り立ち、出立の時が来る。
「ではな、スイ、トトリア嬢、ショコラ殿。こまめに連絡は入れる!」
「まったねー!」
地上から声を張り上げるふたりに上空から手を振り返しながら、僕らはシデラを後にする。
「仲良くなれたようでなによりだな」と。
ジ・リズは、翼をはためかせながら微笑ましげに言うのだった。
※※※
「すい! かれん!! しょこら!!! おかえり!」
「お帰りなさい」
「きゅるるるる!」
家族たちは、庭で出迎えてくれた。
ミントがとてとてと駆け寄ってきて、カレンの腰にぽふんと抱きつく。
母さんは僕に手を差し伸べ、荷物を預かってくれる。
ポチがショコラに鼻先を近付けて挨拶する。
「どうだった、スイくん? 楽しかった?」
「うん、楽しかった。母さんに聞いてほしいこともたくさんあるよ」
「かれん! おんぶ、おんぶ!」
「ん、ちょっと待ってね」
「きゅるるる……きゅーん」
「わうっ!」
各々の会話が交錯し、騒がしい。
母さんは早速とばかりにノアの話を聞きたがるし、ミントはカレンの背中どころか後ろ頭までよじ登り、もはやおんぶだか肩車だかわからないドッキングを見せるし、ショコラはポチを連れて牧場の方へとてとて行ってしまうし——だけどこの賑やかさは、僕の心を安堵させる。
今年の春先。
ショコラとふたりで遠くの街まで出かけ、住所を頼りに山奥へ入っていき、やがて辿り着いたのがこの家だった。そしてドアノブを握った瞬間に、家ごと『
それからまだ四カ月しか経っていない。
けれどここはもうすっかり、僕の家であり、僕の帰る場所になったんだな。
※※※
さてそんなこんなで、のんびりしていたらすぐに時間は経つ。
日は暮れて夜になり、晩御飯もお風呂もなにもかもを終え、僕は居間のソファーにだらしなく身体を横たえていた。
「ノアの家も豪華だったけど、やっぱり僕にはこういうのの方がいいな」
「くぅーん」
横の床にはショコラが僕と同様に寝そべっている。
「お前も最後の方はけっこう、ふたりに優しくしてたよな」
「わふっ」
ジ・リズ一家とは普通に仲良くしてるし、ベルデさんたちにも——そっけなくはあるものの、呼びかけられると鳴いて返事したりするようになっていた。
そして今回、ついにノアとパルケルさんにも同じように接し始めたというわけだ。
とはいえ、家族以外に撫でさせないのは相変わらずだけど。
ショコラの背中に手を置く。すっかり生え替わった夏毛は、もふもふというよりわさわさといった感じ。こっちの方が洗いやすくて助かるんだよなあ。
「ぐるる……」
「まだしばらくはシャンプーしないよ、安心しろ」
「くぅーん」
「現金なやつめ」
泥遊びとかしない限りはだけど、まあ雨季は終わったし、しばらくは雨が降ることも滅多になくなるようだから大丈夫か。
「スイくん、そんなところで横になってお行儀の悪い。そのまま寝ちゃったら風邪をひくわよ?」
……などと、考えていると。
お風呂からあがってきた母さんが、リビングへ入ってきた。
「母さんこそ、お酒飲みすぎないようにね」
「い、いいのよ。せっかくノアップがくれたんだから」
家へ帰る時、ノアから『
僕が身体を起こすと、グラスに注いだお酒と、胡麻豆腐の入った小鉢を携えてソファーへ座る母さん。
「これ、お酒に合うか試してみたかったのよね」
夕食の際に
白ワインではなく料理酒を使った、ノアの家で作ったものよりも日本料理っぽい胡麻豆腐。もちろん薬味は醤油——その上に、更に
「ああ……いいわね。やっぱりこれ、美味しいわ」
「気に入ってくれてなによりだよ」
胡麻豆腐をつまみにちびちびとグラスを傾ける母さん。幸せそうな顔をしている。
少しの間、待った——晩酌を楽しんでもらうために。
だけどそんな僕を見透かしたように、母さんはからりと氷を揺らし、言う。
「ねえスイくん。お母さんに、なにか話があるんじゃない?」
「ばれてたか」
「そんな顔をしてたわ」
くすりと悪戯っぽく笑う母さん。
「真面目な話?」
「たぶん」
「他に聞かれたくない話?」
「そうだね。だから部屋に戻らずここにいた」
幸い、ミントと遊び疲れたのかすぐに寝てしまっている。
僕は少し息を吐き、母さんに向き直る。
そして、そのことを切り出した。
「……カレンが昔、属性
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