こいつはちょっと反則でしょう
海は切り立った
僕みたいな二足歩行しかできない生物は——万が一に落ちても身体強化で大丈夫、だから下を見るな足を震わせるなしっかり歩いていけ。
ちなみに母さんとカレンはひょいひょいとジャンプしながらカモシカみたいに降りていった。待ってショコラ置いていかないでそっちじゃない僕と一緒にいて?
「わう」
「お前も駆けていきたかったのに、ごめんな……」
そんなこんなで降り立った海岸はそれなりに広い。片隅には漁師小屋が建てられていて、舟も
「変わった形の舟ですね」
「わたしたち、いつも、うみにもぐって、さかなをとる。このふねは、えものをおいておくもの」
話を聞くにラミアは泳ぎが得意で、尻尾をくねらせて海中で推進力を得るのだそうだ。舟はいわゆるカヌーみたいな形状だが、後部が大きく
人でたとえると、ビート板に
「みんなが
「普段はやや沖の方をうろついているが、かなり近くまで来ることがある」
ジ・リズが応える。身体がでかいので浜辺の半分くらいを占拠していた。
「とーちゃん、どうしておれたちを連れてきたんだ? 変異種が出てからは、危ないから海には行くなって言ってたのに」
「う、うう……こわい……」
彼の背中には
「お前たちは幼いとはいえ、
息子と娘へ、
——なにせ、僕がいる。
「スイ、あれ」
カレンが沖を指差しながら袖を引いてきた。
視線を向けると、目測で百メートルほど沖。
「鮫の背鰭だ。映画でお馴染みの光景だね」
「ぐるるる……」
ショコラが隣で身構えて唸っている。
つまり、ここからでも警戒が必要ということ。
その
「とーちゃん、こっちに来る……」
「あわ、わわ。お父さん、こわい!」
「ジ・リズさま、おにげください!」
「心配いらん。黙って見ておれ」
百メートルから七十メートル。
七十メートルから五十メートル。
五十から四十。四十から三十。そして——二十五メートル。
プールの端から端、くらいの距離まで到達した
頭部は
人喰いとして知られるホホジロザメによく似た顔をしている。ノコギリ状の牙を
だがその頭から続く首は、長い。
首長竜みたいに、あるいは蛇みたいに。もたげた頭は水面から高く突き出て、ぐにゃりと曲がって
首の繋がった胴体は、亀だ。
背中は甲羅の代わりなのか甲羅が変質したものなのか、
青黒く光る甲羅の中央からにょっきり突き出た背鰭がいっそ
そいつは最後に、頭だけではなく尻尾も海面に突き出してきた。
甲羅の場所から更に後方、鮫肌に覆われた艶消しの皮膚。蛇の形状でうねうねと
「ジ・リズの言った通りの化け物だね」
あのギリくまさんが熊と
「なんというか、そうだな……へびかめシャーク?」
「……スイは変異種に変な
つぶやいた僕にカレンが
「いや、だってどう呼べばいいのかわかんないじゃん、あいつら」
この前の
だとしたらこいつ、へびかめシャークも、相当に危険な魔物ということになる。
「スイくん、カレン。注意して」
母さんが険しい顔で、僕の隣まで出てきた。
「……来るわ」
そいつは攻撃を仕掛けてきた。
びししししぃ、と。
まるで空気がひび割れるような音とともに、変異種の頭上、周囲で水が氷結し始める。氷の塊、氷柱めいたものが次々と生成され始める。ひとつひとつが僕の腕ほどの大きさがあり、それが十数、いや、数十。
それらは尖った先端をこっちに向けていて、魔力が
「ひぃいっ!」
悲鳴はラミアさんか、あるいはふたりの子竜たちか。
少なくとも、僕ら家族とジ・リズは身じろぎさえしない。
ががががががががが——!
「この私を前に、氷とは
母さんが息子さえぞっとする声でつぶやく。
練られた魔力が熔岩のように母さんから噴出する。
砂浜に落ちる寸前、氷槍たちは紅蓮の炎に包まれた。そのままあっという間に水へと帰り、更には蒸発して煙と化していく。
「魚ごときが私を、私たちを試そうとしたの? ふざけてるわね。貴様も焼き尽くしてやろうか?」
頭上に灼熱の火球を浮かべ、変異種を睨み付ける母さん。
だけど相手が
「くだらない」
動いたのは——もうひとりの『魔女』だった。
カレンは一歩前に出、腕を軽く振る。水の魔術が彼女の眼前で展開され、水流が弧を描く。それは更に風を
「陸で私たちにちょっかいをかけるの? 舐めるな」
バチバチの殺気を
だけどカレンの魔術が氷柱を破壊した時にはもう、変異種の姿はどこにもない。
氷柱を射出するのと同時、水中に潜っていったのが見えた。
「ち、逃げたわね」
「ん、逃げた」
「母さん? カレン? なんで魚の挑発に乗ってるのさ……」
僕がジト目を送るとふたりは我に返り、あからさまにうろたえた。
「ち、違うのよスイくん? あいつが魚のくせに私たちをバカにしてるから、ちょっとわからせないといけないなって……」
「そう、私たちは悪くない。あいつが悪い。あの……なんだっけ、さめさめシャークが悪い」
「全部サメじゃん……ショコラを見習ってよ。冷静だったよ」
「わうっ!」
「……まあ、勢いあまって殺しちゃわなくてよかったよ。さすがに海中での爆発は止められないんでしょ?」
「そうね、悔しいけど……海の中で
「ん、私も同じ。『
「そっか、じゃあやっぱり僕がやるしかないね」
僕は深呼吸をしながら気合を入れて、腰の剣、その
「一応、作戦は考えた。今日のを見る限り、なんとかなると思う」
少なくとも攻撃力と防御力はこっちが遥かに
昆布とか魚介類とかももちろん欲しいけど、それ以上に——ラミアたちの平穏な暮らしと、あのかわいらしい子供たちの未来を、あんな化け物に奪われる訳にはいかない。
※※※
一方で。
戦いを終えたハタノ一家が談笑しているのを見ながら、ジ・リズは愛しい
「しかと見たな、我が雛たちよ。いいか? 変異種は恐ろしい存在だが、あの一家はこの世で最も心強い。だから案じるな、海のことは必ずやなんとかしてくれる」
ミネ・オルクも、ジ・ネスも、そして案内役のラミアも。
想像を遥かに超える魔導を目の当たりにし、感動と驚愕と、それから希望の光を
そして、
「それと——よくよく心に刻んでおけ。この世には、儂ら
三名は続けて、首をぶんぶんと縦に振った。
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