人の営みに触れて
ちょっと騒ぎになっちゃったので
街の外れ、
普通、
ジ・リズが礼儀正しかったのと、街の代表者が母さんと顔見知りだったのでなんとか事なきを得たが、そうでなかったら僕らは『
なお、ジ・リズは「騒がせてすまなかった!」と大音声で謝罪したのち、森へと帰っていった。飛び立つ前に母さんからしっかり
そしてその母さんはといえば、街の代表者と話があるとかで、彼らと一緒にどこか別の場所へ。代表者はふたり——両方とも
片方は
そしてもうひとりは後から慌てた調子で駆けつけた——赤ら顔で
そんなふたりに連れられていった母さんを反射的に心配しそうになったが、どうも様子がおかしい。ヤクザの親分みたいな人は直立して妙にかしこまっているし、盗賊とバイキングのハーフの方は、母さんを見るや慌てて駆け寄ってきて、隣の僕を見てなんだか驚いた顔をするのだ。
何事かを言いかけたバイキングと盗賊のハーフ——以降、盗キングさんと呼ぼう——は、
「久しぶりねベルデ」
母さんにぴしゃりと告げられた。
盗キングさんはベルデという名前らしい。
……せっかくつけた脳内ニックネーム、二秒でさようなら。
「事情は道すがら話すわ。ギルド支部長……クリシェさんだったかしら。ベルデとの同席もいいですか? 奇遇なことに古い知り合いなの」
「はい……いや、ああ、もちろんだ」
「では先遣隊隊長も呼んでください。
ヤクザの親分……じゃなかった、ギルド支部長はクリシェという名前のようだ。彼は母さんに「わかった」と頷くと、ベルデさんの背後でひょこひょこジャンプしながらこっちを窺っていた、なんだかギャルっぽい見た目の女の人をじろりと睨む。
「なんだ、ベルデと一緒だったのか、リラ。丁度いい。『
「えー、ウチ非番……」
「つべこべ言うな! ……なあ頼む、
後半は声をひそめての囁きだったけどごめんなさい。めっちゃ聞こえました。
ギャルに気を遣ってるふうだし、顔ほど怖い人ではないのかもしれない。
「了解です! そういうことならまかせんしゃい! あ、きみたち、ウチはリラ、冒険者ギルドシデラ支部のきゃわわな受付嬢だよ? 名前なんてーの?」
すごい、ギャルだ。
異世界にもいたのか、ギャルが。
ただ、日本のギャルとは絶妙になにかが違う。言葉遣いというか物腰というか、それぞれ独自進化を
「ねー、なんか失礼なこと考えてない?」
「あ、いえ考えてません!」
あぶない。顔に出てた。
「えっと。僕はスイ、こっちはカレン。それからこいつはショコラです」
「ん。よろしく」
「わう!」
「わお、わんこだ。きゃわっ。ショコラちゃんだっけ? よろしくねー」
腰をかがめ、手を伸ばしてきたリラさん。
しかしショコラはそれをすいっと
「え、だめなん……?」
「ごめんなさい、家族以外には懐かないんです」
「そっか。しょんぼり……」
めちゃくちゃ露骨にがっかりされると、少しかわいそ……、
「ま、いっか! じゃあ案内するし。ついてきて!」
いや切り替え早くない?
にこにこ笑うリラさんに、僕らは宿へと案内されたのだった。
※※※
『
街の中心部にほど近い場所にある、かなり大きな宿だった。
煉瓦造りの立派な三階建てに、店名の書かれた看板。なんと文字は普通に読めた。父さんの言ってた、世界の
扉を開け、ロビーに入る。奥のカウンターに受付があって、構造そのものは日本のビジネスホテルに近いと思う。
ロビーの天井に下がる煌びやかな照明装置を見上げつつ、リラさんは問うてくる。
「ここ、一泊三万ニブ以上するんよ。こんな宿に案内されるとか、おふたりさん、何者?」
「さあ……僕らにもなにがなんだか」
そもそも三万ニブがどのくらいの価値なのか全然わからない。カレンに尋いてみたいが彼女もたぶん答えられない。何故なら日本円という基準を持っているのは、この世界で僕ひとりなのだから。
「うーん、どっかの貴族さまには見えんし……」
リラさんは僕らの周りをぐるぐるしながら観察するように見詰めてくる。
「えっと、この格好、なにか変かな」
僕が着ているのは、母さんが持ち込んでくれた異世界の服だ。その上からあっちの——メイドインジャパンのウインドブレーカーを羽織っている。
家の物置にあった姿見で確認はしたし、カレンにも見てもらったけど、「似合ってる」と言ってくれたし、そんなに奇矯なものではないはず。
ただ、ベルトに剣の鞘を固定する金具がデフォで付いていたのにはちょっと驚いた。この世界では剣を提げるのがそれほどありふれたことなんだ、って。
そういうわけで魔剣リディルは僕の腰にある。紐で括って背負っていた時はなにも思わなかったが、帯剣している自分がコスプレみたいでちょっと気恥ずかしい。
と、ぐるぐる回るリラさんの足が不意に正面で止まった。
ぎょっとして——、
「え!? ちょっと待って。全然気付かなかったけど、あんたの目……」
「ん、そこまで」
顔を覗き込もうとしてきた彼女を遮ったのはカレンだった。
僕の前に立ち、無表情でリラさんに言う。
「詮索するのがあなたの仕事なの?」
「ちげーし! いや……ごめん。ちょっといろいろあってさ、
しどろもどろになるリラさん。きっとカレンを怒らせたのだと思ったのだろう。
ただ実のところ、カレンは別に怒っていない。そもそもこの
「ごめん、ほんとごめんね。必要以上に踏み込むつもりはなかったんよ。ちょっと距離を間違えちゃって、だから……」
いや、別に僕もカレンも怒ってるわけじゃ。
そう言おうとして口を開きかけた僕の背中から、野太い声があった。
「まあ、そういうことだ」
振り返ると、そこには先ほど、街に降り立った時に見た大男が立っていた。
僕が盗キングと脳内でニックネームを付け、その二秒後にベルデという名を知った人。母さんの古い知り合いらしいおじさんだった。
腕も胴体も胸板も脚もすべてが太くごつく、無精髭をまぶした顔はめちゃくちゃ
おじさん——ベルデさんは、頭をぼりぼりと掻きながら僕らへ頭を下げる。
「すまん。リラちゃんは俺の代わりにお前たちのことを調べようとしてくれたんだよ。だからこの子は悪くねえ。悪いのはくだらんことを気にしてた俺だ。というか……その辺りの諸々は、今しがた
姐御って誰だろう。
もしかして母さんのこと……?
「その、うちの母のお知り合い、なんですよね」
「ああ、そうだ。この街に根付いてる冒険者のベルデっていう。お前の両親とは昔、別の街で世話になったことがあってな」
母さんだけじゃなくて、父さんとも?
僕が首を傾げる前に。
ベルデさんはその巨体を
そうして僕の頭に手を乗せ、さっきリラさんがそうしたみたいに——僕の顔を覗き込んだ。
「ああ……あの人と同じ。いや、あの人よりも深くて純粋な
ベルデさんは嬉しそうに、その凶悪な面構えをくしゃりとさせる。
凶悪なくせにやけに人好きのする、気を許してしまいそうな穏やかさで。
彼は、笑った。
「よく来てくれたな、カズテルさんの息子よ。ようこそ、前線街シデラへ」
———————————————————
スイくんと同年代の女の子(異世界ギャルもどき)が出てきましたが、ハーレム展開はありません。いやタグつけてないので付記することもないかなとは思ったのですが、一応……。
ギャルもどきには既に好きな人がちゃんといまして、その辺の話は後々で、もし機会があればおいおい。
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