人の営みに触れて

ちょっと騒ぎになっちゃったので

 街の外れ、塁壁るいへきへだてた森の反対側にある空き地に着陸許可が降りた。


 普通、竜族ドラゴンは深山幽谷にんでいて、人前には滅多に姿を現さないものらしい。そのためシデラの街はちょっとした騒ぎに陥ってしまった。


 ジ・リズが礼儀正しかったのと、街の代表者が母さんと顔見知りだったのでなんとか事なきを得たが、そうでなかったら僕らは『うろの森』から飛んできた謎の蛮族である。衛兵たちが槍を投げてこなくて本当によかった。


 なお、ジ・リズは「騒がせてすまなかった!」と大音声で謝罪したのち、森へと帰っていった。飛び立つ前に母さんからしっかり通信水晶クリスタルを渡されていたので、家に戻ったら一度、遊びに来てもらおう。なにかお礼をしなきゃ。


 そしてその母さんはといえば、街の代表者と話があるとかで、彼らと一緒にどこか別の場所へ。代表者はふたり——両方とも強面こわもてのおじさんだった。

 

 片方は任侠にんきょう映画に出てきそうな、凄みと威厳いげんのある壮年男性。塁壁の上で待機する僕らのもとへ、真っ先に駆けつけてきた人だ。


 そしてもうひとりは後から慌てた調子で駆けつけた——赤ら顔で髭面ひげづらの、筋骨隆々とした、なんというか盗賊の親玉みたいな中年男性。盗賊とバイキングを足して二で割ったみたいな風貌で、正直なところめちゃくちゃびびった。


 そんなふたりに連れられていった母さんを反射的に心配しそうになったが、どうも様子がおかしい。ヤクザの親分みたいな人は直立して妙にかしこまっているし、盗賊とバイキングのハーフの方は、母さんを見るや慌てて駆け寄ってきて、隣の僕を見てなんだか驚いた顔をするのだ。


 何事かを言いかけたバイキングと盗賊のハーフ——以降、盗キングさんと呼ぼう——は、


「久しぶりねベルデ」

 母さんにぴしゃりと告げられた。


 盗キングさんはベルデという名前らしい。

 ……せっかくつけた脳内ニックネーム、二秒でさようなら。


「事情は道すがら話すわ。ギルド支部長……クリシェさんだったかしら。ベルデとの同席もいいですか? 奇遇なことに古い知り合いなの」

「はい……いや、ああ、もちろんだ」

「では先遣隊隊長も呼んでください。仔細しさいを説明します。その間、この子たちを先に宿へ案内してもらえる?」


 ヤクザの親分……じゃなかった、ギルド支部長はクリシェという名前のようだ。彼は母さんに「わかった」と頷くと、ベルデさんの背後でひょこひょこジャンプしながらこっちを窺っていた、なんだかギャルっぽい見た目の女の人をじろりと睨む。


「なんだ、ベルデと一緒だったのか、リラ。丁度いい。『かし向日葵ひまわり亭』まで彼らを案内しろ」

「えー、ウチ非番……」

「つべこべ言うな! ……なあ頼む、賓客ひんきゃくなんだ。こんな若い子らをうちの衛兵なんかには任せられん。特別手当は出す」


 後半は声をひそめての囁きだったけどごめんなさい。めっちゃ聞こえました。

 ギャルに気を遣ってるふうだし、顔ほど怖い人ではないのかもしれない。


「了解です! そういうことならまかせんしゃい! あ、きみたち、ウチはリラ、冒険者ギルドシデラ支部のきゃわわな受付嬢だよ? 名前なんてーの?」


 すごい、ギャルだ。

 異世界にもいたのか、ギャルが。


 ただ、日本のギャルとは絶妙になにかが違う。言葉遣いというか物腰というか、それぞれ独自進化を辿たどった結果たまたま似ました、みたいな。モグラとオケラの収斂進化しゅうれんしんかみたいな……。


「ねー、なんか失礼なこと考えてない?」

「あ、いえ考えてません!」


 あぶない。顔に出てた。


「えっと。僕はスイ、こっちはカレン。それからこいつはショコラです」

「ん。よろしく」

「わう!」


「わお、わんこだ。きゃわっ。ショコラちゃんだっけ? よろしくねー」


 腰をかがめ、手を伸ばしてきたリラさん。

 しかしショコラはそれをすいっとかわし、カレンの背後に隠れる。


「え、だめなん……?」

「ごめんなさい、家族以外には懐かないんです」

「そっか。しょんぼり……」


 めちゃくちゃ露骨にがっかりされると、少しかわいそ……、


「ま、いっか! じゃあ案内するし。ついてきて!」


 いや切り替え早くない?

 にこにこ笑うリラさんに、僕らは宿へと案内されたのだった。



※※※



かし向日葵ひまわり亭』は、歩いて二十分ほど。

 街の中心部にほど近い場所にある、かなり大きな宿だった。


 煉瓦造りの立派な三階建てに、店名の書かれた看板。なんと文字は普通に読めた。父さんの言ってた、世界の辻褄つじつまを合わせる力——『修正リペイント』だっけか。初めて見る文字のはずなのに頭の中には既にある……みたいな妙な気分である。


 扉を開け、ロビーに入る。奥のカウンターに受付があって、構造そのものは日本のビジネスホテルに近いと思う。


 ロビーの天井に下がる煌びやかな照明装置を見上げつつ、リラさんは問うてくる。


「ここ、一泊三万ニブ以上するんよ。こんな宿に案内されるとか、おふたりさん、何者?」

「さあ……僕らにもなにがなんだか」


 そもそも三万ニブがどのくらいの価値なのか全然わからない。カレンに尋いてみたいが彼女もたぶん答えられない。何故なら日本円という基準を持っているのは、この世界で僕ひとりなのだから。


「うーん、どっかの貴族さまには見えんし……」


 リラさんは僕らの周りをぐるぐるしながら観察するように見詰めてくる。


「えっと、この格好、なにか変かな」


 僕が着ているのは、母さんが持ち込んでくれた異世界の服だ。その上からあっちの——メイドインジャパンのウインドブレーカーを羽織っている。

 家の物置にあった姿見で確認はしたし、カレンにも見てもらったけど、「似合ってる」と言ってくれたし、そんなに奇矯なものではないはず。


 ただ、ベルトに剣の鞘を固定する金具がデフォで付いていたのにはちょっと驚いた。この世界では剣を提げるのがそれほどありふれたことなんだ、って。


 そういうわけで魔剣リディルは僕の腰にある。紐で括って背負っていた時はなにも思わなかったが、帯剣している自分がコスプレみたいでちょっと気恥ずかしい。


 と、ぐるぐる回るリラさんの足が不意に正面で止まった。

 ぎょっとして——、


「え!? ちょっと待って。全然気付かなかったけど、あんたの目……」

「ん、そこまで」


 顔を覗き込もうとしてきた彼女を遮ったのはカレンだった。

 僕の前に立ち、無表情でリラさんに言う。


「詮索するのがあなたの仕事なの?」

「ちげーし! いや……ごめん。ちょっといろいろあってさ、他所よそから来たあんたらのこと、気になっちゃうっていうか、気にしちゃうっていうか」


 しどろもどろになるリラさん。きっとカレンを怒らせたのだと思ったのだろう。


 ただ実のところ、カレンは別に怒っていない。そもそもこのは表情の変化に乏しくて、感情が読みにくいのだ。僕も記憶を思い出すまでは少し戸惑った。


「ごめん、ほんとごめんね。必要以上に踏み込むつもりはなかったんよ。ちょっと距離を間違えちゃって、だから……」


 いや、別に僕もカレンも怒ってるわけじゃ。

 そう言おうとして口を開きかけた僕の背中から、野太い声があった。


「まあ、そういうことだ」


 振り返ると、そこには先ほど、街に降り立った時に見た大男が立っていた。


 僕が盗キングと脳内でニックネームを付け、その二秒後にベルデという名を知った人。母さんの古い知り合いらしいおじさんだった。


 腕も胴体も胸板も脚もすべてが太くごつく、無精髭をまぶした顔はめちゃくちゃいかつい。胸や肩が革で覆われた冒険者風の服装で、印象はとにかく荒っぽそう。やっぱり盗賊とバイキングのハーフとかにしか見えない。


 おじさん——ベルデさんは、頭をぼりぼりと掻きながら僕らへ頭を下げる。


「すまん。リラちゃんは俺の代わりにお前たちのことを調べようとしてくれたんだよ。だからこの子は悪くねえ。悪いのはを気にしてた俺だ。というか……その辺りの諸々は、今しがた姐御あねごに聞いて全部解決したから、もういいんだ」


 姐御って誰だろう。

 もしかして母さんのこと……?


「その、うちの母のお知り合い、なんですよね」

「ああ、そうだ。この街に根付いてる冒険者のベルデっていう。お前の両親とは昔、別の街で世話になったことがあってな」


 母さんだけじゃなくて、父さんとも?

 僕が首を傾げる前に。


 ベルデさんはその巨体をかがませると、僕と視線の高さを合わせる。

 そうして僕の頭に手を乗せ、さっきリラさんがそうしたみたいに——僕の顔を覗き込んだ。


「ああ……あの人と同じ。いや、あの人よりも深くて純粋な黒瞳こくとうだ」


 ベルデさんは嬉しそうに、その凶悪な面構えをくしゃりとさせる。

 凶悪なくせにやけに人好きのする、気を許してしまいそうな穏やかさで。


 彼は、笑った。




「よく来てくれたな、カズテルさんの息子よ。ようこそ、前線街シデラへ」




———————————————————

 スイくんと同年代の女の子(異世界ギャルもどき)が出てきましたが、ハーレム展開はありません。いやタグつけてないので付記することもないかなとは思ったのですが、一応……。

 ギャルもどきには既に好きな人がちゃんといまして、その辺の話は後々で、もし機会があればおいおい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る