インタールード - 北東グレゴルム地方:前線街シデラ

 月が変わって四日、シデラの喧騒けんそうはいつもよりやや増している。というのも、少し前から街はずれの一画で他所者よそものたちが集まって、なにやら物資を運び入れているのだ。


 シデラで暮らす冒険者のひとり——ベルデ=ジャングラーは、そのことに幾分いくぶんか苛立っていた。


「ありゃあ、王都から来た連中だろ? 街角の倉庫を占拠していったいなにやってんだ」


 陽が傾き始めた昼下がり。

 いつもの酒場で焼き鳥をさかな麦芽酒エールをかっ食らいながら、仲間たちにくだをまく。


「知らん。というか、あんたが知らんのなら俺たちが知るわけもないだろ。ってか逆に言やあ、一級冒険者の耳にも入ってこないような機密ってことじゃないのか?」

「一級ったって俺ぁ腕っぷしだけの暴力馬鹿だ。クリシェギルマスはなんも教えちゃくれねえよ。どうなんだ、リラちゃんよ」


「えー、ウチも知らんし。末端の受付嬢に情報流れてくるわけないっしょ? それならノビィウームのおっちゃんとかどうなん? なんか武器の発注とか受けてないの」

阿呆あほう。依頼主の情報をぺらぺらくっちゃべってたまるか。火酒ヴートカを瓶で開けたあとでも言わんわ」


「あら、ということは情報を持ってらっしゃるってこと?」

「カカカカ! それが、。残念ながらなーんも依頼は入っちゃおらん。短刀のひとつも買いにきてはくれん」

「情報ってんならトモエこそだろ。雲雀亭ひばりていへ茶ぁ飲みに、あの辺の奴らが来るんじゃないのか?」


「いらしてはくださるけど、わたくしお客さまの話に聞き耳をたてるほど下品ではありませんもの。みながみな、斥候スカウトのあなたと同じと思わないでくださいまし、シュナイさん」

「お前ほんと、蒸留酒ウイスキーグビグビ飲みながらお上品ぶってんじゃねえよ……常連が見たら泣くぞ」

「うっせえですわね!」

 

 ベルデの飲み仲間は山ほどいるが、特に気が合い、かつよく集まるのがこの四人——ベルデ自身を含めての五人だ。


 顔ぶれは実に雑多である。


 ベルデの冒険者仲間である若い男に始まり、ギルドのちゃらちゃらした受付嬢、豪快な性格をしたドワーフの鍛冶屋、果ては顔だけはいい喫茶店の看板娘。年齢もばらばらなら性格も趣味も違う。が、集まれば何故か居心地がよかった。


 こういう面子メンツ和気藹々わきあいあいと酒を酌み交わしているのも、ひとえにベルデの人徳によるものなのだが——それを指摘すると本人は「けっ」と筋骨隆々とした腕で頬杖を突き、無精髭に囲まれた唇を歪めるのみである。


 ともあれ、飲み仲間がこうして集まっても、他所者についての手がかりはさっぱり得られない。


「まーでもさー、人とか物の出入りが多いの、ここじゃ今更じゃね?」

「王都からってのが気に入らんのだろ、ワシらの大将は」

「誰が大将だよ。……まあ、それは認める。この前線街ぜんせんがいは俺たちの場所だ。王都の連中はいまだにシデラを村呼ばわりしやがる。気に入らねえだろ、実際」


 ソルクス王国の行政区分において、男爵以上の貴族が統治していない集落は人口や規模に関わらず『村』と定義される。ゆえにここシデラも、実態はどうあれ正式名称は『シデラ村』なのだ。


 それが気に入らない住民たち、特に根付きの冒険者連中などは、シデラのことを『前線街』と呼ぶ。


 シデラ前線街——世界に三つしかない『神威しんい煮凝にこごり』がひとつである『うろの森』の攻略拠点としての矜持きょうじをもって。


 ただもちろん、『村』だからといって王都の人々がここを見下している訳ではない。単に区分がそうだからそう呼んでいる、というだけのことで、実際にシデラを目にした者たちは、ここを村だなどとは欠片も思わないだろう。


 眼前に広がる森を長大な塁壁るいへきで阻み、冒険者ギルドを中心に作られた建物群は、宿屋をはじめ武器屋に魔導具屋、喫茶店に飲食店、屋台の並んだ大通り、服飾店に雑貨店、果ては酒場に娼館まで。更に外側には商会や民家も集まり、街並みは猥雑わいざつとしているがどこの地方都市よりも活気がある。


 最先端の技術が研究される王都には及ばないものの、戦いの現場という観点では、も決して負けるものではない——ここに来たものは誰であろうと、よもや王国の果てたる辺境にこんな街がと圧倒されるはずだ。


「なんのこたぁねえ、ひがみと八つ当たりなんだよ、結局は」


 自嘲しながら木樽杯ジョッキを傾けるベルデ。

 そんな彼の様子に飲み仲間たちも苦笑した。


 ベルデが慕われている理由のひとつに、この素直さがある。


 でかい図体といかつい面構えにまったく似合わないことだが、ベルデ=ジャングラーという男は自己分析に長け、己の悪いところは悪いとはっきり言える謙虚さを持ち合わせていた。


「最前線でございとうたっちゃいるが、実際は『虚の森』をろくに攻略もできてねえ——そんな俺自身への不甲斐なさが、王都の連中を目障りに思わせてんのさ」


 ただ謙虚さは時折、弱気となる。それもまた愛嬌ではあるものの、シデラきっての腕っこきであるベルデの吐く後ろ向きな愚痴に、その場の面々は肩をすくめた。


「なに言ってんだ大将、あんたはこの街ができて以来、最も奥深くまで小隊を進めさせた男じゃないか」

「それだって中層部の範疇だろ。深奥部は遠い」

「阿呆が! お前さんの持ち帰った素材を喜んで加工しとるうちの若いのどもに謝れ!」

「いやまあ実際、俺らは……俺はよくやってると思うぜ。中層部での大規模な採取行動が継続できてんだから。なによりまだ、小隊から死人を出してねえことよ。指揮してる俺はこれを大いに誇りに思ってる」


「もう。だったらぐちぐち言ってんなし」

「ただ、考えちまうんだよ。もう充分なのか、まだまだじゃねえのかって。に会えた時、俺は胸を張って、俺はこんなにでかくなったぞって言えるのかってな」


 どん、とジョッキを卓に叩き付けるベルデに、その場の全員が溜息をいた。


「また出たよ、大将の恩人の話が……」

「あなたがお若い頃、道を示してくださったという方でしょう? もうみなさん知ってるから、改めてお話にならなくていいのですよ?」

「ウチ、お花摘みに行ってきていい? 具体的にはこの話が終わるまでー」

「まあ、ワシは酒次第だ」


 みなベルデのことを慕ってはいるが、この『恩人』のことは聞き飽きている。彼が酔うと必ず始める思い出話だからだ。しかも、こうなると長い。


「だいたい、いま何時だと思ってんだ。まだ夕方だぞ? 今日は休みだからって、昼間っから飲んでんだぞ? 今から大将がその話おっ始めたら、せっかくの夜が潰れちまうじゃねえか」

「同感ー。せっかくの早番だったし、ウチはそろそろ帰ってのんびりしたいなーって。お酒飲んでから家に帰ってもまだ夕方とか最っ高なんよ」

「わたくしも明日のお菓子の仕込みがありますので、早く帰りたいところですわ」

「ワシは夜を徹しても構わんぞ。話を聞いてやる。代わりに酒樽ごと提供せい」


「お前らなあ……」


 全員が口々になじってくるのに、ベルデは顔をしかめる。

 ただ一方で、『恩人』の話をやめるつもりは毛頭ない。


「いいか? あの人は、俺だけじゃなくてお前ら全員の指針となり得る、そういう立派なお人なんだよ。そもそもあの、国崩しなんて言われてた凶暴な、てんれ……」

「おい、ベルデさんは来てるか!?」


 しかし、仲間たちの苦情を無視して話を始めかけた矢先。

 酒場の扉が大きく開き、若い冒険者がひとり、大声で自分の名前を怒鳴ってくる。


「なんだゴッツ、騒々しい!」

「ギルマスにも報せが走ってんだけど、ベルデさん、あんたも来てもらった方がいいと思って……いち大事なんだよ!」


 叫ぶ冒険者——ゴッツの表情に、ベルデは瞬時に酔いを覚ます。

 普段、森の中で大勢の命を預かる者の顔を表に出し、


「どうした? 魔物の群れでも押し寄せてきたのか?」


 立ち上がって続きを促す。

 ゴッツはぜえぜえと息を切らしつつ、半ば咳き込みながら深呼吸して、逆に力が入り過ぎたのだろう——酒場じゅうに響く声で、告げる。


 その言葉に、誰もが言葉を失った。





竜族ドラゴンだ! 街の塁壁に竜が止まってて、着陸の許可を求めてる!」

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