みんなでお茶でも飲みましょう

 ベルデ=ジャングラーさん。

 一級冒険者で、この街の冒険者たちのまとめ役みたいな人。


 彼はどうやら父さんと母さんの古い知り合いらしく——息子の僕にひと目会いたくて、母さんからことの経緯を聞くや否やきびすを返してこっちに合流してきたそうだ。


 で、現在。


かし向日葵ひまわり亭』のロビーに併設された喫茶店で、何故か僕らは一緒にお茶を飲んでいた。

 しかもベルデさんに呼ばれてきた、彼の飲み仲間だという四人とともに。


「ね、スイ」


 隣に座ったカレンが僕に身を寄せて、そっと囁いてくる。


「この人たち、その……お酒が入ってる」

「しっ、言っちゃいけません」

「微妙に呂律も回ってない気がする」

「気付かないフリをしておきなさい」


 昼間っから全身に酒くささをまとわせている大人たちに、未成年の僕らができることはない。ただ黙って話を聞き、語られる人生に相槌を打つのみだ。


 ……あ、カレンって僕のふたつ上だし、もう未成年じゃないのかな。お酒とか飲むのかな。

 まあいいや、とにかくこのはこっち側です。あんな駄目な大人たちと同じ箱に入れさせてはなるものか。


「若え頃の俺はよ、ここよりも遥か西、ビーン地方にいてな。お前の親父さんが住んでた街のあるとこだ。でもってまあ、イキり散らしてたバカだったんだ」


 ベルデさんがティーカップを傾けながら、しみじみと語るのは父さんとの出会いである。プロレスラーもかくやの筋骨隆々とした巨体なのに、その仕草は繊細で品があった——顔は酒で赤いけど。


「己の腕を過信して、自分より弱え奴を見下して、お山の大将を気取って悦に入る、ほんとくだらねえ奴でな……それであの日も、ギルドに入ってきたお前の親父さんに難癖をつけた。見るからに優男やさおとこで、冒険者なんかつとまりそうにねえ、ひょろっとした奴だった。なのに隣には別嬪べっぴんを連れててな。まあ……気に食わなかったんだ」


「それがこの大将、絡んでいった癖に手も足も出ず、挙句は無様にとっちめられたらしいんだわ。で、仕返ししてやろうと思ってこっそり後をつけてたら……」


 だがそんなベルデさんへ横槍を入れてきたのは、彼の冒険者仲間だというシュナイさん。どこか世を斜めに見たような顔つきの、けれどひねた笑顔が意外に人懐こい、痩身そうしんの男性だ。


 シュナイさんを皮切りにして、仲間たちが次々とベルデさんの身の上話を引き継ぐ。ベルデさんを押し除けるようにして、強引に。


「運がねえか、それともバチが当たったんかのう。二角獣バイコーンの群れと出くわしちまったって訳よ、こいつは」


 シュナイさんに続いたのはノビィウームさん。背の低い割にがっしりした体格、ZZトップみたいな髭を生やした彼はなんとドワーフらしい。

 すごいぞドワーフ、まさか実在したなんて。やっぱり鍛冶とかしてるのかな。酔っ払っているのもドワーフなら許す。


二角獣バイコーンってーのはね、討伐等級、さん。単体同士だと三級冒険者以上じゃないとあぶねー奴。で、これが群れだったら三段階上がるから、複数の一級冒険者に依頼いくようなやばやば事案なんよ」


 軽い口調に比して流暢に魔物のデータを語るのは、僕らを宿まで案内してくれたリラさん。冒険者ギルドの受付嬢である彼女は実はけっこう優秀らしい。ギャルなのに。

 でも、この子だけほとんどお酒を飲んでいないのでギャルはギャルでもえらいギャルだと思います。


「ああ、おまけになんということでしょう……当時のベルデさんは三級に上がったばかり。一人前の冒険者とはいえ、バイコーンなどに襲われたら当然、敵うわけもありません。追われてぼろぼろに追い詰められてしまったのです」


 トモエさんは儚げな美女で、穏やかな声に上品な口調のおっとりした人だ。シデラでも有名な喫茶店(もちろんこの店ではない)の看板娘とのこと。

 だが、どうも言葉の端々に棘というか、猫をかぶっているような空気を感じる。なにより、この人が一堂の中で飛び抜けてお酒くさい。ぜったいにだまされないぞ。


 そんな彼ら彼女らは楽しげに、ベルデさんの身の上話を語って聞かせてくれる。


「そしてそれを救ったのが、まさに大将がとっちめようとしていた優男ってわけよ」

「まさに一閃、電光石火。バイコーンを次々に斬り伏せていき!」

「ついでに、情けなくボロ雑巾になっちったベルデのおじさんを介抱してえ」

「最寄りの街まで連れ帰ってくれた、というのがことの顛末てんまつですわ」


「お前らはなんでそうやって人の話の腰を折るんだよ……」


 自分が話そうとしていたことをすべて代弁されてしまったベルデさんはうんざりした顔で溜息を吐く。だけどその唇はかすかに微笑んでいた。


「ありがとうございます、ベルデさん」


 だから僕は、彼に頭を下げる。


「ん? なんでお前が俺に礼を言うんだ? 俺の方がお前の親父さんに世話になったんだぞ」

「だってその話……父さんのこと。お友達の皆さんが暗記してしまうほど、何度も何度も話してくれていたんですよね」


 二十年以上前の出来事だと聞いた。なのに未だにこうして覚えてくれている。

 彼にとっては恥になる、情けない黒歴史だろう。なのにこんなに誇らしげに、嬉しそうな顔で。


「僕は父さんがこっちの世界でどんなふうに生きてきたのか、よく知りません。こっちで暮らしていた時も、冒険者としての顔は僕ら子供に見せてくれませんでしたから。だから、こうして知れて嬉しいです。ね、カレン」

「ん。私からも感謝を。おじさまの若い頃のこと、私もよくは知らない。教えてくれて嬉しい」


「なんだよおい、そいつは……馬鹿野郎が」


 ベルデさんは僕とカレンに小さな声で毒づくと、そっぽを向いて肩を震わせた。

 仲間たちが次々と——そんなベルデさんの肩を叩いたり、頭をがしがしを押さえたりし始める。


 僕は思う。

 ああ、この人たちは、いい人だ。


 ジ・リズといい彼らといい、異世界に来てからこっち、僕は出会いに恵まれている。そしてそれは誰も彼もが図らずも、父さんの繋いだ縁によるものだ。


 ありがたくもあるけど、同時に少し情けなくもある。

 

 だって僕はまだ、なにかを成し遂げたこともない十八のガキだ。

 こっちに来てからはもちろん、あっちにいた頃もただ漫然と生きてきたに過ぎない。なのに、ただ父さんの——カズテル=ハタノの息子だというだけで、いろんな人によくしてもらっている。


 だったらあの人の息子として、僕はなにができるんだろう。

 いや——スイ=ハタノとして、僕にできることはあるのだろうか。


「くーん」

「っと、どうした?」


 足元で寝そべってじっとしていたショコラが不意に、短い鳴き声をあげる。

 視線の先を見れば宿のロビー入り口、母さんが扉を開けて中に入ってこようとしていた。


「わうっ!」


 ショコラが控えめにひと吠えし、起きあがって母さんへ駆けだしていった。僕らがベルデさんの話を聞いてたから、退屈だったのかも知れない。


「ごめんな」


 母さんに飛びかかっていくショコラへ短く謝りながら、だけど一方で——テーブルを挟んでやいのやいのと騒いでいるベルデさんたちに、羨望を覚える自分がいる。


 僕の知らない父さんの思い出を楽しそうに語る彼らが、羨ましかったのか。

 あるいは、誇らしげに語られる父さんが羨ましかったのか。


 ——こういうこと、考えちゃう自分が嫌だな。

 僕は誤魔化すように、ティーカップの中に残っているお茶を一気に飲み干す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る