ありふれたひとのはなし
「……最初の手がかりは、
僕は語る。
彼ら妖精たちに——彼らの過去、二千年の永遠が始まる、更にその前のことを。
「一見して、妖精王……王さまらしい格好です。細かな装飾が豪華で、すごく似合ってる。でも僕には、既視感がありました。どこかで見たことあるな、って」
それに対し、彼らは無言だ。
ただ静かに、まっすぐに。
正面から僕の言葉を、受け止めてくれている。
だから、そのまま続ける。
「次に引っかかったのは『
そして——、
「決定的だったのは、
気付けたのは、僕だけだ。
母さんやカレンには絶対に無理だ。可能性があるとするなら僕のほかには父さんだけだろう。
「
「城の外に植えられた花たち。春夏秋冬のものが一斉に咲いていることに驚いたけど、よくよく考えたらおかしいんです。桜、藤、紫陽花、桔梗。彼岸花、菊、椿、水仙……どれもこれも、日本に生えている花ばかりだ。
なによりも、桜だ。
僕の見立てが正しいなら、あの並木道に生えていた桜は、ソメイヨシノだと思う。
ソメイヨシノは日本——江戸時代に、人為交配によって生み出された種で、受粉しても種子ができない。だから接木によって殖えるしかなく、日本に植えられているソメイヨシノはすべて同一個体、クローンだというのは有名な話である。
つまりあの桜は本来、異世界にあるはずがない。
「更に言うなら、歓迎の際に出してもらった果物や野菜にも、
僕は深く息を吐く。
目の前にいるふたり、
ああ——どうしても他人とは思えない。
だって彼らは、僕らだ。
ひょっとしたらあり得たかもしれない、僕らなんだ。
「あなたたちは二千年前、この世界に転移してきた。境界
思わず、足元。
愛犬の——ショコラの頭を撫でる。
「わふっ?」
どうしたの、ときょとんとするショコラ。
僕は返事をしないまま、わしわしと情動のままに手を動かす。
「こっちの世界に戻ってくるまで、僕はこいつのことをシベリアンハスキーの雑種だと思ってた。
「くぅーん?」
僕の膝に前脚を乗せて甘えてくるショコラ。
どこか心配げなのはきっと、僕の心中を察してくれているからだ。
「
苦渋の決断だっただろう。
子供たちの命と、愛犬との別れ。
理屈としてどっちを取るかは迷うべきじゃないにせよ、感情として天秤にかけられるようなものじゃない。
僕だったら——僕は——ああ、くそっ。
こいつと離れ離れになるなんて、きっと耐えられない。
「シベリアンハスキーは、その後、この世界で強く生きた。
「わふ! きゅー……」
愛犬と、友人たちと、あるいは家族とも別れて。
人じゃないものに変貌し、世界の隙間に落っこちてしまって。
それでも。
彼らは二千年を経てもなお、かつての残滓を持ち続けている。日本人だった名残を持っている。
たぶん——妖精に変化する時、かつての記憶が作用したんだろう。
学生服。彼らが青春を過ごした時に着ていた、思い出の衣服を再現した。
四季折々の花と果実。彼らが日本にいた時に親しんでいたものたちを、無意識に創造した。
『妖精』の姿。地球のメルヘンに出てくるその
そして——自分たちの名前を、改変した。
『
『
『
世界の『
彼らの名前は、どれもこれも日本語なんだ。
けれど日本で過ごした頃の記憶は、心は、すでに彼方へ失われて。
意味を置き去りに、ただ形だけが二千年間、在り続けている。
「……このことをお話ししたのは、僕のエゴです」
いまさら、思い出せなくてもいい。
失った意味が取り戻せなくてもいい。
「あなたたちに、知ってもらいたかった。あなたたちに、人の世界から持ってきたものがあることを。失ってもなお、残っているものがあることを。忘れてしまおうとも、あなたたちが生きていた証はあることを。僕らと……僕と、なにも変わらないんだってことを」
正確に言うなら、僕は日本人じゃない。こっちで生まれてあっちに飛ばされ、そうしてまた戻ってきただけの、異世界人だ。
だけど——覚えている。
日本で過ごした日々のことを。
桜の下を通って学校に通い、傘を差しながら紫陽花の横を通り過ぎ、彼岸花の咲き乱れる土手を走り、椿の木に積もる雪を眺めたあの暮らしを。
デザートに旬の果物を食べ、四季折々に心を巡らせた、懐かしい生活を——。
「……そうか」
そして、ふたりの妖精は。
「正直なところ、きみの話を聞いてもいまいちピンと来ない。こことは別の世界のことも、日本という国のことも、ぼんやりと雲を掴むようさ。でも……ひとつだけ。ひとつだけ、思い出したことがある。……未練だ」
遠くを見遣るように、思いを馳せるように。
「ぼくと
「わたしも思い出したわ、同じことを。……そっか、よかった」
「うん、よかった」
互いを見詰め合い、彼らは笑う。
「少しだけ、欠片だけだけど。わたしたち——あの子たちに、生まれ故郷を見せてあげられていたのね」
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