インタールード - 王都ソルクス城:国王執務室
ソルクス王国は広大な領土を持つ世界有数の国家で、その面積は大陸のおよそ三分の一を占める。ただ、その更に四分の一は前人未到の代名詞たる『
とはいえ国力に関しては随一であり、大陸国家群の
さて、そんなソルクス王国の現国王たる、シャップス=デル=ディ=ソルクスである。
歳の頃は四十半ば、王家の血筋による高い魔力で見かけ上の若さは維持しているが、どうにも風采がぱっとしない。常にぽわぽわと呑気な顔で、穏やかで親しみやすいと言えば聞こえはいいものの、
ただし、その隣に
国王と同様の若さと美貌を保つ彼女の名は、ファウンティア=デル=リィ=シエーラ=ソルクス。
シエーラ侯爵家の令嬢であった彼女は国王シャップスの幼馴染であり、婚約者時代から常にシャップスを
つまり有り体に言うと、王は王妃の尻に敷かれていた。
とはいえ王が王妃の
かつて、王太子を
両親に対してそれであったのだから、
王はそんな王妃を深く信頼し、尻に敷かれていようと意に介さず、小人物たる自分を大きく見せることもせず、
さて、そんな国王夫婦であるが。
先だって北東グレゴルム地方——シデラ村から届いた報せは、彼らの執務室を騒がせることとなった。
※※※
「えー、まとめますよ。冒険者
国王夫妻の執務室にて、羊皮紙を片手に報告をするのは彼らの右腕、若き
「変異種の死骸が人の手元に残るのは、歴史上でも数例しか報告がありません。たいへん貴重な
「……うん、なんかすごいのはわかったけど、どうすごいのかはさっぱりである」
シャップスはあっけらかんと肩をすくめてみせた。国王としての威厳などどこかへ放り出した態度だが、いつものことなので王妃も宰相もなにも言わない。
「まあ、専門的なことは専門家に任せておきましょう。それよりもエイデル、あなたの言う通り、気になるのは……」
「『
「正確には、あの一家よ。……ついに、ひとり増えましたね」
王妃と宰相は揃って溜息を
『天鈴の魔女』にして鹿撃ちの位を持つヴィオレ=エラ=ミュカレ=ハタノ。
そしてその
この親子が起こした騒動により王家が頭を抱えた回数は、
カズテルが活躍していたのは国王夫妻がかろうじて王太子夫妻だった頃で、というよりもシャップスが王位を継承した際の騒動にそもそもあの夫婦が深く関わっているのだが、なんにせよ今はその息子である。
「カズテル殿とヴィオレ殿のご子息か。会ってみたくはあるなあ」
呑気にそんなことを言うシャップスに、ファウンティアとエイデルは揃って
「呼んでも、絶対に来ないでしょうね」
「『そっちが来い』くらいは仰りそうですね。ご家族との再会は彼女の念願でしたから。ただ個人的には、『
「あなたはまだ子供でしたものね」
「カズテル殿かあ。王太子だった頃は、顔を見るや逃げ回るほど苦手だったが……亡くなられたと聞くと、やるせないものよ。いなくなって初めて、まだまだ教わりたいことがたくさんあったと悔いた。あの御仁を慕っていたのだと気付いた。余らにとって、無二の友であった」
王の飾らない言葉に、三人はしばし
ややあって王妃が、
「まあ、我らがその想いを忘れなければ、いずれ天鈴さまも顔を見せに来てくれるでしょう。間違っても呼びつけなどしてはいけません。セーラリンデを通して文と
そう笑うと、議題は再開された。
王妃は表情を施政者のそれに変え、宰相へ問う。
「それで……ご子息は、どのようであるのですか?」
「性は善良、物腰も穏やかで、
「……猫をかぶっているのではなくて?」
「虚偽のない
その後もシデラへは度々ドラゴンとともに来訪しており、その異常な光景に現地の住人は慣れつつある——と伝えるのも、今はやめておこうと思った。
何故なら次にする報告だけでも、ふたりの溜息は執務室を満たすであろうから。
「それから、魔導の力量に関してです。変異種を討伐したことからもご
「だよねえ」
「ですよね……」
案の定。
王、王妃ともに、はあ、と
「あのふたりの息子だしなあ」
「私も、こればかりは陛下とともに肩をすくめるしかありませんね」
「現地からによれば、かの『終夜』さまよりも深く黒い魔眼を持っておられると。変異種の放った雷撃をこともなげにさばき、居合わせた者たちに
「はああああ、参ったなああ」
ついに国王が執務机に突っ伏した。
「ティア、エイデル。余、どうすればいい?」
そうして縋るようにふたりを見てくる。その姿は王として情けなくはあるが、一方で純朴な性根と遠慮なく他者へ頼る素直さは施政者としての美点でもある。
王妃は、愛称で呼ばれたことに微笑みを浮かべつつ、目下の問題に嘆息で応えた。
「しばらくは放置していてよいでしょう。もちろん、貴族たちが余計なことをしないよう根回しをする必要はありますが……『天鈴』さまが既に、先遣隊との議事録を通して強烈な牽制をしておられます。欲をかいて屋敷を更地にされたい愚か者はそうそういないはず」
「諸外国へは?」
「こちらも特段、
「住居は、『虚の森』の深奥部へと移ってしまいましたがね」
「前人未到の『神威の煮凝り』とはいえ、我が国の一部であることは変わりありません。
「
「そもそもあの国、今はどのあたりにいるのです?」
「確か先月の時点で、獣人領南東部でしたか」
「必要ないでしょう。必要があれば『春凪』殿が接触するでしょうし、そもそも報せたとしても報せなかったとしても、なにかを要求してくるとも思えません」
「……いっそ、うちの姫でも嫁がせるか?」
「なにを
王の冗談めかした提案は王妃に斬って捨てられた。
が、それでもそこから次善案を捻り出すのが王妃の才覚である。
「……ノアップ辺りの耳に、さりげなく入れておきますか」
初対面の民と一緒に肩を組んで酒を酌み交わすような息子だ。あれがスイ=ハタノと友にでもなってくれたらという思いが、王妃の頭によぎった——施政者として、同時に親として。
「なんにせよ、『天鈴』さまのご子息です。利用しようなどとは考えず、敵対しないことを第一に。願わくば友好的でいられれば。森の深奥部を拠点に、たまにシデラへ出てくるくらいでしたら、むしろ今までよりも平穏でしょう」
ファウンティアはそう言って、夫と
「確かに、そうだな。カズテル殿やヴィオレ殿に比肩する強さと聞いて震えていたが、聞けば穏やかな人柄のようだし、さすがにカズテル殿みたいな無茶をやらかしはせんだろう」
王が
「車軸の改良から始まって、
宰相も、はははと乾いた笑いを浮かべる。
それで話がまとまりかけていた時だった。
執務室の扉が控えめに叩かれ、応対した宰相に、伝令騎士が文を差し出す。
騎士が辞したのを確かめて扉を閉め、封を切り、中を見るエイデル。
「……
臣下としての態度を完全に忘却するほどに、宰相は
故に届けられた報告書を、彼は棒のごとくに読み上げる。
「スイ=ハタノが、まったく新しい
王と王妃は——。
たっぷり十を数える沈黙の後、揃って声をあげた。
「息子はそういう方向かあ……」
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