でも違和感があるみたい

「おお、スイ……それに『天鈴てんれい』さま!」


 僕らに気付いたノアくんは喜色満面になり、一目散に駆け寄ってきた。

 そして僕らの目前でぴたっと立ち止まる。


 母さんに向き直ったノアくんは直後、表情から笑みをすっと消し、真摯しんしな眼差しとなり、胸へ手を添えながら儀礼的なお辞儀をする。

 その一瞬の切り替わりに僕が瞠目どうもくする間もなく、


「『天鈴』さま、お久しゅうございます。仔細しさいは母上からの文により伺いました。私などでは心中をお察しすること、とても叶いませんが……お悔やみとおよろこびは申し上げたく」


 ——ああ、そうか。


 ノアくんにとって母さんは『行方不明になった家族を取り戻そうとしていた人』なんだ。そして今、母さんの目的は半ば遂げられず、半ば達せられていた。つまり夫をうしなうも息子は取り戻せた、という形。


 そんな立場の人と再会したのだから、それなりの態度で——少なくとも、笑顔で応じるわけにいかなかったのか。


 母さんはややあって、穏やかに笑んだ。


「気遣いは無用よ。言葉にできない想い、悔いや悲しみはあったけれど、私はいま、幸せです。……大きくなったわね、ノアップ、パルケル。五年ぶりかしら?」


「『天鈴』さまがそう仰るならば、私どもも憂懼ゆうくなく」

「お久しぶりです、ヴィオレさま。もう五年になるんだね」


 ノアくんは控えめに破顔はがんし、パルケルさんは懐かしそうに目を細めた。


「あなたたちが王都を出て以来かしら。方々で活躍しているという話は耳にしていたわ。『白灼はくしゃくの賢者』、それに『恋路の魔女』——よくぞ称を号するまでに魔導を研鑽けんさんしましたね」


「……はい、有難き……!」


 母さんの賞賛に、ふたりは感極まったように身を震わせる。

 そんな三人の様子を見て、心が温かくなった。


 この十三年間、母さんとカレンがどんなふうに過ごしていたのか、僕は断片的にしか知らされていない。ただ、本人たちやセーラリンデおばあさまの言葉の端々からは——再びの境界融蝕ゆうしょく現象に備え、相当に張り詰めていたことがうかがえる。


 それを想像すると、僕はたまらなく切なくなるのだ。


 けれどノアくんやパルケルさんのように、少しでも心を許せる相手がいたのなら。たとえひと時でも、穏やかに過ごせる時間を持てていたのなら。


 僕の胸の痛み、罪悪感、そういったものが少しだけ、救われる思いがする。


 そんな感慨を抱いていると、ふたりがこちらへ向き直って笑う。


「スイ、挨拶を後回しにしてすまなかった。また会えて余は嬉しいぞ!」

「こちらこそ、ノアくん」

「や、元気? あ、ショコラさまにはご機嫌麗しく……!」


 いや、パルケルさんは対応が明らかに偏ってるんですけど? 僕には片手をほいっと挙げつつショコラにめちゃくちゃへりくだってるし。


 当のショコラがとしているのでちょっといたたまれない。ごめん、無視してるわけじゃないんだけど、家族以外には塩なんだこの子……。


「ショコラ、パルケルさんはお前のこと大切に思ってくれてるみたいだから、少し意識して?」

「わふ? ……わうっ!」

「ああ、あたしのことを見てくださった!」


 まあ苦しゅうないぞ、みたいな調子でひと吠えするショコラと、感激するパルケルさん。少しは慣れてくれるといいな……お互い……。


 僕は改めてノアくんに向き直る。


「シデラでの活動はどう?」

「うむ、よく聞いてくれた! いや、さすが『神威しんい煮凝にこごり』、なかなかに緊張感がある。棲息する動植物も珍しいものばかりだ。魔物に至ってはやはり他と比較にならんな」


 ベルデさんたちと同じく衣服は土や泥で汚れており、髪もぼさぼさだ。だけどその風貌ふうぼうは堂に入っていて、本当に冒険者なんだなと思う。


「いや、王都を出てから五年……余も国内外、様々な場所を見聞けんぶんしてきた。魔物と死闘を繰り広げたことも幾度もある。だがやはりこの地は別格、そんな気配がするぞ。……ここの深奥部にお主は暮らしているのだよな。とても信じられん」


「ヴィオレさまはあの森、単身で深奥部まで行けるんだよね?」

「ええ、そうね。カレンもよ」

「ぐっ……すごいなあ。あたしなんか、まだまだだぁ」


 パルケルさんは悔しがってるのか呆れてるのかよくわからない感じに眉を寄せる。


 魔導士の最高位である『魔女』の称号だけど、その中でも実力は大きな開きがあるらしい。僕らの家がある『うろの森』の深奥部でやっていけるほどの魔導を持つのは、母さんとカレンの他には数えるほどしかいないそうだ。


 そういう話を聞くと、ぶっちゃけ、僕ってどうなんだろうな……と考えてしまう。

 正直、だいぶすごいのではないだろうか。でもやっぱりどうにも実感がないんだよね。ギリくまさんはともかく、へびかめシャークは自分の力で倒せたとは思うけど。


「まあ、お前の力は借りたけどな」

「くぅーん?」


 ショコラの首元をわしゃわしゃと撫でつつ、


「ベルデさんたちとも上手くやってるみたいでよかった」

「おお、ベルデ殿か。素晴らしい御仁だ! 統率力、判断力、加えて戦闘能力、すべてが高水準でまとまっている。なによりも人望厚い。あれほどの男はまれなるぞ」

「そうなんだ」

「シュナイ殿の斥候能力……索敵技術や知識にも目をみはるものがある。いやはや、やはり世界は広い! 辺境の地にこそ才は溢れているな!」


 言い回しは暑苦しいけど、友人が褒められると嬉しくなる。

 なお本人たちは僕らの会話を邪魔しないよう離れた場所にいた。もし聞いてたら顔を赤らめてそっぽを向くだろうな。


「そういえば『天鈴』さま。今日もやはり長くはいられないのですか?」

「ええ、残念ながら。積もる話もあるでしょうから、どこかでゆっくり時間を取りたいところね」

「それならば近いうちに、我らの買った家に招待しましょう。いい物件が手に入りました。今は改装と手入れをしているところです。スイ、お主たちも来てくれ! 部屋はたくさんあるからのんびりとくつろいでいくといい」

「そうだね、是非」


 握手を求めてくるノアくんに応える。


 こういう大袈裟なやりとり、なんというか、友達付き合いとしては少し恥ずかしいな…… 気安さとは乖離かいりしてる感じがあるんだよね。

 やっぱり庶民と感覚が違うんだろうか。王族だし。


 ノアくんとパルケルさんは冒険者たちと事後の打ち合わせがあるとのことで、その握手を最後にして去っていった。


 僕はそれを見送った後、隣に顔を向ける。


「じゃあ、市場に行こうか。……母さん?」

「ねえ、スイくん」


 だけど、母さんのその視線は——ノアくんたちの出て行ったギルドの出入り口を見据え、動かないままだった。

 なにかを思案しているような顔で、声だけで僕に問う。


「ノアップ……あの子、あなたに初めて会った時からだった?」

「あんなふう、って、性格のこと?」

「ええ。性格とか、言葉遣いとか」

「前と変わらないように見えたよ。まあ、母さんへの対応は全然違ってたかな。すごく礼儀正しくて丁寧な感じだった」

「そうね。私に対しての態度は以前と同じ。でも……」


「……どうしたの?」

「いえ、帰ってからにしましょう」


 母さんは僕に向き直り、笑う。

 だから僕も、気にはなれどそれ以上はつっこんでかなかった。


 ただ——どうやら。

 母さんの知っている『ノアップ』は、僕の知る『ノアくん』となにかが違うらしい。そのことだけは、察せられた。





——————————————————

 ちなみに純粋な戦闘能力で比較すると、パルケル>ノア>ベルデです。

 ただ、森の中に単独で一週間放り込んだとしたら、生き残る確率が高いのはベルデ>ノア>パルケル。また大勢を率いた上でのサバイバル術となると、ベルデさんとシュナイさんのコンビは国内でもトップクラスの実力を誇ります。

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