ご馳走を囲みながら

 せっかくなので、世界各国の料理を片っ端から作ってみることにした。

 もちろん、地球のだ。


 書斎の棚にはレシピ本もあって、僕がふだん作らないような珍しいやつがけっこう載っている。これまでも献立のバリエーションに困った時にちょくちょく開いてはいたが、今回はがっつり参考にさせてもらう。


 知っている品もあり、知らなかった品もあり。こっちの世界でもできそうなものもあり、さすがに無理そうなものもあり。


 まあ、さすがに材料を正確に揃えられないからにはなるんだけど、別に正しさにこだわる必要はない。本物と違っていても、それっぽく美味しければいいのだ。



※※※



 まずはとりあえず手軽なところで、アメリカンなフライドチキン。いつもの唐揚げとはまたひと味違う、衣が厚めの、鳥のもも肉をまるごと使った豪快なやつだ。


 味付けはカレー風味。

 クミンによく似た香辛料は以前から手に入れていて、実は密かにずっと調合に挑戦していたんだよね。ただ、まだ満足のいくものにはなっておらず、カレーそのものに着手できていないのだけど——フライドチキンのスパイスとして使えば、それっぽくなると思ったのだ。


 次いで、豚肉料理。これはメキシコのカルタニスにした。

 タコスの具として有名なやつだ。


 猪のバラ肉を適当な大きさにカットして、スパイスをまぶす。シデラの街で売られているブレンドスパイスを使った。次いでこれの表面を焼き、出てきた脂でタマネギとニンニクを炒め、そこにオレンジジュースを加えてソースにする。あとは肉を戻し、更にオレンジジュースと発泡ワインを注ぎ足し、柔らかくなるまで圧力鍋にかける。最後に手で揉んで崩して、ほろほろにしたらできあがり。

 これを、いろんなソースや野菜とともにパンで挟んで食べてもらおうと思う。


 魚料理——というか海鮮は、ブイヤベースだ。

 朝から竜の里へ赴き、魚介を分けてもらってきた。


 まずは海老と小魚を塩胡椒とニンニクで炒める。焼き色がついたらいったん具材を取り出して、旨味の移ったオイルにタマネギを投入。火が通ったら二枚貝と白ワインを入れて蓋をして蒸す。貝が開いたところで海老と魚を戻し、潰したトマトの水煮に顆粒かりゅうコンソメ、香草などを加えてじっくり煮込めばできあがり。


 もちろん肉料理だけじゃなく、副菜もしっかり用意してある。

 豆腐と葉野菜を和えたサラダ、野菜スティック、カブのポタージュ、きのことかぼちゃのバターソテー、それに以前から仕込んでいたザワークラウト。


 生野菜には醤油だれや胡麻ドレッシング、それにマヨネーズを用意した。そういえば異世界ものだとマヨネーズで無双するのが恒例になってるよね。でも残念ながらこの世界にはもうあった。僕もやりたかった……。 


 炭水化物系も充実させた。

 いつものサトウのごはんはもちろん、カルタニスを挟むためのパン。

 少し前からトモエさんに『雲雀亭ひばりてい』で使っている生酵母と小麦粉をおろしてもらっている。こいつでかなりふわふわの、いい感じのやつが焼けるのだ。イーストなんかは僕ひとりじゃもうどうしようもないやつだったので、実に助かっている。


 あと、初めて挑戦したのがライスプディング——つまりミルクがゆだ。本来は生米から作るみたいだけど、冷やご飯をミルクで甘く煮込み、シナモンとドライフルーツを散らせば形にはなる。

 弱火でじっくりとろとろにしたら、なかなかいい感じになった。優しい味だし、ミントにも食べやすいだろう。


 ただもちろん、ミルク粥が甘いからといってデザートを抜きにはしない。


 まずは胡麻豆腐、ハチミツのシロップを添えて。

 それとレアチーズケーキ、ブルーベリーを入れつつミニトマトのジュレを乗せたやつ。

 あとは『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』からいただいたフルーツを盛り合わせつつ、バナナや桃なんかは潰して豆乳セーキにもして——これで全品、完成だ。


 いつもの和風メニューが乏しくなってしまったけど、そっちは明日、お正月用にとっておこう。


 リビングのテーブルに所狭しと並べた料理の数々にひとり頷いて、みんなが待っている客間へ叫んだ。


「ご飯、できたよ!」



※※※



 冬の陽が早いのは、異世界でも変わらない。

 太陽が傾き、空が夕焼けに染まりかけた頃——日本の感覚だとたぶん、午後五時過ぎ。

 一家揃っての晩餐は、にぎやかに始まった。


「スイは本当にすごいですね。……これだけの品をひとりで」

「むー、私もヴィオレさまも手伝うって言ったのに」

「そうねえ。でもスイくん、すごく張り切ってたから」

「ごめん、今日はゆっくりしてほしかったんだよね」

「うー、いいにおい! みんと、きょうはおにくもたべるよっ」

「わう!」

「きゅるるう!」


 家族みんなでとなれば、ポチを仲間はずれにはできない。いつもみたいにテラスに身体をつっこんでもらって、掃き出し窓を開けて、一緒にサラダを食べないと。

 さすがにそのままでは外気が入ってきてリビングも料理も冷えちゃうので、母さんの魔術で熱の移動を遮断してもらった。なので部屋は暖房が効いたままだ。


「お前は寒い方がいいのか?」

「わんっ!」


 ショコラはすすっと掃き出し窓から外に出て、ポチの横に居座った。なので無塩の肉煮込みを山盛りにしたお皿をそっちに持っていってやる。


「よし、じゃあショコラがよだれでテラスをべとべとにする前に……」


 母さんとおばあさまはワインを、僕とカレンはジュースにほんの少し蒸留酒を混ぜたやつを、ミントにはジュースを。

 待てがかかってそわそわしているポチとショコラにもう少しだよと視線を送って。


「乾杯!」


 ハタノ家の年越しが、始まった。

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