すべては黒に至るまでの過程
まず気になったのは、傷の具合だ。
カレンいわく『問題なく自然治癒する』という
僕の目からも、あれは軽傷に見えた。出血はあれど浅く、神経や筋肉に損傷があるとも思えなかった。
雑菌が入ったのでもない。確かに傷口そのものには、破傷風をはじめとしてそういうリスクがある。だけど
では、傷口の化膿や壊死が雑菌や毒のせいでないとしたら。
そう考えた時、僕の目に映ったのは——魔力の流れだった。
たとえるなら、汚染された清流。
綺麗な川に、有害なものが流れ込んでいる。そのせいで水が濁り、ところどころは澱み、川そのものを
やがて目を凝らしていると、はっきりと理解できてくる。
たぶんこいつの生来の属性は、水だ。
魔術を行使できるほどではないが、たとえば乾燥に強いとか、抵抗力が高いとか——そういう特徴として、水属性の魔力は身体に作用しているはず。
そこに風と火が混じっている。
しかも乱雑な波長で、少量ながらも根強く、水属性の色を侵して流れを阻害させていた。間違いない。これは
あいつらは
僕は、
表面からじゃ足りない。魔力の流れが触覚で上手く把握できない。
だったら、
「じっとしてろ、いいか。……お前たちもだ。お母さんにまた元気になって欲しいなら、少し我慢しててくれ」
指先を、膿んだ傷に突っ込んだ。
がううううう! と、
「カレン、ショコラ。手伝って」
「……、ん、わかった」
「わうっ!」
カレンもショコラも、僕のやろうとしていることを理解できているわけじゃないだろう。それでも僕を信じて、言葉の意を汲んでくれる。
「だいじょぶ。痛くても我慢して。あなたは母親でしょ」
カレンは母
「ばうっ! ぐるるる……」
ショコラは子猫たちを叱りつけるように威嚇し、その後、一匹ずつぺろぺろと顔を舐めて落ち着かせる。
だから僕は、集中して——潜った。
温かく、冷たく、柔らかく、硬く。
穏やかな湖面に吹きつける風、荒れ狂う炎。
魔力そのものに干渉することはできない。
ならば、別のものに干渉すればいい。
「咲いたら
口の中でつぶやかれる言霊とともに、己の中の魔導を
「
ただ、塗り潰すことはできる。
属性の引き起こす結果に干渉することはできる——。
火が起きても水で消えるほど弱いものならいい。
風が吹いても波が立たないほど小さければいい。
魔力の持つ色を、黒へと。
起きる結果を限りなく弱くして、水の魔力を邪魔しないくらいに、
因果を断線させ、結果を消してしまうのではない。
そうではないと自分の中の直感が告げている。
むしろ、逆だ。
因果の流れを別の場所に接続し直す。
原因からなる結果を矮小化させる。
「……『
因果の創造により、魔力の性質を、ほぼ無害なものへと変える——。
「ふう……」
やがて——。
汚れが、澱みが消え、ゆっくりと健やかになっていく。
「カレン、包帯を持ってきてくれる? 怪我そのものが治ったわけじゃない。膿んで壊死してるから、治療はしてやらないと」
「……、ん。わかった」
怪我をする家族が誰もいないからすっかり薬箱の
「しばらくは軒先を貸してやるよ。元気になるまで経過を見ないと。……悪かったな、お前を実験台に使う形になっちゃった」
言葉を理解している訳もないだろう。
けれど相手は、ぐるる、と喉を鳴らし、手当をされるがままに項垂れた。
「お前たちも。もう大丈夫だ、お母さんは元気になるからな」
すっかり落ち着いた子猫たちは、ショコラとじゃれ合っていた。こっちの言葉なんてまるで聞いちゃいない。……まあ、いっか。
「ね、スイ。今のって……」
「カレン。……僕はずっと、どんな魔術を使えばいいんだろうって考えてた」
「属性
たとえるなら、工具だ。
僕の手元には工具がある。ひと通りのものが揃っている。そして僕は壊れた機械を修理したい。じゃあ、どの工具を使えばいいんだ? それがわからなくて悩んでいた。それがわからないのが問題だと、勘違いしていた。
わかるべきなのは——僕が理解すべきなのはまず、機械の構造だったのだ。
「魔力の仕組みだ。それぞれの属性がどんなふうに色を発しているのか。それぞれの色がどんなふうに属性を発現させるのか」
属性とはつまり、魔力の持つ指向性だ。
奪い、与えるもの——火。
浄化し、
運び、活かすもの——風。
腐らせ、
「魔力は、源流たる
そして、
「それがわかってなきゃ、ダメだったんだ。それを理解することこそが、重要だったんだ」
機械の構造を把握していれば、どこをどういじれば修理できるのかが導き出せる。
修理の手順を踏んでいけば、そこに見合った工具も自ずと選択できる——。
「スイは、わかったの? 属性相剋の治し方」
「厳密には、まだわからない。
上空、晴れ間に影が差す。
見上げれば陽光を遮る流麗なシルエット。
大きく広げた翼、雄々しく伸びる首と尾。
ゆっくりとまっすぐ、庭に降りようとしてくる、竜の影。
「カレン、僕はやるよ。やってみせる」
帰ってきた母さんとジ・リズを前に。
「訳のわからないまま、ただ必死できみを治した。できるかもしれないと思いながら、手探りでこいつを治した。だから次は……確信でもって、ミントを治す」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます