くちづけと銀の腕輪

いのちをすくう

 母さんは、あらゆるものを取りそろえて戻ってきた。


 魔力属性について記されたたくさんの研究書。

 傷や病をいやすための高価な霊薬。

 それから、知識そのものを語れる人——セーラリンデおばあさま、ノア、パルケルさん。


 おばあさまは僕らを順番に抱き締め、いたわってくれた。

 ノアとパルケルさんは王都からここまで長い空の旅だっただろうに、疲れひとつ見せずに「なんでも協力する」と言ってくれた。


 そして庭に降ろされたたくさんの荷物たちと、僕らの翼として飛び続けてくれたジ・リズの深く優しい眼差し。


「研究書の内容はすべて私の頭に入っています。あなたが求めているものがあるなら、そのページをすぐに開いて解説してみせましょう」

 おばあさまが微笑わらい、


「土属性の特徴、他の属性と違う点、全部これにまとめてある。……参照して、わからないことがあったら尋いて」

 パルケルさんが耳をピンと立てて頷き、


「俺は邪魔かもしれんな。だが、王都で留守番などとてもできなかった。……小間使いでもなんでも構わん、やれることがあるなら言ってくれ」

 ノアが額をこつんと突き合わせ、激励してくれる。


 ありがとう、おばあさま、パルケルさん、ノア。

 そして奔走してくれた母さんに、ミントを気遣ってくれたカレンとショコラ、ポチ。


 彼らに報いるため、遠慮などしない。

 あとは僕が——やるだけだ。



※※※



 そして。

 そこから先はただ夢中に、ただがむしゃらに、ただ必死だった。


 パルケルさんの話を聞きつつ、彼女の魔力も調べさせてもらう。

 そして知りたいこと、わからないことを洗い出し、おばあさまとともに本をめくる。


 土属性の特徴と魔力の性質。他の属性が土属性へどのように作用するのか。属性相剋そうこくを引き起こす条件と、相剋を崩壊させる条件。


 つまりはミントの症状が具体的にどんなものなのか、治すにはどうすればいいのか、なにが必要なのか。


 調べ、検証し、探り——日が暮れて夜が更け、朝になる頃、道筋が見えてきた。

 それとともに、不足しているものも。


 僕の魔術だけでも一応の治癒はできるかもしれない。が、より万全を期すにはまだ届かない。80%ではダメなのだ。100%、いや、120%をそそぎ込め。


 母さんが持って帰ってきてくれた物資を漁り、そこにないものは新しく調達する。森の周辺で採れるものはカレンに、それ以外のものは母さんとジ・リズに。みんな、すぐさまに動いてくれた。


 やがてカレンは森から、母さんとジ・リズは竜族ドラゴンの里から帰ってくる。頼んだのはキノコ、薬草、木の実、バター、果実、それにワイバーンの骨など——つまりはとなるもの。


「調理を始める。ノア、手伝いを頼める?」

「任された。存分に使ってくれ」


 気合いを入れつつ、腰に差していた包丁を引き抜く。

神無かんなぎ』——ノビィウームさんに打ってもらった、僕の愛刀。

 用途に合わせて形状を変えることだけがその利点ではない。


 父さんの魔剣リディルが闇属性の魔力をまとい、放てるように。

 こいつはこの世で唯一、だ。


 スミタケを切って茹でる。名の通り、焦げたように真っ黒なキノコだ。生のまま食べると体温を下げ、逆に火を通して食べると体温を上げる。火属性に偏った魔力を多く含む。


 トガリヨモギを刻む。こいつは地球のヨモギと同様、不要な水分や老廃物を体外に排出する作用があるという。その薬効の正体は、水属性の魔力。


 クルミとシイの実を叩いて潰す。ナッツ類は身体の健康を保つのを助けてくれる。地球風に言うと、コレステロールのバランスを整え、血管の老化を防ぎ、血液の循環をよくしてくれるのだ。この世界において循環という概念には、風属性の魔力が強く関わっている。


 この大陸に家畜として広く普及している縞山羊しまやぎは、光属性の魔力を持つ。当然、バターにもその魔力は込められていた。


 ——そう。

 この世界において僕らは普段、栄養だけじゃなく、魔力も食べている。


 経口摂取した魔力は胃から体内に吸収され、その過程で属性を変容させながらゆっくりと本人の魔力に同化していく。そのプロセスにおいて属性の反発や相剋は起こり得ない。つまりは食事という形を取れば、無理なく体内から魔術を作用させることもできるはずだ。


 様々な食材を片っ端から、加工していく。

 そのひとつひとつに『神無かんなぎ』で、魔術を込めながら。


 全員が固唾を飲んで、僕を見守っていた。


 僕はなにも説明しなかった。時間が惜しかったし、極限まで集中していたからだ。キッチンに響くのは調理の音と、手伝ってくれているノアへの指示。そして彼の最小限の返事のみ。


 それでもみんなは僕を信じて、無言で見守ってくれていた。


 包丁に込める魔術で食材の薬効を強化したり、あるいは特定の作用を弱めたり。そしてなにより、魔力の属性を細かく調整していく。それは繊細で、一歩間違うと味が狂う作業だ。だから失敗はできなかった。

 たとえ治療薬として成功しても不味まずかったら意味がない。


 僕が家族に食べてもらう料理は、なによりも美味しくなきゃダメなんだ——。


 乾燥させた貝と昆布を煮て出汁だしを取る。

 ワイバーンの骨を叩き切って取り出した骨髄を、薬草や香味野菜と一緒に煮込んでコンソメを作る。

 細かく刻んだ薬草とキノコをバターに混ぜてペーストになるまで潰し、裏しする。

 それらを混ぜて弱火で煮、丁寧にアクを取って、基となるスープができた。


 更にこのスープを、シデラから母さんが持ってきてくれた霊薬で割る。


 傷を癒やし病をやわらげる効果を持つその液体は、様々な植物や魔物の素材などを門外不出のレシピで調合したものだ。王都に住む高明な錬金術師——『不帰ふきの魔女』の称号を持つ人が作ったらしい。


 霊薬とスープを混ぜた液体に具を投入する。


 ローストしてから包丁の背で荒く叩いたナッツ。

 小さく刻んだドライフルーツ。

 それから香り付けに胡椒こしょうと、胡麻ごま


 最後の工程として、これに片栗粉を入れながら弱火で煮詰めていく。ヘラでかき混ぜていくとやがてどろどろとしてくるので、パンケーキの生地くらいの粘度になってから——、


「器に入れて、冷やす。これで、完成だ」


 奇しくもそれは、ノアたちに僕が提案した料理——胡麻豆腐ごまどうふによく似ていた。

 ミントが美味しく食べられるようにと豆腐状に固めたスープ。


 美味しく食べられて、身体の中から作用する、属性相剋の治療薬だ。



※※※



「ショコラ。ミントを呼んできてくれる?」

「わうっ!」


 居間の片隅に控えていたショコラが、力強くひと吠えして客間へ向かう。

 やがてミントが、母さんとともにリビングへ入ってくる。


 添い寝してもらっていたのだろう、母さんに手を引かれ、寝ぼけまなここすりながら、ぼんやりとしている。


「おはよう、ミント」

「うみゅう……すい、おはよう」


 ミントの前にしゃがみ、僕は笑った。




「ご飯、できたよ」

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