穏やかに咲いて
家族以外のみんなが気を遣い、庭に出てくれた。
だからミントの食事を、僕らだけで見守る。
「これ、なに?」
「
「うー! ごまどーふ、あれすき!」
ミントは目を輝かせながら、お皿に乗せた四角い塊をスプーンで
「おいしー! みんと、これもすき!」
「よかった、じゃあもっと食べて、感想聞かせて?」
「やた! たべる!」
再びスプーンを動かし、欠片を口に入れては味を確かめ、美味しそうに身体を揺らすミント。やがて——すぐに、それはお皿の上から綺麗になくなった。
「おかわりは欲しい?」
「むふー。おなかいっぱい! みんなはたべないの?」
「もちろん食べるよ。でも、その前に……」
「ん、こっち来て、ミント」
隣に座っていたカレンがその小さな身体を抱きかかえ、膝に乗せる。
「いい子。私たちはみんな、ミントが大好き」
「むふー。みんとも、みんなのことすき!」
「そうだね。だから、もうすぐだよ」
その後ろで僕は——『
ペティナイフの形状に変え、まずは自分の掌に切り傷を入れた。
「もうすぐ? なにが?」
「さて、なにがでしょう?」
きょとんとして首を傾げるミントの頭を撫でるカレン。
「くぅーん……」
「しょこら?」
ソファーの背に前脚を乗せて、ミントと顔を突き合わせるように鼻先を近付けるショコラ。ミントはその
完全に気が
血の筋が浮かぶ。ミントは気付かない。痛みは僕の魔術で消し飛ばしてある。
だからさりげなく、
「ミント、次は僕に交代だ」
「うー、すい!」
僕はカレンからミントを受け取って抱きかかえ、そのうなじを掌で包んだ。
傷と傷が合わさり、血を通じて僕の魔術がミントの体内へ流れるように。
そしてミントの魔力を、僕が
——属性
かつて母さんが、カレンが、いまミントが陥っているこれ。
母さんいわく『自分の中に主役の属性がふたつ以上あって、どれを使えばいいのかわからない状態』——この世界においては、魔術が使えなくなるという障害を引き起こす不治の病として扱われている。
ただ、今の僕にとってはもう、不治ではない。
「ふわぁ……」
抱きかかえたまま揺らしていると、ミントが
さっき食べた僕の料理が体内に吸収され始めたのだ。
あれは調理工程において食材の持つ薬効が強化されているのみならず、料理そのものにも僕の魔術が込められている。
まずは魔力循環を助け、ミントの体内にあるそれぞれの属性を活性化させる。身体はぽかぽかし、気持ちはリラックスした結果、眠くなってくる。
母さんの体験談と、カレンを治した時のぼんやりした感覚、今のミントの状態に、昨夜から仕入れた魔導の知識。様々な事例と体験に知識を照らし合わせることで、僕はひとつの推論を得た。
属性相剋はおそらく、それそのものが異常なのではない。
『どの属性が主役なのかわからなくなる』——奇しくも母さんが言っていたように、原因は魔力にではなく、魔力の宿主たる本人の意識にあるのではないか。
たとえば火と水の魔力が相剋しているとする。
本人は水を使おうとして、火を使ってしまう。
または火を使おうとして、水を使ってしまう。
結果、魔導が繋がらず、魔術が発動しない——。
属性相剋とは、そういう状態なのだ。
正確には属性相剋というよりも、魔導混線なんだ。
母さんは激情——怒りにより、偶発的にその混線を正常化させた。元々の身体に宿っていた火の魔力と水の魔力、その双方を正しく認識し、操れるようになった。きっと火属性の根幹が『熱量の移動』にあることを感覚で理解したのが起点になったのだろう。
カレンについてはぼんやりとした記憶だが、あの時『神の
そして、ミントだ。
ミントの土属性はそもそも、生まれた時から今に至るまで弱まっていない。他の属性も、決して土属性と拮抗してはいない。
だがジ・リズの見立てによるなら、ミントの体内ではあらゆる属性の魔力が渦巻いているそうだ。他の属性が渾然一体となり、土属性を抑え込んでいるとのこと。
これを『魔導の混線』という仮説に当てはめるなら、魔術が使えなくなったのにもしっくり来る。
つまりミントは、土魔術を使うつもりで光に、闇に、火に、水に、風に——他の属性にアクセスしてしまっているような状態なんだ。
たぶん、ミントは僕ら家族を愛しすぎたのだろう。
家族みんなの属性を受け継いで生まれてきたこの子は、僕らの魔力を大切に思っていて、だから自分の一番の根っこである土属性の操り方を、忘れてしまった。
それにきっと、僕ら家族も——家族の魔力も、同じように。
でも。
それは決して、悪いことじゃない。
悪いことであっていいはずがない。
ミントと僕らのお互いへの想いは、幸福へと繋がらなきゃダメなんだ。
食事で整った魔力の流れに、傷口を通じて入り込んでいく。
属性の効果を消すのではない。あくまで強弱を整えることで、ミントが自分の根っこを取り戻すための手伝いをしてやるのだ。それが、行使する魔術が『因果の消滅』ではなく『因果の創造』でなければならない理由。
※※※
温かくて冷たくて、
対照的に表面は静かでありながら、内側は
その湖面を
静かにのんびりと、ややぼんやりとしたのどかな輝き——ポチの光。
やんちゃにせわしなく、それでいて揺るぎない
自分の中にある慣れ親しんだ、客観的にはいまいちどうだと評せない黒い影——僕の闇を媒介に、それぞれの属性へ干渉していく。
なだめ、落ち着かせ、元気付け、励まし。
もう少し静かにしなさいと叱り、もうちょっとしっかりしなよと背を押して。
なかなか上手くいかない。みんな、ミントへの想いが強すぎるんだ。
ほら、道を開けて。ミントがちゃんと自分自身を見失わないように。みんながミントを愛する気持ちはわかるから、まずはミントのことを考えてあげて、と。
方々へと駆け回る中、ふと——僕の魔力の横に立つものがあった。
僕のものよりも少し薄い、けれど僕なんかよりもはるかに頼もしい、影だった。
母さんを包みこみ、カレンを落ち着かせ、ショコラをなだめて、ポチの興味をひく。家族たちが一斉に僕の横を向き、それから僕を見た。
僕の肩を優しく叩いてくれる、
その魔力——その懐かしい
「
——すべてが繋がり、すべてが開けた。
たとえば、一面に広がる花畑のような。
僕らはそこに立っている。
自由に駆け回り、はしゃぎ、踊るその子を、遠巻きにしている。
時々は手伝いもするだろう。困っていたらすぐに助けてやるだろう。
けれどそれはあくまで最低限に、この子の成長の邪魔にならないように。
だってこの
※※※
「スイ……スイ!」
カレンが僕を呼ぶ声で、はっと我に帰る。
復活した五感とともに、寝息をたてる小さな身体の体温と重みが甦ってくる。
心配そうに僕を見ているカレンと、その背後で静かに頷く母さん。
頷き返し、ミントの首に添えていた手を離した。
掌にも、うなじにも、そこにはもう、傷跡すらない。
だから僕は、ミントをそっとソファーに降ろして寝かせながら、
「わう……」
尻尾を振るショコラの頭をわしゃわしゃして、笑った。
「父さんが、手伝ってくれた。もう大丈夫。……もう、大丈夫だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます