雪を溶かして春が来る

 散歩から帰ってくるとみんなもう起床していたので、朝食にした。


 ご飯のあとは、もうのんびりとしたものである。食材の備蓄はある——というより、氷室の肉がまだかなり残っており、まずはそれを片付けなければならない。しばらくは狩りを頑張る必要もなかった。


 おまけに、昨日はアリスさんが来るってことではりきって大物を狩ってきたから、その余りの肉も加わってて……いや消費が大変そうだこれ。


「いざとなったらジ・リズにあげるかなあ」

「わふっ!」

「なんか在庫処理を押し付けるみたいで申し訳ないけど」


 氷室の半分ほどを占拠する肉の山を見て、僕とショコラはうーんと思い悩むのだった。


 ——しかし、その日の昼過ぎ。

 

 僕の懐にある通信水晶クリスタルが震え、シデラから連絡が来る。

 そこに表示された文面を見て、僕は「あ」と声をあげた。


「どうしたの? スイくん。伯母さまから例の件?」

「いや、ベルデさんからなんだけど……すっかり忘れてた」


 母さんに問われ、通信水晶クリスタルを掲げて見せる。


「明日から『雪溶ゆきとかし』をやるから、来ないかって」


 それは、シデラで催される、春の到来を祝う祭りのしらせだった。



※※※



『雪溶かし』のことは以前から聞いていた。

 それは、古くからこの世界にある風習だ。


 厳しい冬が終わり、春が訪れれば、自然の恵みは再び人々の腹を満たせるようになり、物流も盛んになる。そうなると、さっき僕らが悩んでいたように——冬籠りのために貯め込んでいた食料も消費する必要が出てくる。


 なので、祭りを行うのだ。

 備蓄物資を放出し、みんなで盛大に飲み食いし、新しい季節を迎える。

 切り詰めた冬の暮らしで溜まったフラストレーションを解消すべく、春からまた始まる狩りと畑仕事のための英気を養うべく。


 もちろん、物流が進歩し技術が発達した今となっては、冬であってもよほどのことがない限り人々が飢えることはない。だがそれでも、厳しい季節が終わった喜びと、それにかこつけてひと騒ぎしたいという思いは変わらない。


 辺境で『うろの森』を相手取っているシデラでは、なおのことだ。


 ともあれ。

 参加のお誘いをいただいたのは、僕らにとっても渡りに船だ。


「差し入れに肉を持っていこう。冷凍させてるとはいえ、このままじゃ味も落ちちゃうしさ」

「ん、いい考え」


 かくして、リビング。

 僕らは集まって、『雪溶かし』の参加について話し合う。


「お母さんも賛成よ。喜んでもらえると思うし。ただ……全員一緒に、というわけにはいかないわよねえ」

「そうだね。蜥車せきしゃで行ったら、辿り着く前に終わっちゃう」


『雪溶かし』の祭りは明日から三日間。

 ポチもここに来た時より魔力が強まっているとはいえ、さすがに三日以内にシデラに着くのは無理だ。


「どうしようか……」


 いつもみたいに留守番をひとりふたり置いてから、ジ・リズに送迎を頼む? でもそれも、寂しいというか居残りの人に申し訳ないというか。だからって、ポチをひとりにはできないし、そもそも『ポチがいるからみんなで行けない』なんて考えちゃってるみたいですごく嫌だ。


 難しい顔をする僕に、しかし。

 母さんが、母さんならではの遠慮のなさで、に辿り着いた。


「じゃあ、二日に分けて行きましょう。明日は家族が半分、明後日はもう半分。それで解決じゃない?」

「え、二日連続って……」

「ジ・リズに飛んでもらえばいいわ。構いやしないでしょ」



※※※



「おう、構わんぞ」

 そういうことになった。


 ええ……と口を開けた僕とカレンを他所に、母さんはさっさと通信水晶クリスタルを取り出してジ・リズに連絡する。するとジ・リズはすぐに飛んできた。


 それも、彼だけじゃなく、家族連れで。


「みねおるく! じねす!」

「ひさしぶり、ミント! ショコラ!」

「よお、元気にしてたかー?」

「わうっ! わうわうわう!」


 ミネ・アさんの背から降りたミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんに、大喜びでミントとショコラが駆け寄る。子ドラゴンたちは翼をぱたぱたさせながら、周囲をくるくる回る。


 そしてジ・リズは子供たちの様子を微笑ましげに見ながら、母さんの申し出を快諾したのだった。


「ごめん、申し訳ないな……。僕ら、ただ遊びに行くだけなのに」

「ええ、ですから片方は、私が翼になることにします」


 恐縮する僕へ優しい目を向けるのは、ミネ・アさんだった。


「え……」

「実はね、嫉妬していたのですよ。夫はちょくちょく一翼ひとりで、あなたたちと飛びに出かけますから。私だって人の街に興味がないわけではないし、人を背に乗せて翔けることに憧れもあるのです。それに……せっかくだから、ひなたちも、ね?」


 悪戯っぽく牙を覗かせるミネ・アさんの視線は、子ドラゴンたちに優しく向けられた。


「あなた方と一緒であれば、安心です。私と夫が順番で送っていきますから、雛らを同行させてくださいな。それならスイさんも、気兼ねがないでしょう?」

「そっか、そうですね」


 母さんをちらりと見ると『私はそこまで計算してたのよ』みたいな、自信に満ちた顔で僕に頷いてきた。


 ぜったいに けいさんなど していない


「助かります。母さんはこういうのほんと、遠慮がないので……」

「いいえ。そうではないのよ、スイさん」


 しかし、ミネ・アさんはあぎとを振った。


「母親というのはね、こうした時、まず己が遠慮してしまうものなのです。今回もきっと、天鈴てんれい殿は真っ先に、ご自身がひとりで留守番なさることを考えたはず。……でも、我慢できなかったのでしょうね。家族と一緒に、遊びに行きたかった。ふふ、私と同じです」


 気が付けば母さんは、つい、と視線を逸らし、誤魔化すようにショコラを撫でていた。


 カレンがそっと僕のところへ来て、微笑わらう。


「スイ。ヴィオレさまも、一緒」

「うん、そうだね。竜族ドラゴンのお言葉に甘えよう。母さんも、言いにくかったことを言ってくれたわけだしさ」


 実際、僕も頭の片隅にはあったのだ。

 ジ・リズに二日間、出張ってもらえないかな……って。


 それを母さんが、敢えて気を遣わずにジ・リズへ申し出てくれた。

 だからこそミネ・アさんも、解決策を提案してくれたんだ。


「そういえばミネ・アさんって、うちの母さんとよくおしゃべりしてますよね。僕らが遊びに行った時とかに」

「あら、よく見ているのですね? ……ええ、母親同士、いろいろと共通の話題は多いのです。お互い、気も合うみたいだわ」

「じゃあ、ママ友だ」

「ままとも? ふふ、不思議な響きです、気に入りました……私と天鈴殿は、


 楽しげに「ままとも」「ままとも」と繰り返すミネ・アさんへ軽くかたをすくめ——ジ・リズが僕らへ言った。


「そんなわけだし、気にするな。儂もミネ・アも、せっかくだから人の街をのんびり眺めるとしよう。……もちろん、氷室の肉は奮発してくれていいんだぞ?」

「昨日狩った、捩れ角牛グガランナの肉もあるよ。冷凍じゃないやつだ」

「おお、それはありがたい!」


 呵々かかとするジ・リズの頬を拳でこつんとする。

 かくして僕らは——明日からの『雪溶かし』を、存分に楽しむことになったのだ。

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