そして楽しい食卓のことを

 そんなわけで、夕食は豆腐尽くしでいく。

 大豆の力を見せてやろうじゃないか。


 まずは主菜に、豆腐とチーズの挟み揚げ。

 それから豚肉と各種野菜を使ったチャンプルー。

 副菜には卯の花の炒り煮に、ほうれん草と人参の白和しろあえ。

 そして、デザートには豆乳セーキだ。


 もちろんショコラのご飯にも、豆腐と肉を豆乳で煮たものを。


 手早く、しかし丁寧に作り、少し早いけどミントがになってしまう前にということで。


 夕刻、陽が沈む直前。

 食卓を囲み、みんなでいただきます。


「……これ全部、豆なのね。すごいわ」

 箸をつけながら母さんが感嘆してくれる。


「ん。どれも全部美味しい」

 カレンも、褒め言葉はいつも通りながら、声に驚嘆が乗っている。


「ふわああ……みんと、このあまいの、あまりにもすき……」

 ミントは豆乳セーキのコップを抱え、目を輝かせていた。


「はぐっ、はぐっ……わふっ」

 ショコラも無我夢中である。あまりがっついてこぼすんじゃないよ?


「どれも上手くできた。よかった」

 僕も片端からメニューを味わいつつ、ほっと安堵する。


 大豆から豆腐を手作りした経験は、数えるほどしかなかった。日本あっちで何度か、ものの試しにやってみた程度だ。でもそれが生きたと思う。書斎に作り方の載っている本があったのも助かった。


「やっぱり日本の豆腐より味が濃いな。食感とかはさすがに及ばないけど」


 食感が物足りないのは、できてすぐだからかもしれない。本当は一晩くらい重しを置いといた方がいいはずなんだよね。それ用に残してる分があるので、明日、味見をしてみよう。


「お母さんはこのチャンプルー? っていうのが特に好きだわ。あとは、おからかしら」

「うちのチャンプルーはゴーヤと豆腐を合わせるのが定番だったんだけど、まだこっちで見かけてないんだよね。でも逆にそっちの方が、クセが強くなくてよかったのかも」


 代用としてちょっとルッコラに似てる野草を使った。火を通しているのとかさがないことから苦味はかなり控えめだ。


「私はこのフライ。コクがあってとろっとしてて美味しい。それに、フライのあとにこっちのを食べると口の中がさっぱりする」

「白和えにかけた胡麻はシデラで買ったんだけど、王都から仕入れたやつなんだって。少し辛みがあるのが効いてる」


 豆腐の出来もさることながら品種の違いもあり、どれも地球のものを完全再現とは言い難い。だけど幸いなことに失敗はしておらず、『ちょっと変わってはいるけどいい感じ』って範疇はんちゅうにおさまってくれていた。


 挟み揚げは豆腐が濃厚なだけにチーズとよく絡み合い、さくさくした衣の中からねっとりとした存在感が顔を出す。なめらかな舌触りとともに、マリアージュな風味が口の中を蹂躙じゅうりんしていく一品だ。


 チャンプルーには隠し味に魚醤ぎょしょうを使ってある。豆腐、豚肉(正確には猪だけど)、卵などの具材を、魚醤の旨味が支えてまとめてくれていた。そこに野草の香りと苦味をアクセントにして、なかなか面白い味になったと思う。


 おからの炒り煮も好評でよかった。こっちは根菜と、それから母さんたちが採ってきてくれたきのこを刻んで混ぜてある。油揚げとかこんにゃくとかそういう定番の材料がなかったせいで、僕としてはやっぱりなにか足りない感があるのだけど、そもそもおから自体がみんなには初めてだもんね。


 白和えに関してはいちばん不安ではあった。なにせ、元々がそんなに味の強いものではない。ただ幸いなことに、肝心の豆腐が風味強く仕上がってくれたおかげで、奥深い味にまとまってくれたと思う。しゃきしゃきした人参、ほうれん草の香り、それから王都産の胡麻が持つかすかな辛み。それぞれが調和してくれていた。


 でもって、最後のデザート——にして、ミントの主食。

 バナナと苺、二種の豆乳セーキである。


「すごく満足感があるわね。飲み物と思えないわ」

「ん、ミントが気に入るのもわかる。飲み物というより、食べ物」

「うー! これ、おにくとにてる? かんじがする!」


「ミントはわかるんだ。すごいね」


 大豆は『畑の肉』と呼ばれている食品であり、そこから作られた豆乳もまた、タンパク質を多く含んでいる。


 動物性と植物性の違いはあれど、栄養素としては肉と変わりないこと。

 地球では肉の代用品にもなっていたこと。

 つまりミントが冬の間に直面するかもしれない『肉不足』を大豆が補ってくれるだろうこと——。


 それらを説明すると、母さんは感心したように頷き、カレンは眉を寄せて考え込み、ミントはよくわからないけどすき! ときゃっきゃした。ショコラは、


「きゅー……くぅーん……」

「あ、おかわりほしいのね……」


 物欲しげにこっちを見上げていた。しかたないなあ。


「それにしても大豆って、こんなにいろんな食べ物に生まれ変われるのね。すごいわ」

「ん、私はずっと、豆の一種くらいにしか思ってなかった」


 そういえば、大豆の加工食品って東洋で発展してきたんだよね。西洋だと土壌が合わなくて栽培があまり流行らなかったとかの理由があるみたいだけど。


「うちで使ってる醤油も、大豆からできてるんだよ」

「え」

「そうなの……?」


 言うと、カレンも母さんもめちゃくちゃ驚いた顔になった。


「日本だと、お米と並ぶくらいに重要な作物なんだ。豆腐、豆乳、おから、きな粉に湯葉、それに醤油。あとこっちにはないんだけど……味噌」


 料理を作る習慣がなかったからか、それともシンプルに抜けちゃったのか——父さんがこっちに持ち込むことをうっかり忘れていたらしい品が幾つかあって、味噌はその代表的なひとつだ。ちなみに他には電子レンジなどがある。


 醤油やみりんがあるのに味噌がなかったり、圧力鍋とかアウトドアコンロはあるのに電子レンジがなかったりするの、ちょっと面白いんだよね。なんで忘れてるかなあと笑っちゃうから、今ではよかったなって思う。


 ただ。

 電子レンジはなくてもどうにかなってるけど、味噌は今のところ、難しい。


「作れたらいいんだけどな……麹菌こうじきんがないんだよね」


 半年ほど前に一度、味噌作りを試みたことがある。だがそれは見事に失敗に終わった。麹がないことには大豆が発酵してくれないのだ。


 その後、書斎の本を調べて初めて知った。

 味噌や醤油などを作る際に用いる『麹』の素——ニホンコウジカビは、その名の通り、日本にしか存在しないのである。


 あるいはこっちの世界にも、日本と同じ条件の気候や土壌を持つ場所はあるのかもしれない。だけど少なくとも、味噌や醤油と似たものが王国に輸入されている形跡はなかった。だから、もしそういう土地が存在していたとしても、人類の活動圏外だったりする可能性が高い。


 ニホンコウジカビでなくても、ケカビやクモノスカビなど、中国大陸で使われている麹菌があればまだなんとかなるのでは——そんな望みをかけてシデラに入ってくる品物をずっとチェックしているけど、未だに見付かる気配はない。


「麹菌、っていうのさえあれば、その『味噌』が作れるの?」

「うん。麹さえあれば、味噌作りはそれほど難しいものじゃないんだ。昔の日本じゃ家庭で作ってたくらいだから」


 まあ、味噌って日本人には馴染み深くても世界的に見ればクセがある調味料だから、カレンや母さんの口に合うかはわからないしね……という言い訳のもと、気長に探していこうとは思っている。


 ——と。


「すい、こまってる?」


 豆乳セーキをこくこくと傾けていたミントが、僕の表情を見、小首を傾げて問うてきた。


「困ってるってほどじゃないよ。ただちょっと見付からないものがあってさ」


 かわいらしい仕草に思わず頭を撫でる。

 が、ミントはじっと僕に視線を向けたまま。


 奇妙なことを——言った。


「こうじ、って、あのとか、にはいってるやつのこと?」

「……え」


『くろいの』——は、醤油?

 とすると『あまいにおいの』——は、みりん?


「すい、と、、みせて?」

「あ、……う、うん。わかった」


 僕はなんだかふわふわした気分で、キッチンの戸棚から醤油とみりんの瓶を取り出す。コップふたつにそれぞれを少し注ぎ、再びリビングへ。


「これだよね?」

「うー!」


 ミントの前に置く。

 すると指をつっこみ、醤油を指先につけてひと舐め。続いてみりんも同じようにひと舐め。


 アルコール分は大丈夫だろうかと心配する僕を他所に、ミントは口をもごもごさせる。そしてしばらくの間、視線をぼんやりと思案していたが、やがて、がばっと立ち上がった。


「ミント……?」


 とてとて掃き出し窓へ向かい、開けて、縁側から庭に出る。


「すい、すい!」


 ぱたぱた手を上下させて呼ぶので、慌ててサンダルを履こうとした僕は。

 続く彼女の言葉に——驚きで、動きを止める。




 ミントは、にこにこ顔で言った。


「おなじやつ! このした、いっぱいある。みんと、とりだせるよ!」


 庭の土。

 家や僕らと一緒にを——指差しながら。

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