そしてお泊まり
お昼ご飯を
ただ僕はそこに混じれず、様子をあまり見ることができなかった。ちょっとばかりやらねばならない作業ができたからだ。
きっかけは、ジ・リズの言葉である。
※※※
「さっき飛んでくる時に空模様を見たが、おそらく今晩も降るぞ。今日ほどじゃなかろうが、踏んで汚れた場所もまた白くはなるだろうな」
その時、晴れ間が覗いていたからちょっと意外だった。ただ
「へえ、そしたら明日も雪遊びかなあ」
「ショコラもミントも元気がいい。若いのう」
「年齢で言うなら僕もショコラと似たようなものだよ」
むしろショコラの方がお兄ちゃんだ。
「そうか、そうだったな。ぬしは落ち着いておるからな」
「まあ、ジ・リズにしてみればここにいる全員、子供みたいなものか」
「なんの、それを言うなら妖精王殿よ。さすがの
「いや、ぼくらはただ漫然と引きこもっていただけだからね。偉ぶれるようなものじゃない」
などと雪の上に輪になって腰を下ろし、会話を交わしていた僕らだが——やがてジ・リズがのっそりと鎌首をもたげ、北の方角を仰ぎ見る。
「儂はそろそろ帰るとしよう。妻をひとりにしておるからな。寂しがらせるといかん。……それで、スイ。ひとつ提案があるのだが」
「なに?」
「うちの
にこりと牙を覗かせつつ、ジ・リズは理由を告げた。
子供たちにもそろそろ外の世界を見せる時期だと考えていること。
ふたりとも、やんちゃに任せて勝手なことをしないだけの分別は育ったであろうこと。
深奥部が危険なのは懸念点だが、雪深く獣も少ない今日はいい機会なのではと思ったこと。
そしてなにより——ミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんが、あまりにも楽しそうに遊んでいるのが、愛おしいこと。
「あの顔を見ていたらな……もう少し好きにさせてやりたいと、思ってしまったよ」
「うん、じゃあ責任を持ってお預かりします」
かくして。
お泊まりしていいと言われて大喜びではしゃぎ回る子ドラゴンたちを残し、ジ・リズは我が家を辞す。去り際に「あまり高く飛びすぎるなよ」と、しっかり釘を刺しておくことも忘れずに。
「子を心配する親の気持ちは、変わらないものだね。人も、竜も、妖精も。……ずっと忘れていたな。ぼくらの子供たちへの思いは、こんなにもありふれて当たり前のものだったんだ」
しみじみとつぶやく
……ともあれ、彼の天気予報は契機となった。
今晩も雪になるし、少なくとも明日も雪は積もったままになるという。
だとしたらミントたちのために、遊び道具がもうひとつくらいあってもいい。ただ走り回ってるだけじゃ、さすがに飽きちゃうかもしれないから。
そう思った僕は、それをこしらえるべく、厩舎の横手、裏庭——資材置き場へと向かったのだった。
※※※
「ひゃあー、気持ちよかった!」
「うん、あったかい雨、すごかった……」
やがて昼が来て日が傾き、そろそろみんなにも疲れが見え始めたので、雪遊びはお開きとなった。妖精たちも『
「ミネ・オルクちゃんもジ・ネスくんも、苦手じゃなかったならよかったよ。ショコラも見習いなさい」
「ぐるるぅ……」
不満たらたらの唸り声をあげるショコラ。入念に洗われた後なのである。仕方ないよね。思う存分楽しく過ごしたのなら代償が必要なんだぞ。……雪だけならまだいいけど、その下の地面まで掘り進んで暴れ回ってたから、家にあげられないほど汚れちゃってたんだよね。
「お湯の雨は降ってくるし、夜になっても明るいし、なんか空気もあったかいし。にんげんの家って、すげえんだなあ」
「ジ・ネス……たぶん、スイさんのおうちだけが特別なんだよ」
「ミントもさっぱりした?」
「うーっ! きれいきれい、なった!」
バスタオルをかぶったまま、にこにこするミント。アルラウネは植物の魔物なので老廃物がほとんど出ず、なのでお風呂に入る必要もあまりない。ただ今日みたいにたくさん遊んだ日は別だ。嫌がる様子もない。やっぱり湯船やシャワーは気持ちいいようだ。
「スイ、お布団、運び終えた」
「ありがとう」
カレンが二階から降りてくる。「綺麗になったね」とショコラを撫でているが、当のショコラはやっぱり不満そうにぐでーっとしていた。
「ご厄介になりますよ、カレン」
「ん。おばあさまと一緒、楽しみ」
今晩は、子ドラゴンたちが客間を使う。なのでセーラリンデおばあさまはカレンの部屋で寝ることとなった。
転移してきた頃は、こんな森の中に家があるんじゃ客間なんて持て余すだろうなと思ってたけど——まさか部屋が足りなくなるなんて。たくさんのお客さんがいるの、なんだか嬉しいな。
「お皿、並べ終わったわよ。ご飯にしましょう。ミネ・オルクもジ・ネスも、おかわりが欲しかったら言うのよ?」
配膳してくれていた母さんが一同を呼ぶ。
疲れちゃったので、今日のメニューは少し手抜きだ。冷蔵保存していた
「いただきます!」
一斉に声があがり、みんなが食事を始める。
テーブルが少し手狭だったせいでミントは母さんの膝の上だが、それが逆に嬉しいようで、足を小さくばたつかせながらすまし汁をこくこく飲んでいる。
ミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんは、皿から直接に肉を
「
「お父さんがたまに、お土産に持って帰ってくるのと同じ……。い、いつもありがとうございますっ」
「おかさん! みんと、そのほそいやつもたべてみたい」
「きんぴらね。はい、あーん」
楽しそうな様子に、思わず顔を綻ばせる。斜め横に座ったカレンがそれを見て、僕に頷き返す。
「ショコラも今日は疲れたろ。どうせ明日も遊ぶんだから、たくさん食べとけ」
「わうっ! はぐっ」
「……外。雪が降り始めましたね」
おばあさまが匙を持つ手を止めて、ふと掃き出し窓を見遣った。
目を凝らすと、暗闇の中ちらほらと、白いものが舞っている。
「本当だ。ジ・リズが言うには、今晩降ったらあとはもうしばらく晴れるみたい。そうしたらけっこうあっという間に溶けちゃうんだってさ」
「じゃあ、明日もたくさん遊ばないとね。スイくんがなにか作ってたみたいだから、楽しみねえ」
「みんとね、すごいきになった! けど、みないようにしてたよっ。そのほうがわくわくするって、かれんがいったから!」
「ん。きっと楽しい。……ショコラも楽しいから、楽しみにしてて」
「わう?」
「カレン、語彙……」
わいわいと囲む食卓に、電灯もいつもより明るく感じられる。
その後、リビングで子ドラゴンたちと話し込んでいたミントがうとうとと舟を漕ぎ始め——庭先に連れていくまで、にぎやかな夜は続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます