ひとつずつ解いていく

「じゃあまずは、あの場に張り巡らされている結界のことから説明します」


 一度、場所を変えた。

 第ゼロ区の隅っこでやってもよかったんだけど、さすがにではない正式な報告が必要だということで。


 訪れたのは、城の端っこにある応接室——国外から賓客ひんきゃくが訪れた際の会談などに使う部屋だそうだ。国交のための場だというのにやっぱり内装は質素で、ソファーの座り心地やテーブルの造りなどは高級そうではあったけれど、装飾もなく色彩も地味なのはいっそ徹底している。


 派手や華美を好まないのは国民性なのかなと思う。もしかしたら、この国の成り立ちが特殊なせいなのかもしれない。魔王という爆弾を体内に抱えたまま発展してきた国は、いつ訪れるかわからない破滅と隣り合わせの中、飾ることを無駄だと考え始めたのだろうか——爆弾の存在をみなが忘れて平和を享受するようになった後も、気風だけはそのままに。


 ともあれ。


 長老会の人たちと対面になってソファーに腰掛ける。お茶が運ばれてきた。……ユズリハさんが運んできた。


「いや、そういう仕事の人とかいないんですか……」

「第三者に聞かせるわけにはいかないだろ? 地上の国じゃ、こういう時にも給仕きゅうじを入れるのかい?」


 なに言ってんだ、みたいな顔をされてしまった。


 メイドさんとか執事さんとかああいうの、秘密を守ることも仕事のうちだって感じだと思うんだけど……でもよくよく考えてみれば、僕はお城なんて行ったことないわけで、この世界のそういう常識をよく知らない。

 今度、ノアに尋いてみようかな。


「くぅーん……」

「しっ、我慢だぞ。こっちおいで」

「わふっ」


 訳(たぶん):ミルクないの? そっか、ないのか……。


 今までお前、こういう場だと必ずミルクなりおやつなりにあずかれてたもんなあ。……ちょっとだけ残念そうなショコラをわしゃわしゃと撫でながら、僕は改めて長老会の面々に向き直る。


「……それで、結界について、だね? あの一瞬でわかったってのは凄いことだよ」


 みんなの前にお茶を置いてから席に座り直したユズリハさんに促され、話を再開する。


「説明しますね。まず、あれは確かに因果遅延の魔術でした。ただ、だいぶ強力に組んでる。おそらくはアリ……いえ、あの始祖によるものではないでしょう。他の始祖、それも複数で術式を構築してるんだと思います」


「……なぜ、そんなことがわかる? 触れただけのはずだ」

「魔力に残ってる記憶を読み取りました」

「そんなことが、できるのか……」


 いぶかしげなモアタさんへ答える。


 結界に触れて『鑑定』を行ったことで、魔力に残存したも少しだけ流れ込んできた。その光景——魔術を稼働させたのは別の人たち。アリスさんはむしろ魔王の足止め役だったようだ。


「魔術は、あの場の空間そのものにかけられてる。たぶん中心点は魔王。そこが最も濃度が高く、外側へ行くほど薄くなる。……つまり、因果遅延の度合いは放射状に低くなっていってます。二十年前の『大発生』は、このことも要因のひとつだったんじゃないでしょうか」


 たとえば、結界中心部の時間の流れが千年で〇.一秒なら結界最外部は千年で一秒とか、そういう感じだ。数字は適当だけども。


「とすると、魔術そのものは無事なのかえ……?」

「いえ、術式に綻びが見えているのも確かです」


 ミヤコさんの縋るような声を切って捨てるのは心苦しいけど、それもまた事実だった。


「おそらくは経年劣化でしょう。というか、これは悪いしらせなんですが……そちらの見立てである『効果範囲が狭まっている』っていうのは正確じゃない。実際は『壊れかけている』が正しい」

「……っ」


 僕も焦燥を覚えた事実だが、さすがに共有しないわけにはいかない。


「もちろん、二千年も保ったのであれば凄いことだとは思います。ですがこのまま放置しておけば、おそらく……効果範囲が小さくなっていっての消滅ではなく、結界そのものがいきなり壊れる可能性が高い。もちろん、今日明日というものではありませんけど」


 興味深かったのが、二千年の間、魔術を維持していたその方法だった。


 それは魔術の術式そのものに『不滅』の特性を付与するというもの。奇しくも、僕が『うろの森』に観測装置を設置する際にやったことと同じだったんだ。


 使い魔を空へ打ち上げるにあたり、まず考えたのは僕が死んだ後のことだ。

 核にした『妖精の雫』にどれほどの魔力が込められていようとも、僕の死とともに僕の稼働させた魔術が消えてしまうなら意味がない。術式に『不滅』を付与するのは、それを防ぐための措置だった。


 ただ理論上はともかく、それで本当に僕の死後も使い魔が落下せずに済むのかは、密かに不安だった。だからここに実例があるというのは——こんな表現は不謹慎だけど——すごくありがたい。


 そしてまた一方、これが示すのは、たとえ『大魔術』と呼ばれていても、結界は決して禁忌のわざではなかったということ。四季シキさんたちの使ったような、世界そのものを書き換える類のものではないようだった。


「少し、安心したよ」


 その声を聞けるのはハタノ一家だけ。

 四季シキさんとシキさんが並んで——長老会の面々が座るソファーの向こうに立っていた。


「本当の『大魔術』には高い代償が伴う。ぼくらが人の姿をなくしたように、幽世かくりよに落っこちたように、仲間たちがエルフになってしまったように……あれ以上、彼らが世界から外れなくてよかった」


 四季シキさんの言葉に無言で頷く。

 僕らの態度が不自然にならないようそのポジションに姿を見せてくれた気遣いを思うと、少し笑ってしまいそうになるけど。背後霊じゃないんだから……。


 僕の『悪い報せ』を聞き、長老会の面々は一様に沈鬱ちんうつな面持ちとなっていた。


「壊れかけという結界……そなたが修繕することは可能なのかえ?」

「かなり難しいですね。あちこちに細かく穴の空いた布のようなものです。やるなら、補強。ひとつひとつを取り繕うよりはパッチを当てる……新たに布を覆う感じになります。ただ……」


 そう——ただ。


「悪い報せだけじゃなくて、いい報せもあります。事態の解決というわけではないけど、少なくとも大きく前進できるようなことが」


 数分前の、結界に触れたあの感じを思い出す。

 魔力の記憶を読み取る『鑑定』によって解析した術式と、魔力の大きさ。それと自分の同系統能力を比較すれば、それは確信になる。


 


 お茶を口に含んで喉を潤し、カレンと母さんと視線を交わし、それからショコラを撫でて。

 己への鼓舞とともに、僕は宣言した。




「結界の術者が彼女ではないことが功を奏した。始祖を助け出す。結界に影響を与えないまま、まずは彼女を、こっちに……二千年後の時間に、引き戻ししましょう」

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