ぬくぬくだよね

 頑張った甲斐があって、かなり大きなかまくらができた。

 具体的には——ポチを除いた一家が全員、中に入れるくらいのやつだ。


 せっかくだから、中でお茶を楽しむことにした。

 母さんとおばあさまにみんなの分を淹れてきてもらい、お茶請けには作り置きしていたクッキーも。床にはポチの厩舎から借りてきた干草を敷いて。


「雪でできたお家なのに、暖かいのねえ」


 母さんが天井を見上げながら感心する。


「にへへ……みんと、すいといっしょにがんばったよ!」

「ミントは偉いですねえ」

「ばあばも、かれんも、おかさんもえらいよ? ゆき、もってってくれたっ」

「そうだね。僕らが掘った雪をよそに運んでくれたのは母さんたちだ」

「ん。私たちのこともちゃんと見ててミントは偉い」

「むふー」


 みんなに囲まれお誕生日席に座り、喜色満面のミントであった。


「スイのいた世界には、このような家を建てる文化があったのですか?」

「一年中、雪が積もってるような土地に暮らしている民族もいたんだ。雪でじゃないけど、氷で家を作ったりしてたみたい。氷をブロック状に切り出して、煉瓦みたいに積み重ねて」


 イヌイットの、ええと、イグルーだっけか。


「そんなところにも人が住んでいるのですか……」

「おばあさま。こっちの世界にも、大陸の外には別の文明があるかもしれない。もしかしたら同じような暮らしをしている民族もいるかも」

「ああ、確かにそうですね。歳を取ると世界が狭くなっていけません」

「……お父さんもむかし、似たようなことを言っていたわ」


 お茶のカップを傾けながら、母さんが微笑む。


「海の向こうには別の大陸、未知の文明があるかもしれない、って。……遠い未来、技術が発展したら、世界はもっと広くなるのかもしれないわね」


 この大陸では遠洋航海技術があまり発達していない。海に魔物がいるせいだ。


 海の魔物は総じて、でかい。以前、僕が倒したへびかめシャークなどはまだかわいい方で、陸地から離れれば離れるほど、とんでもない奴らがいるという。確認されているだけでも巨大蛸クラーケンとか神鯨レビアタンとかは、島と見紛うほどの大きさをしているそうだ。

 しかも海の中に魔術で干渉するのは難しいため、討伐も困難ときている。


 あるいは、空を自由に翔ける竜族ドラゴンなら、海の向こうを知っているのかもしれないけれど——、


「いつか遠い未来、か。途方もない話だよ」


 僕らなんてこの大陸どころか『虚の森』だけでも手一杯なんだ。魔力坩堝るつぼ監視システムを構築するのがどれほど大変だったか。


「ん。それよりも私は、この狭い雪の家の方が好き。……本当に不思議。雪でできてるのに暖かい。スイとくっ付いてるから?」


 などと言いながら身を寄せてくるカレン。いやいいんだけど、家族が見てる前だとさすがに恥ずかしいから、その……。


「あらずるい。お母さんもスイくんとくっ付いちゃおうかしら」

「ぎゅーってするの? みんともする!」

「あらあら。こっち側が寂しいわ。ミントはばあばとぎゅうっとしてくれますか?」


 きゃっきゃとはしゃぎ始める家族たち。僕は頬を熱くしながらクッキーをつまむ。おからを混ぜ込んで焼いたから、優しい味がするんだよね。


「わふう……わんっ!」

「きゅるる……」


 わいわいやっていると、はしゃぎ疲れたのか羨ましく思ったのか、ショコラがかまくらに頭をつっこんできた。その向こうではポチがのっそりと視線を覗かせている。


「ショコラ、入ってくるか? 少し手狭だな……代わるよ」


「むう、逃げた」

「あら、逃げたわ」


 カレンと母さんの包囲からすり抜けると、唇を尖らせるふたり。いいから代わりにショコラをもふもふしていなさい。


「ポチ、ひとりにさせちゃったか? ……雪は平気?」

「きゅるるっ!」


 元気よく鳴くポチの鼻先をぽんぽんする。

 甲亜竜タラスクは恒温動物だ。というか亜竜種と呼ばれる生物は、ごく一部を除いて全般的にそうらしい。


 身体を覆う甲殻や鱗は、夏場は体内の熱を放散させ、冬場は逆に体温を逃さないよう働く。体温調節の塩梅は魔導によってコントロールしているそうで、ポチの様子を見ているに、想像するよりもずっと寒暖差に強そうだった。


「ここで暮らして、魔力が強くなってるってのもあるのかもなあ」

「きゅるう?」

「まあでも、寝る時にはこれからもストーブつけようか。あったかい方が気持ちいいよね?」

「きゅるるっ!」


 ポチは鼻先からほっぺたにかけて撫でられるのが好きだ。気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らす。雪を踏みしめる足元もあまり冷たそうではなく、安心した。


「あはは! しょこらのけ、ちべたい!」


 かまくらの中からミントのはしゃぐ声が聞こえてくる。あれだけ雪を浴びまくったからには、さすがに毛が濡れてしまってそう。


「わふ、ふすっ」

「なんだ、追い出されちゃったのか? それともやっぱり外がいいのか?」

「くぅーん……わおん!」


 ややあって出入り口からのっそりと出てくるショコラ。

 寄ってきて飛びつき、前脚を僕の腹に乗せる。


「遊び足りないみたいだな。よし……走るぞ、来い!」

「わんっ! わんわん!」


 雪を踏みしめ、蹴る。ショコラが散々に暴れ回った牧場は、それでもまっさらな部分を多く残していて、その最中さなかへと駆けていく。


 後ろから追いかけてくる足音はすごく楽しそうで、積雪のしんとした空気は、僕とショコラの息遣いを際立たせる。やがて僕を追い抜いたショコラが進路を塞ぐように前に出て、からかうようにくるりと一周し、横からダイブしてきた。


「うわっ」

「わおんっ!」


 雪の中に倒れる僕と、覆いかぶさってくるショコラ。

 べろべろと頬を舐めてくるショコラと、冷たくなった毛並みをわしゃわしゃする僕。


 ああ——まだ午前中なのに、こんなに楽しくていいのかな。

 空は青く、けれど半分ほどは雲で覆われていて、もしかしたらまだ今日も降るのかもしれない。

 そんなことを思い太陽を仰いでいると、巨大な竜の影が上空にやってきた。


「ジ・リズだ」

「わうっ!」


 雪が深かったからか、様子を見に来てくれたらしい。

 僕はショコラと折り重なりながら、ぶんぶんと上空へ手を振る。





——————————————————

 TIPS

 エルフ国アルフヘイムは空に漂う国なので海を越えられるんじゃないかと思いきや、実はそうでもありません。自給自足ができない(ので長旅をすると干上がる)のと、まだ本編で明かされていない理由により、大陸間の飛行は非常に困難……という設定です。

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