空白を埋めるように
それから——。
やがて落ち着いたのち、
そうしてようやく、僕らへと向き直った。
「積もる話は山ほどあるんだけど、いま始めるときりがないや。スイくん、本当にありがとうね。……まだ、夢でも見てるんじゃないかって思うよ」
アリスさんは真っ赤に腫れた目を拭いながら笑った。
「いえ、いいんですよ。場所も場所ですしね」
「そうだねえ」
ここは
「
「ええ、エルフたちを放ってはおけないものね」
「うん。遠い子孫のこれからは、さすがにちょっと見守りたいな。喜んでくれてるミヤコたちにも応えたいしね」
アリスさんは肩をすくめ、頷いた。
「ふふ……ずいぶんと大人になったのね、あなた。昔はそんな殊勝なこと言うような子じゃなかったのに」
「あはは! 二百年も経つとさすがに貫禄もつくよ。そっちは二千年も生きてきた割にはあんまり変わってないんじゃない?」
「この姿を見てそう言えるの、感心するわ……」
「きみもそういうところは変わっていないね、綿貫。懐かしいな」
「あんたもよ?
「言われちゃったわね、
「……参ったね、どうも」
三人に流れる空気は、あたたかく穏やかだ。
いかにも友達同士といった軽口に、僕らも自然と口元が綻ぶ。
叶うのならいつまでも、このやり取りを見ていたい——そんなことをぼんやり思っていた中。アリスさんがふと、思い出したように言った。
「ところでさ。
「あ……」
そういえばそうだった。
僕は苦笑しながら、まずなにから話したもんかなと途方に暮れた。
※※※
迷った結果、最初から順を追って説明した。
二千年前、大魔術を行使したせいで妖精になった
それが最近になって、偶然、僕らが妖精の姿を認識し——
「……で、今に至るというわけです」
「ふえー……すっご」
聞き終わった頃には、アリスさんは口をぽかんと開けて半笑いになっていた。
「いやあ、スイくん様様じゃん。日本からの転移者ってのがまた運命的だわ」
「
「言われてみれば薫子たちのドレス、学生服っぽいな。そういうヒントも見逃さずにいてくれたおかげだねえ。転移に時代も場所も関係ないってのも面白い。きみのいた時代って、平成何年だったの?」
「あ、いえ。もう平成じゃなかったです」
「マジで!?」
彼らがこちらに転移してきたのは、日本の暦でいうと今から二十六、七年ほど前のようだ。その当時に中学生だったんなら、ええと……生まれ年はうちの父さんと同じくらいになるのかな? こちらの世界の時間軸では二千年も開いているので、頭がこんがらがってくる。
日本が平成を終え令和になっていることに感慨深げな顔をするアリスさんに、
「そういうわけでね。魔王がまだ残っていたことも、きみたちが再び戦ったことも、
「千八百年前になにをしていたのかは、わたしたちもまったく思い出せないの。たぶん、生まれ変わったあとの何百年かをかけて、自我を再形成……『
「いいんだよ、そんなこと」
けれどアリスさんは、からっとした笑顔を返す。
「そりゃあね、しんどい思いもしたし、あんたたちがいてくれたらなって思った時もたくさんあった。でもそれ以上に、私たちは満ち足りてたよ。薫子と歳也と坊やたちが、どこか別の場所で幸せに暮らしてる……そう思うと、こっちも頑張んなきゃって気持ちになれた。あんたたちがいなくて苦しかったことよりも、あんたたちを想って勇気付けられたことの方が、遥かに多かったよ、みんなね」
ただやっぱり最後はまた涙ぐみながら、
「ほんとはそういう話、ずっとずっとしてたいんだけどなあ……」
と——。
アリスさんが無念そうに、部屋の扉を見遣る。
それとほぼ同時だった。
「わん!」
「どうした、ショコラ」
「わうっ」
ドアがわずかに開くと、隙間からショコラが身体を滑り込ませて僕らのところへと駆け寄って、ひと吠えしてきた。
尻尾は振っていない。つまり、なにか
次いで廊下から、母さんの声。
「スイくんー? エミシが、もう話は終わったか、って言ってるわ」
ちょっとばかり演技じみた説明口調の呼びかけだった。
そうか——いつの間にか、けっこう時間が経っちゃってたんだな。
「うん。さすがにそろそろかな。私も実はちょー眠いんだよねえ。時間が止まってたとはいえ、魔王と不眠不休で戦ってる最中だったし」
「ああ、確かにそれは……」
アリスさんに
名残惜しいけど、今夜のところはここまでか。
「スイくん、どうかしら? お話があるならまだ待っててもらうけど」
「大丈夫。入ってもらって。……アリスさん、ひとまずゆっくり休んでください。これからのことは目が覚めてからにしましょう」
「わたしたちも『
僕と
頷き——唇を引き結び、真面目な表情で言うのだった。
「そうだね。時間はたくさんある……時間をたくさん作るためにも、魔王をどうにかしなきゃいけない。明日からはその話をしようか」
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