その尻尾を掴んで
そしてその日から、僕と
日中に魔力の交感をし、夜になると夢を期待して眠り、記憶が覗けていればよし、なにもなければ明日に期待。
いやこれ、緊張感に比して地味だな……。
とはいえ、わかってきたこともある。
魔力交感は
だが一方で、記憶の甦りそのものは共有している。つまり
つまり『夢を見る』というプロセスは
「これはたぶん、妖精の特性でしょうね。わたしたちは深層意識で繋がっているの」
とは
それを聞いて母さんいわく、
「つまりあなたたちは霊的な観点において、個体の群れというより同一存在である群体、なんだと思うわ。……あくまで推測にすぎないけど」
うん、わかったようなわからないような。
なんにせよ、
現状まず、その夜に夢を見られるかどうかの確証がない。
おまけに欲しかった内容の夢になるかどうかの保証もない。
だからせめて、方向性を誘導したい。たとえば昼間にこんな行動を取ればこんな夢になる、とか、そういうやつだ。
魔力の交感を始めて四晩を経、五日め。
なにか打開策はないかなあと、僕は考えていた。
そしてそれは、思いもかけぬ形でやってきたのだった。
※※※
日本の暦と照らし合わせても、もうあと一週間ほどで十二月が来る——森に帰ってきてからというものじわじわと肌寒さは増してきて、そろそろ晩秋を越えて初冬に差し掛かってきたような気さえする。
その日、猟に出ていたのはカレンとショコラ、そしてミントだった。
カレンとショコラは狩り担当、ミントはキノコや野草の採取担当だ。食べる分より少し多めに獲って、余剰分を冬の備蓄にする。今のところ順調で、この調子なら大丈夫そう。
僕と母さんはふたりで薪を割っていた。冬となると火を焚く機会も増える。できるだけたくさん作って貯め込んでおかなければならない。
僕はリディルを振るってせっせとぱかぱかやってたわけだが、母さんの方はなんとも、豪快というか華麗というか——丸太を宙に放り投げ、魔術でしゅぱーんと。ぶつ切りにした木の幹が一瞬で縦に五、六分割される様におそれおののく。
なんでも最近になって開発した、炎で焼きながら氷で斬るというやつらしい。炎を纏わせた氷の刃はほとんど不可視の極薄で、用が済んだ瞬間に溶けて消える。だから
開発も稼働も、父さんの遺した指輪のおかげだそうだ。魔力の満ちた
魔術の内容はおっかないけど、それを使う母さんの表情は穏やかであたたかい。たぶん父さんのことを考えてるんだろうな。
で、ふたりでそんな作業を進めていると、家の門からカレンが戻ってきた。
やけに暗い表情をしているのが、気になった。
「あ、おかえり。……どうしたの? なにかあった」
「スイ、ヴィオレさま。たいへんなことになった」
どんより沈んだ空気と、わずかにひきつった頬。口の端がぴくぴくしているのは彼女が悪戯する時の癖に似ているが、あれとは明らかに違う。困り果てているというか呆れ果てているというか、そういうベクトルのやつだ。
「いったい、なにが……」
「……これ」
そう言って、すっと横に避ける。
背後に立っているのはミントとショコラだ。
ミントは背負い籠いっぱいにキノコやら果実やら野草やらを収穫して、むふーとご満悦。「ただいまー!」と笑顔で、母さんに駆け寄ってくる。
そして、ショコラ。
はっはっはっはっと舌を出し、いつも通りのご機嫌で、行儀よくおすわりをしているその姿に。
「うっそだろ、おまえ」
僕は、絶句した。
「まあ……」
「みて、おかさん、すい! しょこら、あんなんなっちゃった……」
「どうしよう、スイ」
母さんが目を見開き、ミントがちょっとしょんぼりし、カレンが途方に暮れる。
「わふっ?」
当のショコラは「どうしたの?」とすっとぼけて、僕はもう一度、呆然とつぶやいた。
「うそだろ……おまえ」
その頭、その背中、その脚、そのもふもふ、その全身に。
ちっちゃなひっつき虫が大量に絡まった——悲惨なその姿に。
「わうっ?」
「わうっじゃないよ。お前ほんと、なにをどうやったらこうなるんだよ……」
くっついたのは多種多様だ。
オナモミ、ヌスビトハギ、センダングサ、ウマノミツバ。もちろんここは地球じゃないから同じ名称とは限らないし、よく見れば形状なんかも違っているとは思うけど……いや、
これ、取れるの?
というか、取るの? 僕が? 全部……?
「
カレンが経緯を説明し始めた。
森に棲息する獣の中でも輪をかけて俊敏性が高く、これまでも数えるほどしか獲れたことがない。
「追いかけてたら、茂みに逃げていった。普段は入らない、ひっつき虫がいっぱい生えてる薮。私は迷ったけど、ショコラが飛び込んで……」
「そっか。
「……逃げられた」
「わう……」
「そっか……」
収穫はその大量の、ひっつき虫だけか。
「まあ、絶望してても仕方ないし、ほっとくわけにもいかないか」
僕は苦笑とともにしゃがみ、ショコラを呼んだ。
「おいで」
「わん!」
肝心の本
「とりあえず僕がやるよ。母さんは薪割りをお願いできる? カレンとミントは獲ってきたものの仕分けが終わったらこっちを手伝って」
背中をさすって大人しくさせ、まずは顔から始めていく。
さんざん藪の中を走り回ったのだろう、ひっつき虫たちはもうしっちゃかめっちゃかに絡みついており、これをひとつひとつ手で取るのは難しそうだ。
「櫛を使ってみるか。ちょっと待ってなさい」
「わふっ!」
お風呂場まで行って、ショコラ用の櫛を取ってきた。こっちで仕入れた鉄製の、目が細かい、蚤取りに使うコームだ。
「ノミとかダニみたいなもんだし、これでいけないかな……いけるな」
「わふっ? くぅーん」
よかった、なんとかなりそうだ。
ブラッシングされて気持ちよさそうなショコラに苦笑しながら(お前にサービスしてるんじゃないんだからね?)、ひっつき虫を取っていく。
「僕の結界もこれは防げなかったか……。まあ、ノミとかダニも刺されないだけで、毛には絡まるもんな」
「きゅー……わふう」
「くそ、リラックスしやがって……! ほらお腹もだぞ、ごろんしなさい」
「くぅー……」
しゃかしゃか櫛を通し、取れないやつは手でつまみ。
一心不乱に続けているとだんだん楽しくなってきた。
「もうだいぶ毛がふわふわになってきてるな。冬仕様だ」
「わうっ」
「お前は寒い季節の方が元気だもんな。やっぱシベリアンハスキーの遺伝子なのかな」
「わう?」
「あっちじゃあんまり雪は降らなかったけど、こっちはどうなんだろうな。お前、雪の日は大喜びだったよなあ」
「わふっ、わう!」
会話しながら綺麗にしていく。
順調に除去できているし、そこそこ面白いし、ショコラを触ってると落ち着くし、これはこれで愉快なハプニングだと思おう。
……正直、最初に見た時はほんと、どうしようと愕然としたけども。
「こら、暴れるな、大人しくしなさい! 脚の付け根を触られて嫌なのはわかるけど、ついてるの! なんでこんなところにまでくっついてるんだよ……」
「きゃいんっ!」
——その日は、そんなこんなで過ぎていった。
僕としても、ひっつき虫のことはあっても、ありふれた普通の日という範疇でしかなかった。
※※※
だけど、その日の夜。
布団に入って、眠り——その夢を見た僕は、覚醒した後に起きあがり、深い息を吐く。
前回のものに負けず劣らず、異様な姿をしていた。
丸い身体をした芋虫のような体躯。その体表に、小型の魔物がびっしりと付着していて、まるでビットのようにそいつらを飛ばし、攻撃してくる——まるで、
「そうか……ひっつき虫か」
だったら初日のあれは……虹色の目をぎょろぎょろさせていた稀存種の夢は。
「ポチの身体を洗った時の、虹?」
つまりトリガーは、その日に僕が目にしたもの。
さりげなく印象に残った出来事に紐付いて、記憶が想起されているのか。
いや、理屈が明らかになったのはいいことなんだけど……楽しい思い出から連想させてグロテスクな化け物を見せるの、やめてくれない?
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犬はひっつき虫をつける 自覚もなく反省もない
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