季節が変わる
夢に出てきた
あんなのと戦ってた
ただ
その後、数日をかけて僕は夢を引き出していった。
釣りのようなものだ。覚醒時に印象に残った出来事を餌にして、それと関連付いた過去の光景が夢に浮かびあがってくる。問題は、どんな餌を放り込めば
冬籠りのための準備。狩りや採取による食料調達。調理、食事、炊事洗濯掃除。それに家族との触れ合いに、ご近所さんたちとの交流。
イベントごとが多ければ多いほど、印象に残る体験は増える。印象に残った体験が増えれば増えるほど、夢への取っかかりができていく。およそ一週間ほどかけて、僕らは少しずつ夢を、過去の記憶を積み重ねていった。
そして、その日。
日常をこなしていく中、これまでになかったイベントが我が家に訪れる。
季節の移り変わり。この世界に戻ってきて初めて見る景色。
曇り空からちらほらと、降ってくる白いもの——。
初雪だった。
※※※
「わあ! すごい、ちべたい! でもすぐきえちゃう……」
「わうっ、わんわんわん!」
「きゅるるぅ……」
ミントとショコラ、ポチが庭ではしゃいでいる。
「いつもより早いわねえ。それともグレゴルム地方では例年通りなのかしら?」
「ん、確かにこっちは王都より気温が低めだとは思う」
母さんとカレンはそんなことを言い合っている。
「久しぶりだな……」
僕は——去年は雪を見たんだっけ見てないんだっけ、と、ぼんやり考えていた。
そんなに本格的な降雪ではない。それこそ、雨が気まぐれを起こして姿を変えました、程度のものだ。目で見てはっきりとわかる程度ではあるけれど、外気はそこまで寒くもなく、きっと積もりもせず消えてしまうだろう。
「少し冬籠りの準備を早めなきゃいけないかもしれないわね」
「もう備蓄は充分。でも私は燻製をもう少し作りたい」
「ふふ、それは自分が食べたいからでしょ?」
「むう。じゃあヴィオレさまにはあげない。燻製はワインに合うけどあげない」
「待って、私がすべて悪かったわ」
「しょこら、ぱくってできる? ふってくるやつ、ぱくって!」
「わう! ばうっ!」
「おおー。できた? できた! ……ぽちはつめたいの、へいき?」
「きゅるるる?」
「へいきそう! ぽちはつよい!」
家族たちが思い思いに会話を弾ませている。
その様子を眺めながら、自然と口許が綻ぶ。
こういう時、夢のことは考えないようにしている。雪がトリガーになってどんな過去が出てくるんだろう、なんて気にしていると、逆に印象が弱くなってしまって過去の記憶と結び付かないのだ。
それに、もったいないからね。
初雪に出会った家族の姿は——今しか見られない、一度きりのものなんだから。
「ショコラは雪が大好きでさ。向こうじゃ、降ると必ず大はしゃぎしてたよ」
「そういえば、ヘルヘイム渓谷は寒いところだったわ。谷底が氷河で覆われたりもしてた」
「あいつの祖先も、シベリアっていう寒い地域が故郷なんだ。だからやっぱり本能的にも血統的にも、寒い方が好きなのかもね」
そんなことを母さんと話してから、ショコラとミントのところへ歩んでいく。
きゃっきゃとポチの周囲を駆け回る、ひとりと一匹。
「そらっ」
「わあ、あははははっ!」
走っているミントの脇の下を
「たかい! ゆき、ちかくなった!」
「じゃあもっと高くしようか」
「わあっ」
腕に腰掛けさせていたのを肩車に移行すると、僕の頭上で両手をいっぱいに広げる。
「すい、これ、まだいっぱいふるかな?」
「どうかなあ。今日はわかんないけど、これからどんどん寒くなっていって、いっぱい降る日もきっと来るよ。雪が積もって、この辺りが一面、真っ白になるかも」
「ふおおお……すごい、これがいっぱい!?」
「うん。でも、母さんの氷みたいに冷たいから、無理はしちゃダメだよ」
「だいじょーぶ! みんともしょこらもぽちも、さむいのすき!」
「わうっ!」
「きゅるるる……」
ポチはなんか『いやそこまでではない』みたいな雰囲気だな……。
「わうっ! わうわうわうわう」
「お前はほんとに楽しそうだな……」
ショコラは僕とミントの周りと、ポチの周りを変わりばんこにぐるぐるぐるぐる8の字の軌道で駆け回る。蜜蜂かな?
「ショコラ!」
僕らが遊んでいるのが羨ましくなったのか、カレンが近寄ってきて、ショコラを呼びながらポチの隣に立つ。
で、手招きとともに、ひゅいっと口笛を吹く。
ショコラは「わう!」とひと吠えすると、たたたたっと走り——跳躍し、ポチの背中をサーカスみたいに飛び越えた。
「ん、よくできました」
「わふっ! くぅーん」
ドッグフードをひと粒取り出して放り、わさわさ頭を撫でるカレン。
「いつの間にそんな芸、仕込んだの……」
「ショコラはかしこい。一度で覚えた」
「ドッグフード常備してるし……」
よく見たら腰に巾着を結えている。もうそれショコラのドッグフード専用袋じゃん。ショコラの視線が袋に釘付けじゃん。いや、いいけどさ、いいんだけどさ……。
「まあ、狩りの訓練にもなるか」
「わうっ!」
カレンの指示を聞くのは大事だしね。
「ね、すい! いまの! みんともいまの、やる!」
「やるって、ジャンプするやつ?」
「そう! やるー!」
「わかったよ。気を付けてね」
肩車から下ろしてやると、ミントはうきうきで両腕をわきわきさせ、身を屈めてとてとて走りだす。足音も歩調もかわいらしいがそこはミント、ポチの手前で足を揃えて、「えいっ」と跳躍すると高々と軽々と、ポチの背中よりも高く舞い上がり、向こう側にふわっと着地した。
「成功だ! すごいすごい」
「むふー!」
得意満面のまま踵を返し、今度はポチの前脚に抱きつき、よじのぼって背中にまたがる。そっちはジャンプで飛び乗るんじゃないんだ……。
「ぽちのせなか、つやつや! このまえ、あらったもんね」
「きゅるっ?」
「みんとがごしごししたんだよ! えへへー」
そのままぺたんとうつ伏せに、ミントはポチの背中へ身を任せた。
——家族たちが、思い思いに団欒している。
「わうっ、わう!」
「だめ。おやつはそんなにたくさんあげられない」
「くぅーん……」
「っ……そんな顔をしてもだめ」
「スイくん、干物、軒下に吊るし直しておいたわよ」
「あ、忘れてた。ありがとう母さん。でもよく気が付いたね」
「ふふ、もちろんよ? お母さんだもの」
「スイ、騙されてはだめ。魚の干物もいいおつまみになる。ヴィオレさまはずっと目をつけてた」
「カレン? ちょっと話し合いましょうか?」
「いいよそれくらい。寒くなってきたんだし、晩酌くらいは楽しみとしてさ」
「まあ……スイくん、なんて優しい子に育ったの。大好きよ」
「むう、そうやってすぐヴィオレさまを甘やかす……」
「しょこら! しょこらもぽちのせなか、くる?」
「わふっ、わん!」
「きた! いらさい! たかいねー!」
「きゅるるっ」
はしゃぎ合い、じゃれ合い、笑い合う光景。
父さんのお墓に咲く花畑にも、
冬が始まった。
世界の謎が立ちはだかっていようと季節は巡るし、僕らの日常は中断しないのだ。
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