引きこもりエルフの悲劇

なんかいた

 かくしてキマイラは地に伏し、僕らは危機を脱する。

 ただ一方で、大きな謎が発生することとなった。


「どうなってんだ、こりゃあ……」

 呆然とつぶやくベルデさんの科白せりふは、全員の心境を代弁している。


 と、いうのも。

 カレンとショコラが仕留めてくれたキマイラの死体——ジ・リズほどもある大きさの巨躯が、現在進行形で。


 のだ。


 まるで細かな塵が風に散るように。

 ともすれば塵よりも細かな粒子となって。


 獅子の顔が、山羊の頭が、穴の空いた胴体が、蝙蝠の翼が、蛇の尻尾が。

 そのすべてがさらさらと空中に溶け、まさしく消失していく。


 正直、大爆発を警戒していた。

 坩堝水晶クリスタルが生えていないとはいえどう見ても変異種なのだし、それ前提で対応して当然だ。カレンの魔術が魔力をなぎにしていても、死後の爆発まで封じ込められる保証はない。だから僕も因果遅延の魔術を準備して身構えていた。


 なのに結果は、むしろ逆。


 死体は爆発など起こすことなく、粒子めいたに分解されて、見る間に——僕らが呆然としているうちに、もはや跡形もない。


「……なんなの、これ?」


 立ち尽くしたままつぶやいたのはパルケルさんだった。


「カレン、あんたたちも見たことない現象、よね?」

「ん、初めて。……坩堝水晶クリスタルを持たない変異種もそう」


 答えるカレンに僕も追従する。


「初めてといえば、あの眼だよ。色がゲーミングP……いや、なんかぎゅるぎゅる変わるやつ。あれがひょっとして、坩堝水晶クリスタルの代わりだったのかな?」


 シュナイさんもキマイラの死んだ場所にしゃがみ込み、土を調べている。


「死体はまったく残ってねえな。破片すらもだ。魔力の残滓も……カレンのものがほとんどで、俺じゃわからんな」

「ごめんなさい、私にも感じ取れない。でも、残留魔力はともかく、死体が消えたのは私の魔術のせいじゃない、と思う」

「そうか……まあ、そうだよなあ」


「わからぬというなら、あれほど強力な変異種が何故こんな場所にいたのだ?」


 続いて、ノアも困惑の声をあげる。


「ここは表層部寄りの中層部だ。スイの家からも離れている。森が荒れていた、では説明がつかん」

「同感だな。この前、俺たちを囲んだ二角獣バイコーンの変異種——あれくらいの奴であっても、中層部に出てくるのはよほど珍しい。ましてやあんな大物とくるとな……おいスイ、お前らが倒してきた変異種の中で、格付けするとしたらどうだ?」

「そうですね」


 問われ、ベルデさんに頷いた。


「キマイラは断トツで一位です。二角獣バイコーンは正直、変異種としては下から数えた方が早い」


「つまり、まとめるとだ。深奥部でも見かけねえような。おまけに坩堝水晶クリスタルが見当たらねえし、異様な眼をしてもいやがった。更には死んだ後、爆発もせずに溶けて消えちまうときた。……なあシュナイ、お前、聞いたことあるか?」

「あるわけねえだろ、そんなもん。だいたい頭がふたつ、いや三つか? そんな生き物な時点で俺の手に余る。いったいなに食って育ったらそんなふうになるんだ?」


 全員が首をひねる。

 つまり、お手上げ、ってことだ。


 しばらく、沈黙がその場を支配する。めいめいが考え込み、あるいは手持ち無沙汰に周囲を調べ、なのに溜息しか出ない。


「しかし、参ったな。国にどう報告すればいいんだ」


 ややあって——エジェティアの双子が肩を落としながら、口を開いた。


「そうね……すごく、気が重いわ」

「アテナクの連中が全滅してる可能性もある。上が聞いたらクィーオーユの時みたいに……いや、すまないカレン。失言だった」

「ん、だいじょぶ。本国が大騒ぎになるのは事実」


 始祖六氏族の血は、彼らエルフにとって重い。カレンの実の両親が亡くなった時にも大変だったようだ。僕はそこまで詳しく聞かされていないし、カレンも赤ん坊だったから覚えていないようなのだけど。


「でもこの集落の様子を見るに、逃げだせてる可能性も高いんじゃないかな? 実際、ご遺体は出てきてないわけだし……。普通に暮らしてたところにキマイラが発生して、この集落が縄張りの一部に入っちゃった、とか? それでみんな慌てて、別の土地に避難した、みたいな。鍋や包丁なんかが見当たらないのも説明がつくし」


「ああ……スイ殿の言う通りか。集落をじっくり調べてみる必要がある」

「そうね、家を一軒ずつ調べてみないと。ごめんなさい、みなさん。少し面倒な依頼になってしまうけど、協力してもらえますか?」


 ノエミさんが申し訳なさそうに僕らへ言う。

 僕らはもちろん、全員が快諾の意を示す。そりゃあこうなってるのをほっぽって「帰ろう」とはならないよ。まあ一日二日で終わらないだろうから、この廃墟に寝泊まりすることになりそうなのがアレだけど……。


 そんなふうに方針が固まり、じゃあまずは焼けてる家から調べてみるかとなった時だった。


「……わふっ」


 ショコラが急に鼻先を上空に向け、くんくんと大気の匂いを嗅ぎ始めた。


「どうした? もしかしてまたなにか……」

「くぅー……ふすっ」


 その様子に気付いた僕が声をかけると、


「わおんっ!」

「おい、ちょっと待っ……」


 急に走り出す。それも僕を振り返りながら「こっちきて」と促すように。


「ショコラ、なにか見付けたのか?」

「わうわう!」


 ショコラを追いかけた先、辿り着いたのは集落の隅にある一軒の家。


 小屋だ。

 他の家屋よりもふた回りほど小さく、ぼろぼろではあったが周りの倒壊具合と比較するとまだマシで——雨露あめつゆはしのげそうなもの。


「わふっ!」


 その扉の前で立ち止まったショコラは、僕に寄ってくると袖を甘噛みして、くいくい引いてくる。


「ああ、わかったよ」


 この小屋になにかある、少なくともショコラがそう確信しているのは明白だ。

 そしてショコラの鼻を、僕は全面的に信じている。


「スイ……」

「うん」


 追いついてきたカレンに頷き返し、他のみんなも一緒なのを確認して、出入り口に手をかける。木製の引き戸——力を込めると、建て付けは歪んでいないのか、思いのほかすんなりと開く。


 中は、十畳くらいの空間。

 まるで日本の古い家みたいだった。


 玄関を開けると土間と竈門かまどがあり、その先に高床の板張りとなった居住スペースっぽいもの。ただ家具などは置かれておらず、隅っこに丸まった布団のようなものが積まれているだけで——。



「ひっ!」



 その、から。

 人の悲鳴が、した。


「!? ……そこに誰か、いるんですか?」


 ろくな窓もないから暗がりになっていてよく見えない。身体強化をかけて眼を凝らすと、それはまさしく丸まった布団だった。


 正確には。

 何者かが、丸まった布団を頭からかぶっていた。


「返事をしてください。生きてますか?」


 その人は、布団越しにも震えていた。

 さっきの悲鳴からしてたぶん女性、しかも歳若い。


 だから穏やかに、できる限り優しく声をかける。


「大丈夫ですか? この集落になにがあったんですか?」


 すると——。

 たっぷり二十秒ほどの間をおいて、布団の塊からくぐもった声がした。


「だっだだだ、だれも、いませんよー……」

「そっか、誰もいないのかあ」


 誰もいないんじゃ、入ってもいいよね。

 僕は大きく溜息を吐くと、いちおう土足を避けて膝立ちで中へ進み、布団を剥ぎ取った。


「……んなわけあるか!」

「ひゃぴっ!?」





 中にいたのは髪がぼさぼさでどんよりした顔をした、十五、六歳くらいのエルフの少女——小動物のような悲鳴をあげて、身をすくませのけぞる。


「だ、だれもいないって言ったのにい!」

「え、本当にそれでいけると思ってたの……?」

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