あなたに見せたいものがあるんです
「さて。正直いろいろわかんないことも多いんだけど……まずなにはともあれ、メイシャルとミヤコだね」
カレンの頬から手を離したアリスさんは、改めて騒動の渦中——メイシャルさんとミヤコさんの顔をしっかりと見る。
「メイシャル。これはダメだよ。……私が、つらいもの」
アリスさんが毒の入った小瓶を指先でつまみ、ひらひらさせた。いつの間にかメイシャルさんの手から奪い去っていたのだ。当人も気付いていなかったのだろう、はっとして自分の
そんな彼に寂しそうな笑みを浮かべ、彼女は続けた。
「きみの人生は、私にも推し量れない。だから安易なアドバイスは送れない。神さまでもないから、ぱぱっと都合よく解決できたりもしない。だから、メイシャル。きみのこれからはきみが決めるしかない」
一見、突き放すような物言いではあった。
けれど彼女の目は、慈しみに満ちている。
「きみなんだ、きみ自身なんだよ。親に縛られる必要なんてない」
「……っ!」
メイシャルさんは、はっとして目を見開く。
「私がきみのことをどんなに想っていても、きみの実の両親がきみのことをどんなふうに思っていようとも。きみにはまだこれからの人生があって、それはきみ自身が決めていくんだ。決めていいんだ。……私はずっと、子供たちにそう言い聞かせながら育ててきた。だからきみにも同じことを言うよ」
頭を撫でて抱き締めて、まるで我が子のように——。
「メイシャル。たとえ実の両親に祝福されなくても、私がきみの人生を祝福する。きみに幸せになってほしいと思う。だから……どうかお願い、しっかりと生きてほしい」
「……しかし、始祖さまに刃を向けたこと、国の滅びを目論んだこと——許されるものではありません」
「我が子の失敗を許さないお母さんがどこにいるの、ばかね」
「……っ、母、親——」
「もしいたとしたら、そいつは母親じゃないのよ。そんなのはポイしちゃいな」
アリスさんがそっと身体を離すと、メイシャルさんは力なく膝を突く。
けれどその顔は絶望にまみれてもいないし、空虚に支配されてもいない。憎しみや怒りで歪んでもいない。
どこか——憑き物が落ちたような、霧が晴れたような表情をしていた。
「ミヤコ」
次いでアリスさんは、ミヤコさんへと歩み寄る。
そうして今度はきっと目を細めると、
ぱぁん——と。
ミヤコさんの横っ面を、平手で打つ。
「私はね、私たちの血が今も続いていることが、想いが受け継がれてきたことが、確かに嬉しい。でもそれは、他の誰かを不幸にしてまで欲しいものじゃない。あなたのやり方は道を踏み外していて、あなたは間違いを犯した。だから叱るよ。私のためにしてくれたことだからこそ、叱る」
「あ……あ」
人生を懸けた行い、その思想を、まさにその切っ掛けとなった人に否定されたミヤコさんの眼に、絶望の色が満ちる。満ちかける。
けれど、
「よく頑張った、とは言わないよ。ただ……だから。きみがここまで進んできたその歩みと、積み重ねてきたことを、これからは良い方向に使うんだ。始祖だとか家だとかじゃない、エルフの未来のために。私たちの子供がみんなみんな、幸せに笑って暮らせるように。……できるよね? だってきみは……ええと、きみってどこの血筋?」
「我が家、ヴェーダは……エジェティアの補佐役、分家筋です」
「エジェティアっていうと……スイくん、知ってる?」
「はい、
「お、
僕の返答に、アリスさんは愉快そうな顔をした。
そして再びミヤコさんへと視線を戻すと、今度はそっと頭を撫でる。
「ミヤコ。きみのご先祖さまはね、ひねくれていて口も悪かったけど、すごく優しい奴だった。確かあいつの孫とうちの子が結婚してたから、きみも私と血が繋がってるね」
「わらわ……私の、血が、始祖さまに」
「そう。だから、できるよね? きみは阿形だけじゃなく、私の血を受け継いでもいる。誇りに思ってくれるなら、始祖がどうとか本家とか分家とかじゃなく、きみ自身に流れるその血を誇りなさい。そして、その血の誇りに恥じない生き方を、これからはするんだよ」
「はい……はい。まこと、申し訳、なく……!」
「よしよし、いい子だね」
ミヤコさんもまたその場にうずくまり、身体を震わせる。
もちろん、彼女たち血統主義派のしてきたこと、犯した罪は消えないけれど——少なくともこの先、メイシャルさんのような境遇の子は生まれてこないのではと思わせた。
きっと
ただ。
この国のこと、ここにいる長老会の面々には申し訳なく思いつつも。
僕らとしてはまず、なによりも——今夜のうちにやっておきたいことがあるんだ。
ショコラに目配せした。
すると相棒は空気を読んで「くぅーん」と鼻を鳴らすと、
「わうっ! わうわう」
「お、どうしたのわんちゃん。きみ、ご先祖さまにそっくりだよ。二千年前と変わってないなあ。ほぼシベリアンハスキーだねえ」
アリスさんの気を引き、鳴く。
振り返った彼女はショコラを撫でようとして身体を屈めた。
僕は——そこに滑り込ませるように、メモアプリを開いたスマホをそっと、眼前に差し出す。
「ん? なにその端末みたいなの……」
スマホを知らないってことは、アリスさんが来たのは僕よりも少し前の時代からだろうか。とはいえ表示されていた日本語を見、言葉は途中で止まる。
『大切な話があります 僕が
こくり、と無言の頷きが返ってきて。
アリスさんは再び長老会の面々へと向き直った。
「この国がいまどうなってるか、みんながどんなふうに暮らしてるか。いろいろ見て回りたいのは山々なんだけどさ……今夜はもう遅いし、明日にしようか。その代わり、スイくん。きみ、日本の話を聞かせてくれる?」
そして流れるように僕へ振り向き、これでいいかな? とウインクする。
「スイ。さっきから思ってた……始祖さま、かなりのやり手」
「だよね。あのこじれた空気をあっさりまとめちゃったし……」
そっと
ごめんなさい、これは、これだけは——後回しにするわけにはいかないんです。
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