【4巻1/17】母をたずねて、異世界に。〜実はこっちが故郷らしいので、再会した家族と幸せになります〜
藤原祐
その1『異世界で家族と再会しました』
天涯孤独になったので
遺されて、旅に出て
父が死んだ。
事故だった。
運が悪かった。仕事からの帰り道。僕が志望大学に受かり、そのお祝いで食事に行こうと約束していた日だった。きっとうきうきしながら帰宅してくれていたのだろう——なのにオートバイに撥ねられて、あっけなく。
父ひとり子ひとりのささやかな家庭は、決して不幸ではなかった。母親がいないことで不便はあったし、寂しい思いをしたことも多い。けれど父さんは母のいない家庭の空白を補ってあまりあるほど、僕に愛情を注いでくれていた。
いい父親だったんだ、本当に。
だから悲しいとかショックだとか、そういう言葉で表わせないほど僕は憔悴した。報せを受けて病院に行き——葬式が終わるまで、なんだかぼんやりとしていたと思う。飼い犬のショコラ(雄、シベリアンハスキーとなんかの雑種、もう老犬)の世話をしていたことだけは覚えている。僕が子供の頃からずっと一緒の、三
諸々の手続きは隣に住む老夫婦——
なにせ僕には親戚がいない。父は両親を早くに亡くしていたし、母に至っては素性も知らず顔写真すら残っていないのだ。どうも僕が四歳だか五歳だかの頃に失踪してしまったらしい。物心はついていたはずだがよく覚えていないし、父からも多くを聞いていない。お前が成人したら詳しく話す、みたいなことを昔、言っていた気がする。
父いわく——いいか、
母さんはお前のことを愛していた。もちろん父さんのこともだ。俺たちと一緒に暮らしていないのは、のっぴきならない事情があるんだ。俺たちを、お前を捨てた訳じゃない。絶対にない。
今でも母さんは、俺たち
どうかそれだけは、知っておいてくれ——。
正直、母に対して思うところはあまりない。
小学生の時分などは母親のいる家に憧れたことはあるし、父子家庭をからかってくるようなクラスメイトもいた。ただ、そこで恨みに思ったり恋しがったりするほど、僕は母を知らない。
父さんが死んだことを知ったらどう思うんだろうな。というか、生きてるんだったら知らせた方がいいのかな。でも連絡先なんて誰もわからないしな。
親戚のひとりすらいないみたいだし、仕方ないか。
そういう訳で、遺産はすべて僕が相続することになった。
ちなみに事故を起こしたバイクの運転手は、父を撥ねたついでに電柱にぶつかって、そのまま空を舞い頭から落ちて死んだ。本当に申し訳ないのだけど、安堵してしまった自分がいる。だってもし生きていたら、きっと恨んで憎んでどうしようもない気持ちになってしまっただろうから。
賠償を含めたご遺族との話し合いはまだなにも済んでいない。ただ向こうもひとり息子を喪ったそうで、あまり責める気にもなれない。善良な人だったらしい。暴走とか飲酒運転とかでもない。だから運が悪かっただけ。それでいいじゃないか——それでいいと思わなければ、僕はどうにかなってしまう。
ともあれ、いろんな手続きを(樋口のお爺さんとお婆さんに手伝ってもらいながら)終わらせて三日。
父さんが死んでも明日は毎日やってくるという事実を改めて自覚できる程度に頭がしゃっきりしてきた僕は、家にある遺品を整理していた。
歯ブラシや食器なんかの日用品——まだ手を付けることができそうにない。
衣服や趣味の品——まとめて段ボールに詰めた。
けっこうな額の貯まっている通帳——大学には行けそうだ、ありがとう。
父宛に来ていた年賀状——通夜と葬式の報せに役立った。
仕事関係の書類——これは全部まとめて会社の人に渡さなきゃ。
でもってこの封筒は——開いて、首を傾げる。
土地の権利書だった。それから、鍵とメモ書き。
権利書の住所は同県内、だけど遠い。ここから電車とバスを乗り継いでいかないと着かないような
メモ書きを見る。父さんの手によるもの。丁寧で妙にまるっこい、いいおっさんには似合わない可愛らしい癖字。父の字を見ただけで勝手に滲みそうになる視界は、それでも文字をきっちりと読む。
『次の大掃除 3月』
「大掃除……?」
どうも父は定期的にこの住所へ『大掃除』に行っていたらしい。しかも『次』は三月——今月を予定していたようだ。
封筒に入っていた鍵をためつすがめつしながら、自問する。
「とすると、建物がある……家?」
美術館とか公民館とか、そういうなんらかの施設という可能性もあるが、何故かそう思った。
家だ、と。
どうしてそんなことが確信できるんだろう。わからない。わからないけどわかる。きっと、絶対に、そうだ。
大掃除をしていたのであれば他人に貸していた訳ではないだろう。
賃貸契約書も見当たらない。
だったら、空き家ということになる。
「……行ってみよう」
僕は権利書を手につぶやいた。
高校も既に卒業し、今は大学の入学式まで暇を持て余しているところだし。
父さんのやり残したことを、僕が引き継がなきゃな。
※※※
それから二日後。
僕は権利書に記されてあった住所——
「長旅お疲れさん、ショコラ」
「わう!」
大型のケージから出してリードを繋ぐと、ショコラは嬉しそうに尻尾を振り、僕の手をべろんべろん舐めてくる。
「さすがにタクシーだとけっこうお金かかっちゃったな」
「わう……」
「なんだ? お前が気にすることじゃないって」
「くぅん」
通じているはずもない会話をしながらショコラを撫でる。
そう——僕は今回、
最初は、電車とバスを乗り継いで行こうと思った。ショコラのことはお隣かペットホテルに預けて面倒を見てもらって。
けれどショコラはもう老犬だ。僕が物心ついたのと同じ頃に我が家に来たらしいから、確か十三歳くらい。年齢的にいつそうなっても——考えたくはない。
僕は、できるだけたくさんの時をこいつと一緒に過ごしたいと思った。たとえ数日であっても、最後の家族と離れたくなかった。
ペット同伴サービスをやってるタクシーを調べて、そこにお願いすることにした。シベリアンハスキーの雑種であるショコラは図体がでかい。電車やバスには乗せられなかったのだ。大型のケージに加えてタクシー代と、けっこうな金額が吹っ飛んでいったが、まあ通帳に余裕はあるしよしとしよう。
タクシーを停めてもらったのは最寄駅。頼もしきGoogleマップさんの案内によるとそこから歩いて一時間ほどのようだ。現地まで直接行ってもよかったが、ショコラにとって車はつらい(犬はけっこう車酔いをする)。狭いケージでじっとしていた分、運動もしたいだろう——ということで、駅から歩くことにしたのだ。
「それにしてもお前はほんとに元気だな」
「わおん!」
ショコラはリードをぐいぐい引いてくる。十三歳のお爺さんにしては元気いっぱいだ。普段の散歩もアホみたいに連れ回される。本当にお爺さんなのかと疑いたくなるほどで、僕はその元気さに救われる思いがする。
それに、めちゃくちゃ賢いんだよね。聞き分けがいいし、父さんが死んだ時もまるで僕を慰めるように静かに傍にいてくれた。お前も悲しかっただろうにな。ひょっとしたら、僕を手のかかる弟くらいに思っているのかもしれない。
いつかこいつまでいなくなる日が——やめろ、考えたくないんだから。
「わう?」
「なんでもないよ」
頭を押さえて首を振りつつ、スマホの案内に従って道を歩く。駅の時点で既に辺鄙だったが、道を進むにつれて人も建物も少なくなっていく。時折、現地の人とすれ違うと、見たことのないやつだな、みたいな目を向けられる。他所からきた人が珍しがられるくらいに田舎。
家屋が減って田園が増え、山道へと入ると畑すらなくなっていく。坂道は道路もアスファルトからセメントへ、やがて砂利へ、最後には土へ。狭く曲がりくねっていて、車がようやく一台通れるかどうか。
「もはや辺境だな。熊とか出たらどうしよう」
「がう!」
「はは、お前が守ってくれるのか? ……無茶するなよ」
「ぐるう……」
「電波が届いてるのが救いか」
4Gでアンテナ一本だけど、さすがに大丈夫だろう。
歩き続けてほてってきた身体に、三月の寒さが心地いい。画面に表示された地図にはもはや分かれ道もなく、景色を楽しむ余裕もある——まあ山中の景色なので鬱蒼としていて、見晴らしがいいとかではないけれども。
やがて、山道を進むこと小一時間。
「スマホの表示に騙された……こいつは山の傾斜を考慮してない……」
「わう」
曲がりくねった先の道が開け、僕らはようやく。
目的の『家』へと、たどり着いた。
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