気持ちを鎮めて穏やかな夜を

 ジ・リズが魔王との戦いに参加するのはいいとして、じゃあそれまでどこでどう過ごすかというのが問題になる。で、各方面と話をした結果——第二区にあるカレンの土地、クィーオーユの森で寝起きすることになった。


 本は遠慮して『いったん帰って当日にまた来る』と提案したものの、アリスさんが作戦立案するにあたり、彼の魔力波長や魔導、竜族ドラゴンならではの特性などを把握しておきたいから滞在してほしいと言う。でもさすがに発着港にずっと居座っているわけにもいかず、じゃあうちの土地を使えばいいとカレンが申し出た形だ。


 港から第二区まで移動する際、当然ながら国民に姿を目撃され、市井しせいは『エルフ国アルフヘイムに竜が来た!』と大騒ぎになったようだけど——これはもう長老会の人たちがどうにかしてください。


 ともあれ、ジ・リズが森で過ごすのなら、せっかくだしってことで。


 街に出て、薪とか食材とか調理器とか天幕とかのいろんな物質を買い込み、宿には『一晩だけ留守にする』と伝え、僕らは第二区、クィーオーユの森へと向かった。


 今晩は久しぶりに、キャンプをしようじゃないか。



※※※



 森の片隅、クィーオーユの屋敷があった場所からやや離れたところを野営地にした。もちろんジ・リズも一緒だ。 


四季シキさんに味噌、持ってきてもらって助かったな」


 夕ご飯のメニューは鍋である。

 冬もほとんど終わっているとはいえまだ夜は肌寒く、やっぱりあったまるものがいいよね。エルフ国アルフヘイムでも飼育されているギーギー鳥に、ネギっぽい香味野菜や根菜などを合わせて味噌仕立てで煮込んだものだ。当然、昆布出汁も取った。


 母さんがよそってくれたものを受け取り、いただきますと声を揃えて食べる。

 ショコラの茹で肉も、ごく薄くではあるが味噌を使ってある。


「美味しい。あったまるわ」

「ん。味噌の味が落ち着く。もうこれなしじゃ生きていけない」

「わふっ……はぐっはぐっ!」


わしに付き合う必要はなかったんだぞ?」

「僕らがやりたかったんだ、野営」


 生肉を豪快に齧りながら言うジ・リズに、首を振る。


「なんかさ、他所よその国だからか、いつもより森での生活が恋しくなるんだよね。シデラだとそこまででもないんだけどなあ」

「そうねえ。別に長期間の滞在じゃないのにね。やっぱり家族と離れてるからかしら」

「ん……ミントとポチ、おばあさまにも早く会いたい」


「ここへ来る前に、シデラにも顔を見せてきた。ミントもポチもセーラリンデも、元気にしておったぞ。それに街の連中もな」

「そうだったんだ。ありがとう、気を遣わせちゃって」

「なに、魔王を討伐してしまえばすぐに帰れるだろうさ。引き止められたら儂と一緒に帰ると言っちまえばいい。エルフたちはどうも、我らのことを尊重してくれてるようだしな」


 呵々かかと笑うジ・リズは上機嫌だ。

 それは昼間——アリスさんと対面した時のことに起因している。


「……まったくそれにしても、気が軽くなった。始祖殿いわく、儂も役に立てるようだしな。スイ、ぬしに守られているだけではさすがに気が重かったところだ」


 アリスさんはジ・リズと挨拶した後、何事かを話し込んでいた。そうして僕のところへやってきて、嬉しそうに肩を叩いてきたのだ。


『よく竜族ドラゴンを連れてきてくれたね。これで勝算が更に上がった』——と。


 詳細は明日、作戦を共有する時にと言われたので詳しくはかなかったけど、まあここはアリスさんを信頼しよう。なにせ数多あまたいくさを勝ち抜いてきた人だ、指揮官としては別格だろう。


「でも、無理はしないようにね。ジ・リズを無事に連れて帰らなきゃ、ジ・ネスくんたちに申し訳ないし。ジ・リズだって、ミネ・アさんに叱られるのは嫌でしょ?」

は、この世で一番おっかないからなあ……」


「ヴィオレさま、おかわり」

「はいはい。スイくんはどう?」

「じゃあ僕も。母さんもたくさん食べてね」

「わうっ!」

「お前も、おかわりいるのか?」

「わん! くぅーん」


 味噌煮込みは好評で、みんな健啖けんたんだ。

 ギーギー鳥の脂が溶けたスープが柔らかくなった根菜に染み、ネギの香りとともに口の中に広がる。この国の食事も美味しいけど、やっぱり我が家の味は格別というか、満足度が高い。……なにより母さんとカレンが、味噌の味に対して僕と同じように感じてくれているのが嬉しかった。


「ジ・リズ、こっちの肉はどう? 森のに比べたら味が薄くない?」

「まあ、そう言われりゃあ確かにそうだが、不満はないぞ。森で獲れる肉ばっか食ってちゃ舌が肥えていかん。それに、魔獣も家畜も命は命、ありがたくいただかねばな」


 そう問うと、牛肉をがぶりと食い千切りながら目を細める。ちなみにほぼ一頭、内臓を抜いて皮を剥いだ状態の、ブロックに分ける前のやつだ。だいたいそれで二食分くらいらしい。明日の夕方には追加でもう一頭、って感じか……。


 ただ、明日はジ・リズと食事を共にすることはなさそう。決行日前日だし、さすがに万全を期すため宿のベッドでしっかり休まなきゃ。


 ——その分、今夜はジ・リズとのんびり過ごしたいな。


「念の為に聞いとくけど、いびきとかかかないよね?」

「儂をなんだと思っとる……たぶん大丈夫だろ。妻と子にはなんも言われたことないし……」


 僕の冗談に、呆れ顔で角を傾けるジ・リズ。


「ショコラはジ・リズと一緒に寝る?」

「わふ? ……わんっ!」

「おお、それはいいな。儂の鱗は硬いが、ぬしの毛並みであれば平気だろうさ」

「わうわうっ!」

「……寝ぼけてこっちの天幕潰さないでね」

「だから儂をなんだと思っとる。竜の休息は、岩のように静かなもんだぞ」


「スイ、もう具材があんまり残ってない。私、もうちょっと食べたい……」

「あ、そしたら締めにしようか」


 あわひえをブレンドした雑穀を仕入れてきている。残り汁にこれを入れて雑炊を作るのだ。食い出がないといけないから豆も足しておこう。


「ん、お粥にするの? それならちょうどいいかも」

「お母さんはけっこうお腹いっぱいだから、少しだけもらおうかしら」

「お酒は別腹なんだね……豆、少し別にっておくよ」


 どこからともなく酒瓶を取り出した母さんに苦笑しつつ、それでもやっぱりおつまみを用意しようとする僕は母親に甘いのである。



※※※



 ジ・リズと、母さんと、カレンと、ショコラと。

 一緒に笑い合いながら、夜は更けていく。


 森は静かで落ち着いていて——この地に眠るカレンの実の両親も、僕らの団欒だんらんを見守ってくれてたらいいなと、なんとなく思った。

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