僕らも無関係じゃないんだ

 それから実戦の話——魔王の持つ能力や属性、それに対策などについてを教わって、ひとまずの解散となった。


 竜を素体にした稀存種がどれほどの強さを持っているのか、果たして僕らは太刀打ちできるのか。不安でいっぱいだが、当のアリスさんには勝算があるようだった。今から、身体を休めがてら作戦を練るという。

 でもって立案されたら、可能かどうかを僕らで吟味した上で実行。一連のスケジュールはあれよあれよと決まっていき、戦いは二日後ということになった。


 そう。たったの二日後となった。

 つまり明後日だよ明後日!


 正直、まったく心の準備ができていない。もちろん魔王をどうにかしなきゃいけないのはわかっているし、どうにかしてやりたいとも強く思う。僕の身にたとえるなら、ミネ・オルクちゃんやジ・ネスくんが魔王にされたようなものなんだ。……そんなの、考えただけで泣きそうになるし、絶叫したくなる。


 ただやっぱり、いざ戦いを目の前にした時の恐怖と不安は別で——のキマイラでさえあんなにやばそうだったのに、相手は充分に成熟した、しかも竜族ドラゴンの因子を持つ魔王だ。果たして僕らの魔導は通じるんだろうか。戦って、ちゃんと勝てるんだろうか。


 しかも、そんな落ち着かない気持ちに拍車をかけることがあった。

 ジ・リズのことだ。


 アリスさんとの会議が終わった後。

 魔王にさせられた『ファーヴニル氏族のジ・ディア』について、なにか知らないか、僕はジ・リズに尋ねた。するとややあって通信水晶クリスタルからは『調べてみる』と返信があり、更に三時間後——彼から追伸があったのだ。


『今からそちらに行く』と。


 そんなわけで。

 僕らは大慌てでエミシさんを頼り、ノースバレル発着港を封鎖してもらった。その上で待機すること三時間。陽が傾き始めた夕刻になって、空の彼方に竜の影が見えてくる。僕らを運んできた時よりも遥かに凄まじい本気のスピードで、ジ・リズはやって来たのだった。



※※※



「『ファーヴニル氏族のジ・ディア』だがな。そいつは、わしのひいひい爺さんだった」

「マジか……」


 開口一番。

 港の発着口に降り立ったジ・リズは、衝撃の事実を伝えてきた。

 僕がなんとなく予想していたことが当たった形になる。……彼の身内、親類なんじゃないかって。


「詳しく聞かせてくれる?」

「すまん。その前に、水くれ……」


 どうも全力で翔けてきたらしく、息が荒い。


「ん。はい」

「助かる。半日飛びっぱなしはさすがに疲れたわ……」


 カレンが前に進み出て、魔術で大きな水球を作る。ジ・リズはその中に豪快に顔を突っ込み、がぶがぶと魔導水を飲み始めた。

 ……いや、溺れないそれ? 大丈夫?


「わうっ、わん!」

「ショコラ、ジ・リズは遊んでるわけじゃないからね? ひょっとしてお前も中に飛び込みたいのか……?」

「わうう……!」


「あとでちっちゃいやつ、ショコラにも出してあげる。それまでがまんして」

「くぅーん……わうっ!」

「おもちゃじゃないんだから。溺れるなよ?」

「くはっ! いやあ、生き返ったわ。ヘレン山の湧水よりも美味かった。礼を言うぞカレン、それに天鈴てんれい殿も。冷やしてくれていたのだろう?」

「特別よ。わざわざ来てくれたんだもの。それで……確かなの?」

「ああ、間違いない」


 水玉が半分近くの大きさになったあたりでひと心地ついたらしいジ・リズは、ぶるんと頭を振って水滴を払うと四肢をたたみ、発着場の床にお腹を着ける。そうして、続けた。


「うちのじいさまへ直接、きに行ってきた。高祖父こうそふの名が、ジ・ディアといったそうだ」

「同名とかではなく……?」

「竜はヒトほど数が多くない。ファーヴニル氏族で『ジ』の冠名かんめいが付いたおのこは、間違いなく儂の血縁だ。二千年前だというなら、あとは名を知る者がいるかどうかだよ。で……爺さまいわく、自分の祖父がそういう名だったらしい、とな」


「そう、なんだ……。らしい、ってことは、ジ・リズのお祖父さんも会ったことがないの?」

「うむ。爺さまの親父、つまり儂の曾祖父そうそふだがな。ひなの頃に父親と生き別れておるそうだ。そっちはもうとっくにそらへ溶けているから、さすがに又聞きとなるが……」


 そこでジ・リズは、一度言葉を途切れさせ、顔を曇らせる。


「……どうも曾祖父は物心つく前、らしいとか、そんな話があってな。スイ、お前の教えてくれたことと照らし合わせると合点がいく」

「……っ」


「じゃあ、ジ・ディアさんは、子供を人質に取られて……?」


 カレンが震える声で問い、


「だろうな。ただ、なにせ先史のことだ。例の大魔術による影響を、儂ら竜族ドラゴンも受けている。近辺の記憶はひい爺さんも曖昧だったようで、爺さんが聞かされたのはそのくらいとのことだ」


 ジ・リズも強張った調子で返事をした。


「ジ・ディアさんは、アリスさん……始祖のエルフにとって、友達のお子さんだったらしい。この話を聞いた時、僕はミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんのことを考えたよ」

「儂もな、雛らのことを考えた。高祖父は子を盾にされ、魔王にさせられたのではないかとな。……やるせないものよ」


 しばしの沈黙が流れる。

 ジ・リズは翼をたたみ、尻尾を丸め、厳かに鎌首をもたげて鼻先で空を仰ぐ。


「くぅーん……?」

 その感情を察したショコラが寄っていき、前脚に身体を擦り付ける。ぺろりと爪を舐められたジ・リズが、目を細めて微笑んだ。


「おう、儂は大丈夫だ。心配をかけさせてしまったか」

「わん!」

「ふふ。ぬしは優しいなあ、ショコラ」

「わふっ」


 ショコラと鼻先を合わせると、彼は僕へ向き直った。


「爺さんまでならともかく、ひいひい爺さんともなるとさすがに遠く感じるもんよ。ひい爺さんにすら会ったことがないからなあ。……ただ、爺さんにこの話をした時、頼まれたよ。『見届けてくれ』と」

「見届ける……ジ・リズが?」

「おう。爺さんはもう歳で、長く飛ぶこともできん。親父も西の彼方で隠居生活だし、さすがに遠すぎる。まあ、血族としては儂がもっとも若く元気ってことでな」


 竜族ドラゴンの表情の機微を、僕は人間相手ほどには読み取れない。


「爺さんに言われたからってだけでもねえ。儂は、見届けたいと思うし、見届けねばならんと思った。二千年前に起きたことを、一翼ひとりの竜として見届け、そして語り継いでいきたいってな。……なにせ、かの高祖父が身を差し出さなかったら、儂はこの世に生まれていないかもしれんのだし」


 ただ、魔力の波長やなんとなくの雰囲気、声の調子——そういうのを見れば、ジ・リズがなにを考えているかはわかる。姿形が違っていても、友達なんだからわかる。


「先祖が悲劇を辿り、世界に害をなそうとしておるのなら、子孫である儂が止めるのが筋だろう。だが、儂の力で稀存種などを相手にしては翼を折られるだけだ。だからそこに関してはスイ、ぬしらに頼るほかはない。……ただ」


 彼は竜として誇り高く、それでいて謙虚で、同時に——揺るぎない決意を秘めていた。

 遥か歳下の人間である僕に、素直に頭を下げることを厭わないほどに。 


「その時その場に、儂も連れて行ってほしい。爪牙あしでまといになるかもしれんが、できることがあるならなんでもやる。……エルフの始祖殿に頼んでもらうことは、できまいか?」


「うん、わかった」




 その気概へ首を横に振れるほど僕は強くないが、同時に——、


「大丈夫。どのみち相手の攻撃は、すべて僕が防ぐんだ。ジ・リズが後ろにいてくれた方が気合も入る」


  ——友達ひとりを守れないほど、弱くもないつもりだ。

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