インタールード - クィーオーユの森:墓前
夜半。
家族たちが寝静まり、
深く呼吸して夜の空気を吸い込み、空を見上げて月を眺め、それから墓前に腰を降ろしたところで背後から気配があった。
「カレン?」
「ん、起きたのに気付いたから。……私は、いない方がいい?」
「そんなわけないじゃない。こっちにいらっしゃい?」
ヴィオレは微笑むと、愛しい
ふたつの
やがて目を開けたカレンが、問うてきた。
「魔王との戦い……ヴィオレさまは、怖くない?」
だからヴィオレはそっとカレンの頭に手を遣り、撫でながら答える。
「昔なら、怖くなかったかもね」
「昔?」
「ええ。私はもともと、壊れた生き方をしていたから。この世の誰よりも自分は強いと信じ込んでいたし、どんな魔物を前にしても恐怖なんか感じなかった。……いいえ、恐怖という感情を知らなかったのよ」
正確には『知らなかった』ではなく『忘れていた』か。
何故ならヴィオレは幼い頃、あのミュカレの屋敷で怯えて過ごしていたのだから。両親が自分を蔑んだ目で見てくる時に感じるあの気持ちは、紛れもなく恐怖だったから。
ただ——力を得て、屋敷を出て、冒険者として過ごすようになって。
己の魔導に
「じゃあ今は、違う……?」
「ショコラを拾った時。ルイスとエクセアが死んだ時。あなたを引き取って、抱っこした時。スイくんを産んだ時。それに……お父さんとスイくんとショコラが、転移しちゃった時」
撫でる指が意識せず強張る。
震えているのが、自分でもわかった。
「
幼い頃、両親に抱いていた恐怖と、根っこも発露も全然違うけれど。
誰かを愛することを知り、完全無欠の存在ではないと自覚したことで——目を背けてきたその感情と、向き合うことになったのは確かだ。
義母の言葉を聞いたカレンはしばらくの間、沈黙していた。
だがやがて、ヴィオレの背中にそっと手を添えて、言う。
「ヴィオレさま、私も怖い。でもたぶん、それは強いってことだと思う」
「……怖いが、強い?」
「ん」
義娘の視線は、実の両親が眠る墓碑に向けられていた。
「守りたいものがあって、それを失いたくない。だから戦うのが怖い。実のお父さんとお母さんも、きっと『大発生』の時、怖かったと思う。……赤ちゃんの、私がいたから」
あの日の記憶に、思わずヴィオレの身がすくむ。
ヴィオレとカズテルは、間に合わなかった。
この世に自分たちと
だけど、無力感や後悔よりも思い出すのは、親友たちの最後の姿だ。
妻と子を守るように死んでいたルイスと、愛し子を抱いて
「お父さんとお母さんは、私を守って死んだ。……私を、守ってくれた。私を守れるくらい強かった。そして、それはきっと、怖かったから。怖かったから、強かったんだと思う」
襲ってきた変異種どもは皆殺しにされていた。ふたりは本来の実力以上の意地を見せて、命と引き換えにカレンを守りきった。
駆けつけたヴィオレたちを見て、事切れる前のエクセアは最期に笑ったのだ。
笑って、安心したように、言ったのだ。
——このこを、おねがい。
どうか、しあわせに、してあげて——。
「……あなたの言う通りよ、カレン」
ああ。
彼女のあの言葉は、紛れもなく強さだった。
だって、世界最強の魔女、その人生を捧げさせたのだから。
ならばヴィオレもまた、強くなければならない。
親友のその強さを、嘘にしてはならないのだから。
「怖いわ。私は怖い。魔王という未知の存在を相手にするのが、大切なものを失うかもしれないのが怖い。でも、だったら……その恐怖は、強さの源になるのよね」
「ん。……私も、怖い」
「きっとスイくんもショコラも、ジ・リズも、アリスさんたちも怖いはずよ」
みんな、大切なものを持っている。
みんな、
愛する義娘の肩を抱き寄せる。
かつて親友たちに託された約束と、身を寄せ合う。
ふたりは夜空を見上げた。
「それに、ヴィオレさま。私たちはもう、充分に強い。だって、たくさんの怖さをもう味わってるから。十三年前に、失うことを知ったから」
「そうね。あの日から、スイくんとショコラが戻ってくるまで……私とあなた、ふたりでたくさん頑張ったものね」
あの時の絶望をもう二度と繰り返すな。
闇の中で糸を探すような必死の十三年間を忘れるな。
そして、積んだ
「今はもう、私とあなただけじゃない。スイくんもショコラもいるし、アリスさんたちもいる。ジ・リズまで手伝ってくれる」
「ん。無敵。みんな、失うことの怖さを知ってる。だから私たちは強い。負けない」
ルイスに、エクセア。そしてカズテル。
届かずに手からこぼれ落ちてしまった、大切な人たち——けれど彼らもまた、失うことを恐れ、そのために強く在った。彼らが強く在ったからこそ、彼らに守られたからこそ、自分たち家族はここにいるのだ。
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