深まる秋にバターとお砂糖

冬がすぐそこまで来ている

 森の気温は、じわじわと低くなってきていた。


 日本の暦に照らし合わせるともうじき九月が終わる頃だろうか。そろそろ冬籠りの準備を始めなければならない。いつもチートでいろんなことをどうにかできている僕らにとっても、厳しいものになるだろう。


 とはいえまだ、めちゃくちゃ忙しくしているわけでもないんだけど。


 トモエさんとシュナイさんの仲を取り持つことを決めてから二日。

 家に戻った僕は、紅葉の始まってきた木々を遠目に、ポチの厩舎の前で腕を組んでいた。


「にんげん、さっきからなに考え込んでるの? 面白いことやるならわたしたちも混ぜなさいよ」

「面白いことかはわかんないなあ。冬に備えて、この小屋をあったかくしなきゃなって思ってさ。ポチが凍えないように」


 妖精——霧雨キリサメが頭の上、僕の髪の毛をいじりながら問うてきたので、応える。


「干草は作ってるけど、それだけじゃ足りないよね。やっぱ薪ストーブを設置かなあ。小屋の断熱も必要か」

「ポチのためになることなら、わたしも手伝ってあげなくもないわよ」

「じゃあ、細かな作業があったらお願いしようかな」


 あと、髪の毛あんまり引っ張らないでもらえると助かるんだけど……まあ懐いてくれてるならいいか。


「スイ、どうするか決めた?」


 ……などと考えていると。

 頼んでいた洗い物を終えたのか、カレンが庭から僕のところへやってきた。


「うん、やっぱり暖房は薪ストーブにしよう。煙突を付ければ一酸化炭素中毒の心配もないし。シデラに売ってるかな?」

「手に入ると思う。でも、倉庫のあれを使ってもいいんじゃない?」

「それも考えたけど、あのオーブンは調理がメインだし、小屋の中をあっためるのは効果が薄いんじゃないかなって」

「なるほど。じゃああとは、隙間風をなんとかしないと」

「そうだなあ。今のうちに何日かここに泊まって、どの辺から風が入るか見ておこう」

「ん、それがいいかも」


 頷くと、周囲に視線を巡らせるカレン。


「ヴィオレさまたちは? まだ氷室ひむろ、作ってるの?」

「うん。地面の下だよ」


 母さんとミント、それからショコラは、厩舎の横に穴を掘っている最中だ。

 目的は地下室——氷室の作成である。


 冬に備えて肉を備蓄するのに、家にある冷蔵庫だけでは足りそうにない。燻製なんかも試してみる予定だけど、それオンリーで冬を越すのはさすがに飽きるだろう。


 そんなわけで、地下に貯蔵庫を作ってそこを氷で囲い、冷凍室にしてみようということになった。母さんが設計し、ミントの土魔術で空間を作り、ショコラは……まあ後方見守り要員ということで。


「ミントがはりきってるから、もうすぐ完成するんじゃないかな」

「ん、楽しみ」


 というか、なんだか頭がもぞもぞするぞ。どうも霧雨キリサメが僕の髪をいじっているらしい。


「い、悪戯はダメだよ……霧雨キリサメ

「なによ孔雀クジャク、じゃれてるだけじゃない。あんただっていつもそこの谷間に挟まってるんだし、おあいこよ」


 おずおずと霧雨キリサメを注意するのは孔雀クジャク。この子はカレンの胸元がお気に入りで、こっちに遊びに来るといつも間にすっぽり入るのだ。つまり、今も入っている。


 最初は目のやり場に困ったけど、今はもう慣れ……ごめんなさいぜんぜん慣れません。


「わ、わたしはカレンがいいって言ってくれたもん!」

「わたしだって言われてるわよ」


 いや言ってはいませんけど?


「いじるのはともかく、結んだりとかはやめてね?」


 やんわり注意すると、一同がしばし沈黙した。


「あ、あわわ……」

 うろたえる孔雀クジャク


「スイ……」

 あわれむカレン。


「……さ、ポチと遊んでこようかしら」

 そしてふわっと飛んで逃げる霧雨キリサメ


 え、まじで?


「ちょっと? 僕の髪の毛どうなってるの?」

「だいじょぶ。そんなに致命的じゃない。ほどいてあげる」

「嘘だろ……」


 触って確かめてみたらなんかおだんごみたいな結び目が幾つかできていた。

 あいつ……!


 溜息混じりで牧草の上にしゃがみ、カレンに頭を差し出す。

 カレンは薄く笑んで背後に立ち、僕の頭を救出にかかった。


「そういえば、トモエたちへのケーキって、どんなのにするの?」

「うん、地球向こうにあったやつなんだ。元々、トモエさんたちとは関係なく、冬になったら作ってみようと思ってたやつなんだよね。だから、ちょっと前倒しって感じで」

「……ほんとに、ケーキであのふたりの仲が進展するのかな」

「正直、わからない。最終的には、本人たち次第だしさ」


 昨日、シュナイさんの気持ちを確認した翌日。

 家に帰る前、僕はトモエさんのところに立ち寄って、話をした。


 ただ、教えたのは一点だけ。

 シュナイさんはとうにトモエさんと付き合っていると思っていたこと、それだけだ。


 シュナイさんが結婚について躊躇っていることや、自分が冒険者であるせいでトモエさんを不幸にしてしまうのではと悩んでいることなどは、さすがに言っていない。シュナイさん当人は「俺は口下手だからな、お前が全部話してくれても構わねえぞ」なんて笑っていたけど。


 僕の役目はメッセンジャーじゃない。

 これはふたりの、特にシュナイさんの気持ちの問題なんだ。要は彼が決心できるかどうか——一歩いっぽを踏み出せるかどうかにかかっている。


「だからせめて、背中を押すことができればいい。あれは……そういうものになり得る、なってくれるんじゃないかと思う」

「ん。スイがそう言うなら、きっとだいじょぶ」


 僕の髪を解きほぐしながら、カレンがそっと頭を撫でてくれた。

 その掌をあたたかく思い、僕は微笑む。


「私も手伝う。試食なら任せて」

「そう来たか……」


 期待に満ちた声音で、ふんすとはりきるカレン。


 森での生活は運動量が多いから心配いらないとは思うけど、そろそろ『カロリー』って概念を教えておいた方がいい気がするぞ。今回、僕が作る予定のケーキ、そっち方面ではだし。


「すい、かれん! できたー」

「わうっ!」


 僕の髪の毛からお団子がようやく消えた頃、厩舎の横、地面に開いた穴からひょこんと、ミントとショコラが頭を出す。


「お、もう? 早いね」

「ミントが頑張ってくれたの。スイくん、ちょっと確認してもらえる?」


 続いて、母さんも。

 こちらから見ると、頭三つが生えているみたいな状態である。

 それぞれがほっぺたに土をつけて、ちょっと微笑ましい。


「まあ、出来栄えは『微笑ましい』じゃ済まないんだろうな」


 既に出入り口からして、石の階段が立派に敷き詰められている。


「きて! はやくはやく!」

「わおんっ! わうわう」


 よほどの自信作なのだろう、目を輝かせて手を振るミント。


「いま行くよ!」

 僕とカレンは立ち上がり、顔を見合わせて笑い合い、そっちへと駆けていった。

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